03


 もう一度行きたいと何度も何度も願った街。あのとき何をしても辿り着けなかった街の中に、今僕は立っている。

 辺りを見渡せば昔の思い出が蘇る。
 街のため――というよりも、当時の僕は僕が勇者だった証を残したくてただ我武者羅に皆を助けていた。
 たとえ時間を巻き戻しても、感謝の証のお面は僕のもとに残る。皆の記憶から僕が消えても、僕がお面を持っている限り"僕が助けた"という事実は消えない。
 全部が無かったことになったあの七年間ぶんの心の穴を埋めたくて、必死でお面を集めた。

――だから、月の中であの子たちにお面を渡せなかったんだ。



***



「リンク、どうしました? ぼうっとして……」
「いや――懐かしいな、って。何年ぶりだろう」
「ええ……でも、昔と比べて随分雰囲気が変わりましたね」

 時計塔を見上げながら感慨にふける僕の隣で、ナズナはきょろきょろ辺りを見回しながらクロックタウンの独特な雰囲気を感じ取っている様子だった。夢で見たとは言っていたけれど、実際に来るのは初めてだから物珍しさがあるのだろうか。

 時計塔の周辺はつい最近夢で見たばかりだけど、あの夢と違って今は街の中を人が行き交っている。それに、ナズナの言う通り僕が知っているクロックタウンとは所々違う。あれから何年も経つから当然といえば当然だけど。
 昔より街が落ち着いているように感じるのは、カーニバルの時期ではないし、何より消滅の危機に瀕していないからだろうか。広場に月見やぐらは建っておらず、街中に貼られていたダル・ブルーのポスターは別の公演のポスターに変わっている。こちらに向かい笑顔を向けるルルのポスターを見て、自然と笑みが溢れた。


「ここに居ても何だし……ナベかま亭にでも行ってみようか」
「ナベかま亭?」
「この街にある宿だよ。僕の知り合いがいるんだ」

 ナベかま亭か町長公邸に行けば、二人に繋がる何かしらの情報は得られるだろう。今は違う場所で暮らしているかもしれないから、探し回るより人に聞いたほうが手っ取り早い。
 弾む心を隠しきれず、ナズナの手を引いて歩き出そうとした瞬間「リンク!」と大きな声と共に懐かしい鈴の音が聞こえ、歩みを止めた。
 この声は――

「チャット!」

 振り返るとそこには、かつてこのタルミナで共に旅をした相棒が。僕と目が合うと、身体を震わせた後勢い良くこちらに向かって飛んでくる。

「でっかいけど、やっぱりリンクよね? 来るなら言ってよ! トレイルもスタルキッドも冒険ごっこに行っちゃったんだから!」
「あはは、ごめんって。久しぶりなのにチャットは相変わらずだね」
「アンタがしゃんとしてないからでしょ……って、このコは?」

 ちりん、と鈴の音を響かせながらナズナの周りを飛ぶチャットに向かい、ナズナは軽く会釈をする。

「チャットさん初めまして。ナズナと申します。リンクから聞いた通り、可愛い妖精さんですね」
「なっ……! ちょっとアンタ人のこと何て紹介してんのよ!」
「気が強くて素直じゃないけど頼りになる相棒……痛てっ」

 チャットは身体の光を仄かに赤く染め、思いっきり僕の額に体当たりしてきた。何やら抗議しながら忙しなく飛び回るチャットを見てナズナがくすくすと笑う。それが照れ臭かったのか少し身じろいだ後、僕に耳打ちをした。

「アンタ、あの時より随分目付きが柔らかいわ。あのコのお陰?」
「うん、そんな感じ」
「……良かったじゃない。安心したわ」

 それだけ言うと、チャットはナズナの方に飛んで行った。ナズナが胸の前に差し出した両手のひらにちょこんと乗って何やら挨拶をしているようだ。
 あのチャットが礼儀正しくなっていることに驚きつつも、二人のやり取りを微笑ましく見守る。


 戻ってきたんだ、この街に。
 チャットに会ったことで一気に現実味が増してきた。一人では全然辿り着けなかったのに、迷わずここに来れたのはお面屋の言うようにナズナと一緒に来たからなのだろうか。迷いの森みたいな長い森だったのに――

 と、ふと疑問が浮かんだ。
 森なんて通ってきただろうか。再び来るとき迷わないよう道を覚えてきたはずなのに、よく思い出せない。森から来たならあの時みたいに時計塔の中からクロックタウンに出たはずだ。
 時計塔の中……入った覚えがない。

「あっそうだ! リンク、ナベかま亭に来なさいよ。驚くわよ? ホラ、ナズナも!」

 突然のチャットの大声にびくっと肩が跳ねる。

――そうだ、今はそんなこと考えなくてもいい。やっとここに来ることができたのだから。

 頭に浮かんだ疑問を無理矢理払い除け、先導するチャットの後に付いていく。こうしていると、まるで昔に戻ったみたいだ。僕の進む道にはいつだってナビィやチャットがいたから。
 

 チャットの言った「驚くこと」って何だろうと思いながら歩みを進め、辿り着いたのはナベかま亭の扉の前。昔の時点で古めかしい印象だったけど、より古さが増して味のある宿になった気がする。
 宿の間取りも、どの部屋に誰が泊まっていたのかさえも、今でもはっきりと思い出せる。懐かしさに浸りながら、何度もくぐったこの宿の扉に手を掛けようとしたその時、勢い良くその扉が開いた。

「あはは! ここまでおいでー……って、きゃっ!」
「いてっ! うー……ねえちゃん、急に止まらないでよ……」

 飛び出してきたのは赤毛の女の子。僕の足元にぶつかった弾みで、その子の直ぐ後ろを走っていた男の子も巻き添えをくらって尻餅をつく。

「うわっ! ごっ、ごめんね。大丈夫――ッ!?」

 手を差し伸べようと屈み、その子たちの顔を見て息を呑んだ。何故なら二人がアンジュさんとカーフェイにそっくりだったから。
 状況が飲み込めず固まる僕と慌てて子供達に駆け寄るナズナの横をすり抜け、チャットがその子供達の周りを少し呆れながら飛びまわる。

「"チャット"も"リンク"も、追いかけっこなら外でしなさい。怪我でもしたらどうするの」
「……だって、お客さんいなかったんだもん」
「今来たでしょ。アンタ達また怒られるわよ」

 "チャット"に"リンク"……それを聞いて、まさか、と期待が膨らんだ。
 ハイラルでは自分に縁のある人にちなんで名付けをすることは少なくない。タルミナでもそんな文化があるとしたら、もしかすると――

「こら! 家の中は走るなって言っただろ!」
 
 慌てた様子の男性の声が廊下の奥から響く。曲がり角から姿を現したその男性――カーフェイの顔を見た僕は、込み上げる気持ちを抑えることが出来なかった。



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