02


 初めて私が勇者様を見たのは夢の中だった。
 夢と言っても普通の夢とは明らかに違う、まるで私がその場に居るのではないかと思うほどリアルな夢。数年前の事なのに、今でもその記憶を忘れることなくはっきりと覚えている。
 余りにもその夢を何度も見るので、それは予知夢の類いではないかと考えた。でも、ガノンドロフがハイラルを侵略する――そんな夢、大人からしたらただの子供の妄想に過ぎず、誰も信じてくれる人は居なかった。

 でも唯一ゼルダ様は信じてくださった。ゼルダ様も同じようなお告げを受けていらしたから。
 それでも、子供だった私達には何も出来ることはなく、ただ日々が過ぎて行った。あの勇者様がいつか現れてくれると、そう願うしかなかった。

 そんなある時、ガノンドロフが捕えられたという話を耳にした。彼を捕える切っ掛けとなったのは、夢に出てきたあの勇者様だったらしい。らしい、というのも私がそれを知ったのは全てが終わった後だったから。
 ゼルダ様は私にガノンドロフの件は一切話して下さらなかった。何か理由がある事は分かっている。でも、私はゼルダ様をお護りする為に生まれてきて、それが全てだったのに大事なときにゼルダ様のお側に居られなかったのだ。

――役立たず。
 その事実は今でも私の心を蝕んでいる。


***


 勇者様の家に住み始めて数日。彼は相変わらずの仏頂面で黙々と過ごしていた。でも進歩したことがある。私に挨拶を返してくれるようになったのだ。
 関わるなとは言われていても、今までの習慣からずっと挨拶はしていた。勇者様は初めは無視まではいかなくとも、目を合わせず「ああ」しか言わなかったのに、今日は「おはよう」と言ってくれたのだ。
 それに感激した私が沢山話し掛けてしまったからか、勇者様は顔を赤くしながらどこかに行ってしまったけれど。

 緩んだ頬で木の実やキノコを集める。朝からニヤニヤが止まらない。少しは心を開いてくださったのだろうか。

 この森は食用になる植物が豊富なので、食べ物には困らない。食料が豊富ということは野生動物も沢山居る。少し歩くと綺麗な川や湖もあって、私でも必要最低限の生活をするには問題ない場所だ。
 自然の中で暮らすような経験はしたことがないけれど、知識だけは持っているのでこの森に来てから自分の食料は自分で取っていた。本当は肉や魚も食べたいが、ここに辿り着くまでに魔力をかなり消耗してしまったので回復するまで狩りは出来なさそうだ。
 魔力無しの私は非力なもので、魚さえ充分に捕まえることが出来なかった。


 ある程度食材が集まったので家に戻ると、周囲に美味しそうな香りが漂っていた。どうやら勇者様が焚き火で魚を焼いているようだ。
 私は勇者様の側に駆け寄ってみる。もしかすると朝みたいに話ができるかもしれない。

「お疲れ様です。釣りに行っていたのですか? 沢山釣れましたね」
「……ああ」
「私はキノコを沢山取ってきました。串焼きにするので、この後火をお借りします」

 勇者様の隣に座り、キノコを串に刺していく。焚き火に当てられた魚をちらりと見ると、程良い焦げ目が付き油が滴り落ちていた。丁度良い焼き加減で美味しそう。
 それにしても勇者様は、今日はいつもより魚を多めに焼いているようだ。お腹が空いているのだろうか。

 そんな事を考えていたら、勇者様がその魚を手に取り私に差し出してきた。突然のことに目をぱちくりさせ魚と勇者様を交互に見る。

「これ……あげる。ここに来てから魚とか肉とか、食べてないでしょ」

 視線を合わせず、少し照れたように言う勇者様。その言葉を聞いた私の顔はぱあっと明るくなる。
 これは……もしかしなくても、お裾分けをしてくれるという風に捉えて良いだろうか。

「あ、ありがとうございます勇者様! でも良いのですか? 折角沢山釣ってきたのに……」

 と、そこまで言って気付く。いつもより多めに焼かれた魚。多分、最初から私のぶんも釣ってきてくれていた。
――嬉しい。あの勇者様が。笑みを抑えることができない。魚を受け取り、いただきますと言って一口齧る。

「……っ! 美味しい! ありがとうございます!」

 勇者様に頂いた焼き魚はごく普通の焼き魚のはずなのに、今まで食べた中で一番美味しい気がした。
 勇者様に私の食べる姿をじっと見られているのが少し恥ずかしかったけれど、お腹が空いていることもあってぺろりと平らげてしまう。
 ごちそうさまでした、と勇者様に言うと彼は一瞬だけ微笑み、口を開いた。

「……リンク」
「え?」
「僕の名前。勇者様じゃなくて、名前で呼んで。ナズナ」

 綺麗な青い瞳に射抜かれる。初めてまともに目を合わせてくれた。ばくばくと鼓動が早まるのを感じる。
 今日は一体どうしたんだろう。次から次へと嬉しい事が起こる。しかも、私の名前……覚えていてくれたんだ。
 リンク、リンク……綺麗な名前。心の中で名前を何度も繰り返す。何故か懐かしさを感じ、胸の奥がきゅうっとした。とりあえず言われた通り、名前を呼んでみる。

「リ、リンク様!」
「様とか付けないで」
「……リンクさん?」
「呼び捨てで」
「……リンク……」

 顔を真っ赤にして彼の名前を呼ぶ。
 うん、と満足そうに頷くリンクの顔も仄かに赤く染まっていた。



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