04


「それにしても久しぶりだな。よく来てくれた」
「そうね。こんな立派に成長してるから一瞬誰かと思ったわ。あれからそんなに経ったのね」
「でしょ? アタシも驚いたわよ」

 あの後続けざまにアンジュさんとも合流し、今は二階の大部屋で皆揃って談笑している。
 あの三日間では見ることのできなかった光景だ。あの時は落ちてくる月のことで精一杯で、街中に悲壮感が漂っていたから。

 報われた気がした。僕が救ったタルミナはあの後も平和で、皆が笑顔になれる場所になって、確かに存在していたんだ。
 タルミナの存在自体を疑ったこともあった。何度探しても辿り着けなかったから。でも良かった。目の前にいる皆が夢や幻だなんて、そんなことあるはずがない。
 
 お面屋の言うように街の存在を強く信じたからだろうか。ナズナと一緒にいるからだろうか。それとも――
 いや、そんなことどうだっていい。折角会えたのだから、今はこの時間を楽しみたい。
 「初めまして」じゃなくて「久しぶり」と言える人がいる。成長した僕を見て喜んでくれる人がいる。僕は、こんな何でもないことを何よりも望んでいたんだ。

――それに、

「リンク、せっかく憧れの人がいるんだからこっち来ればいいのに」
「そうよ。アンタ何度も会いたいって言ってたじゃないの」

 "二人"のチャットに捲し立てられるのはさっき尻餅をついていた男の子、リンクくん。自分の名前の由来である僕の活躍を聞くうちに、僕に憧れを抱くようになったと妖精のほうのチャットが教えてくれた。
 リンクくんはベッドの陰に隠れながら恥ずかしそうに僕を見ては頭を引っ込め、先程からそれを繰り返している。途中目が合ったので笑顔で手を振ってみたら、身体を半分隠しながらではあるけど照れながら手を振り返してくれた。それを見たチャットがリンクくんの元に飛んでいき、頭の上で軽くぽんぽんと跳ねる。あれは頭を撫でているのかな。

 チャットは二人を家族のように可愛がっているようだ。控えめな弟とやんちゃな姉という構図は、まるでチャットとトレイルを見ているようで微笑ましく思った。

 皆の様子をずっと微笑ましく見守っていたナズナが、僕に向けて小さく呟く。

「……私、この光景を見ることができて嬉しいです。私はリンクが為したことを、夢の中でしか見ることができませんでしたから」
「僕も。こんな嬉しいなんて思わなかった」

 ただ皆が幸せに暮らしているのを知れただけなのに、胸に空いた穴が満たされていく。いくらお面を集めても満たされなかった子供の頃の僕の心。でも、お面なんかに頼らなくたって、僕がこの世界を救った証は確かに存在している。
 もしあの時こう思えたら……月の中にいたあの子たちに、お面を渡すことができたのかな。

「――カーフェイ、アンジュさん、」

 今ならきっと言える。あの時言えなかった言葉を。


 あの日、世界が終わる直前。二人は共に"明日"を迎えようとしていた。
 僕はそれが羨ましかった。妬ましく思ってしまった。だから言えなかった。だって、僕は叶えられなかったから。最期の時を共に迎えられなかったから。

――誰と?

 分からない。でも、僕の心の深い深い奥底に沈んでいた鍵のかかった記憶は、確かに僕のものだった。そこから溢れ出す思いは暗く冷たく淀んでいて、棘のように僕の心に刺さりずっと取れなかった。
 つらくて哀しくて、できるならこの記憶の主を早く癒してあげたかったけれど、いやしの歌じゃ何の足しにもならなかったんだ。だって、僕自身の心が癒されていなかったから。

 でも今は違う。ナズナと出会いダークとも打ち解け、新しい人生を歩み始めた。それだけじゃない。ナビィの行方も知れて僕が世界を救った事実、それを知っている人が確かに居た。
 もう僕の心は充分すぎるくらいのしあわせで満たされている。だから今なら言える。彼の心も、ようやく癒してあげられる。


