「お姉ちゃん、また宝石貰ってきたんだ」

 帰宅したお姉ちゃんの耳元には滑らかな飴色に輝くコハクの耳飾り。調査に出掛ける前には付けていなかったはずだから、またあのゲルドの王に貰ったんだろうと思いながら研究録を書く手を止めた。
 私が耳飾りに言及すると、お姉ちゃんはそれに優しく触れ口元をほんの僅かに綻ばせる。

「調査のときはこれ付けてないとゲルドの街に入れないって言われて。失くしたら大変だからそのまま付けてるの」

 そう言って荷物を床に置き私の隣に座り、机に散らばる研究資料をひとつ手に取った。
 私が今調査している伝承は数百年前このハイラルで起きたとされる大厄災。その元凶である厄災ガノンの資料をじっと見つめるお姉ちゃんは相変わらず表情の起伏に乏しく、双子の妹である私でさえ何を考えているのか理解するのは難しい。

「まさかまた変な魔法かけられてたり……しないよね」

 少し警戒しながら耳飾りをじろじろと色んな角度から観察する。見た目は普通に見えるけど、私はお姉ちゃんと違って魔力なんて無いに等しいから見ただけでは危険なものか分からない。

「うん。耳飾りは外せないと困るから止めてって言ったの」
「……あいつが素直に言うこと聞くとは思えないんだけど」
「そうかな? 結構融通は効かせてくれるよ」
「それはお姉ちゃん相手だからでしょ……」
「? あ、でも指輪は外しちゃ駄目なんだって」

 何でだろうね、と続けるお姉ちゃんの右手には小さいながらも上品なサファイアがきらきらと光る。
 何で、って男が女に贈る指輪の意味なんてひとつしかないじゃない。

 このサファイアの指輪はお姉ちゃんが以前ゲルドの街へ調査に行った時、あの王に半強制的に付けられたものだ。あろうことか指輪を外せなくなる魔法をかけられたらしく、なんてことをするんだと私は怒ったけどお姉ちゃんは怒るどころか寧ろ満更でも無い感じで。
 珍しく家族以外の人に対して関心を寄せる相手があのゲルドの王ということに不安しか無いけれど、滅多に感情を表に出さないお姉ちゃんの意思を尊重したくて強く口出しはしないようにしている。

 それにゲルド王も強引ではあるけどお姉ちゃんのことを考えてはくれてるみたいだし。
 豪華で派手な装飾を好むゲルドでは作られないような、シンプルで淑やかな指輪。王である身なら己の権威を示す為に見た目からして高価そうなものを贈りそうなものだけど、お姉ちゃんの好みに合っていて、且つ調査や日常生活で邪魔にならないそれは当人のことを思っての贈り物なんだと思う。きっと今回の耳飾りも、一人で調査の旅に出ることが少なくないお姉ちゃんの身を案じてのものだろうと想像はついた。
――でも。

 はあ、と軽い溜め息をつき、呆れたように呟く。

「調査の為だからって、そこまであいつの言いなりにならなくていいのに」

 そもそもお姉ちゃんのことを考えているなら変な魔法をかけた贈り物なんかするなって話だ。でもそんなこと私なんぞが言った日にはあの自分勝手な王に何をされるか分かったものではないので、未だ何も言えずにいる。顔はお姉ちゃんと瓜二つなのに、私への扱いの差が酷いんだから。

「んー……でもサファイアは対暑効果のお陰でゲルド地方の調査には役立ってるんだよ。それにあの人、皆が言うほど意地悪じゃないと思う」
「えぇ……それは無い、絶対」
「本当だよ? コタケさんとコウメさんにも優しいもん」

 誰それ、と思いながらお姉ちゃんを横目で見る。いつもぼんやりとしている目が少しだけ生き生きしていて、やっぱりどこか嬉しそう。
 あのゲルド王のどこが良いのか私にはさっぱり分からないけれど、似たような魔力を持つ者同士シンパシーを感じるのだろうか。

 妹から見ても少々変わり者のお姉ちゃんの行く末を案じながら、研究録の続きに取り掛かった。

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