03
ガノンドロフが処刑されてから数年が経った。厳密には影の世界に追放されたようだけれど、再びこの世界に現れないのであれば何だっていい。
そして私は今、穏やかな日常を送っている――はずだった。
「今日、久しぶりにあの勇者様の夢を見たのです」
「……そうですか」
「勇者様はガノンドロフに勝ってゼルダ様を救っていて。私もあんなふうになれたら……」
「ナズナ」
私の言葉にナズナの肩が跳ねた。いけない、また語気が強くなっていただろうか。萎縮するナズナになるべく優しい声色で話す。
「終わったことはいいのです。もう平和になったのですから。今のままのナズナでいて下さい」
「……はい。申し訳ありません」
悲しそうにそう答えるナズナの姿に心がじくりと痛んだ。
ナズナはあの日以来、使命を果たせなかった負い目からか思い悩んだ顔をすることが増えた。私としてもナズナの心を傷付けてしまったことに心苦しさはあったけれど、夢通りの結末にならなかったことへの安堵のほうが大きかった。
大人になった今の私は、ナズナに対するこの感情が愛だということに気付いている。そしてナズナも大人になるにつれ、男からそういった感情を向けられることが多くなった。だから私がナズナに男には近寄らないよう言い聞かせ、私自身が極力ナズナの側から離れないことでナズナに近付く男を排除していた。
「――あ、勇者様は月が落ちてくる世界も救っていたんです。二度も世界を救うなんて凄いですよね」
でも時の勇者は違う。ずっとナズナの心に巣食っている。本人は気付いていないようだけれど、ナズナは時の勇者に恋心を抱いている。認めたくないが、二人はそういう運命にあるのだろう。現に私が見たあの夢の中で二人は恋仲だった。
「最近、いつか会えたらいいな、なんて思ってるのです……」
勇者に憧れを抱きながら仄かに頬を染めるナズナを見て、私の心の奥でどす黒い感情が渦巻いた。
時の勇者が妬ましい。私は初めて会ったあの時からずっとナズナのことを想っていたのに。ずっと隣にいたのに。それなのに、この世界でも夢の世界でも、ナズナの想い人にはなれなかった。きっと別の世界でもナズナと私は結ばれることはないのだろう。
だって、理解してしまったから。私に対するナズナの思いは神との契約の代償でしかないことを。ナズナは力を得ることの引き換えに、私に永遠の忠誠を誓ったのだから。そうまでして護りたいものが彼女にはあった。
行き場のない感情が淀み続けて胸が苦しくて張り裂けそうだ。ナズナに"私"を見てほしい。主従なんていらない。
どうして私とナズナはこんな歪な関係なのだろう。普通におしゃべりがしたい。普通に笑い合いたい。普通に恋がしたい。でもそれは叶わない。ナズナは"私"を見ていないから。
ナズナの魂に刻まれている契約――それを破棄することができたら、ナズナは"私"を見てくれるのだろうか。
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