「二人にずっと言いたいことがあったんだ。
――おめでとう。これからもどうか、幸せでいてほしい」

 あの時言えなくてごめん――そう続けようと思っていた言葉は心の中にしまっておいた。だって、今僕が伝えるべきものは謝罪ではなく祝福の言葉だ。

 ようやく伝えられた「おめでとう」は、僕の心の奥深くに眠る記憶の鍵を開けた――そんな気がした。



――――
――――――――


 見渡す限りの草原に、美しく儚げな薄桃色の花を満開に咲かせる木がひとつ。その下に居るのは僕に良く似た男性と――前世のナズナ。
 二人は幸せそうに笑い、深い青に染まる空を見上げる。次第に二人の身体は淡い水色の光に包まれ――青空に溶け、消えていった。


――――――――
――――



「――リンク、起きて下さい。リンク」
「ん……あれ、ナズナ?」

 寝ぼけ眼を擦りながら辺りを見回すといつもの部屋の中。目の前には心配そうに僕を覗き込むナズナがいる。

「全然起きなかったので心配しちゃいました。疲れているなら横になりますか?」
「ごめん、大丈夫だよ。もう起きるから――って、え?」

 同じ台詞、同じ状況。このやり取り、前もしたことがあるような。それに……僕は、さっきまでナベかま亭に居たはずじゃないか。

 夢だった? どこから?
 混乱しながら椅子から立ち上がると、カタンと何かが膝から落ちる音がした。慌てて足元に目を向けると、僕に似たあの仮面が床に落ちている。それを拾い上げてみても、あの時感じた飲み込まれるような凄まじい力はもう感じなくなっていた。

 この感じ、覚えがある。いやしの歌で魂を癒やした時のあの感じだ。
 誰かが癒されたのだろうか。思いつくのはさっき前世のナズナと一緒にいたあの男性。それと……僕自身。

「リンク」

 ナズナが僕を抱きしめる。いつもより少し力が込もったその腕は、微かに震えていた。
 長い抱擁の後、身体を離し顔を合わせる。ナズナはいつもと変わらない笑顔だ。

「喉、乾いたでしょう。飲み物お作りしますね」
「……うん、ありがとう」

 ナズナはキッチンへ向かい片手鍋を用意する。そして手提げから取り出したのは、シャトー・ロンロン。

「ナズナ、それ……」

 あの時と同じだ。ナズナは手際良く鍋を火にかけながら、僕の疑問に答えるように話し始める。

「……マロンさんは子供の頃、どこか別の牧場で暮らしている夢をよく見ていたらしいのです。その時に飲んだミルクの味が忘れられず、これを作ったと聞きました」
「ッ!」

 ナズナのその話で、ロマニー牧場での出来事を思い出した。確か、マロンによく似たロマニーという少女が居たはずだ。マロンは……それを知っている? どうして。

「夢の中なのに味がするなんて。もしかすると私たちみたいに、不思議な世界に迷い込んでいたのかもしれないですね」

 ナズナは僕に向かい柔らかな笑顔を向ける。それに応じるように、僕も微笑みながら頷いた。



 そうだ、あれは夢でも幻でもなかった。だって、夢から覚めたときの喪失感なんてこれっぽっちも感じない。僕の心は今こんなにもしあわせで満ちている。あたたかくて心地良くて、まるで――そう、まるでナビィが一緒にいたあの頃みたいにしあわせなんだ。

 最後にあの二人を導いた、暖かく優しい水色の光。僕はあの光をよく知っている。
 ナビィが導いてくれたんだ。僕だけじゃなく、ずっと癒されなかった僕の中に眠るかつての勇者のことも、ナビィは救ってくれた。
 きっと"今"の僕はもうナビィに会うことはできないだろう。でも、ナビィはきっと"次"の僕のことも導いてくれる。この別れは永遠じゃないと、そう信じることができた。

――忘れなければ、また巡り会える。

 あのときの言葉を思い出した僕の心は、これまでにない程に晴れやかだった。



***



 僕がタルミナに行けたのは、あの日が最後だった。

 そもそも、あのときは気付いたら街の中だったんだ。「何処にあるか」なんて概念、元から必要無かったのかもしれないと、今更ながらに思う。
 一方で、教会の子供たちが楽しそうに語る僕の物語は子供の垣根を超え、今や城下町中の人が知るようになった。

 "ある"と思えば街は存在する――

 誰かが覚えている限り街は今も時を刻んでいる。そこで生きている人達がいる。あの世界にはもう行けないけれど、御伽噺としてこの世界でずっと語り継がれてほしい。
 そんな願いを込め、本の新しいページにこの出来事を書き記した。

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