02


「ぜ……前世のナズナ?」

 間抜けな声を上げる僕の目の前で、ナズナは食後のコーヒーを片手にこくりと頷く。
 まるで御伽噺のような、にわかには信じ難い話ではあるが真剣な顔で話すナズナは冗談を言っているようにはとても思えない。そもそもナズナは少し変わってはいるものの、変な冗談を言う人ではない。だからこそ、僕はすんなりとその話を受け入れることができた。

「でも……普通、人の心になんて干渉できないよね。何者なの? 前世のナズナって」

 僕の疑問にナズナは考える素振りをした後、ややあって口を開く。

「神様に仕える精霊、というのが近いでしょうか。大妖精様達をイメージして頂けたら分かりやすいかと」
「大妖精……ナズナと随分かけ離れてるけど……」

 思い浮かべるのは個性がかなり強めのあの大妖精。同じ"妖精"の括りではあるだろうに、ナビィ達とは全く異なる見た目の彼女は当時世間を知らなかった僕にかなりの衝撃を与えたのだった。
 顔を引きつらせる僕に、「見た目じゃないですってば」とナズナは少し口を尖らせたものの、次第に赤くなる顔を隠すように下を向き顔を両手で覆う。

「もう……リンクがそんなこと言うから変なこと想像したじゃないですか」
「大胆な格好のナズナでも僕は好きだけどね」
「ああほら! またからかって……」

 頬を膨らませ、じとっとした目付きで僕を見るナズナが可愛くて思わず吹き出したら、ナズナもつられたように笑い出した。

 そうか、前世のナズナは大妖精とも関わりがあるからナビィのことも知っていて、僕にそのことを教えてくれたのかもしれない。
 ナズナとダークのお陰で過去を受け入れ乗り越えられるようにはなったけど、行方の知れないナビィのことはずっと心配だった。元気にしているだろうか。昔の僕みたいにひとりぼっちになっていないだろうか……と。
 でも、ナビィなりに前に進んでいることが分かっただけで心がうんと軽くなった。

 前世のナズナに感謝しながら上気分でミルクたっぷりのカフェオレを口に運ぶと、初めてシャトー・ロマーニを貰ったときの思い出が蘇ってきた。
 最期の日の夜に貰ったから勿体無くて急いで飲み干したっけ。チャットにも分けてあげて、妖精ってどうやって飲んでるんだろうと不思議に思った記憶がある。

 心が満たされる度、新芽のように心の中に芽生える忘れていた小さな思い出。ナズナにも知ってほしくて口を開こうとしたら、僕より先にナズナの質問が飛んできた。

「あの……リンク、その夢に出てきたのは前世の私だけでしたか?」
「そうだけど……どうしたの?」
「い、いえ! 何でもないです」

 心配事でもあるかのように不安な様子で尋ねてきたナズナ。誤魔化しはしたけれど、その悩ましげな表情が僕の心に残った。



***



「食料とクスリと……一応矢も多めに持っていったほうがいいかな」

 今日は休暇ということで、僕は今城下町で必要物資の買い出しをしている。

 あの後少し悩んだ結果、再びタルミナを探してみようという結論に至った。
 何度やっても見つからなかったのだから期待は薄いかもしれないけれど、今なら何かしらの情報が得られる気がしてならない。そう思うと、いても立ってもいられなかった。
 
 買い出しが終わり、さて出発しようと街の外へ向かおうとしたとき、聞き覚えのある声に呼び止められた。

「おやアナタは……いやはや、お久しぶりです」
「ッ!? お面屋!?」

 思わず飛び退いて距離を取る。不思議なことに、声を掛けられるまで全く気配を感じなかった。
 動揺で速まる鼓動を落ち着かせながら、お面屋の頭のてっぺんから爪先まで探るように視線を向ける。
 あれから何年も経っているというのに、歳を取ったように見えないのは何故だろうか。相変わらずの捉えどころのない笑みを浮かべながら、お面屋は話し始めた。

「フフフ……アナタ、あの時とはまるで別人のようですねえ。良い出会いでもありましたか?」
「……」

 ただ質問されているだけなのに、何故か「アナタのことはお見通しですよ」とでも言われているような気持ちになる。
 それもそのはず、タイミングが良すぎるんだ。今はもう城下町にお面屋は無いし、その存在を覚えている人だって殆ど居ない。
 何で今更、しかもタルミナに行こうとしている丁度この時にお面屋に会うのか怪しく思わないほうが可笑しな話だ。

「……前から思ってたけど、絶対何か知ってるよね? 今度は僕に何させるつもりなのさ」

 質問には答えず、逆に質問を返す。
 今まで散々手伝ってきたんだからこれくらいは答えてもらおう――そう思ったけれど、お面屋は笑みを崩さず黙ったまま何も喋らない。お面の情報はあんなに教えてくれたのに、都合の悪いことは教えてくれないのか、と溜め息をつく。

 しばらく沈黙が流れ、これ以上待っても無駄だろうとその場を去ろうとした瞬間、ようやく彼は口を開いた。

「信じなさい……"ある"と思えば街は必ず存在します。信じない者は永遠に辿り着けませんので、どうかお気を付けて……」

 やけに含みのある言い方だ。まるでペテン師の言葉のようだけど、僕はそれを信じることにする。胡散臭さを形にしたような人なのに、彼の言う言葉に今まで間違いがなかったのは経験上知っているから。
 でも彼が言う事が本当なら、何故子供の頃は辿り着けなかったのだろう。あの時はまだはっきりとタルミナのことを覚えていたのに――と頭に浮かんだ疑問を見透かしているかのようにお面屋は話を続ける。

「今と昔では状況が大きく変わったのです。アナタがした冒険は、この街で広く知られるようになったじゃないですか」
「……どういうこと?」
「先程言った通りです。"ある"と思えば街は存在する。しかも今はあのお嬢さんも居るのですから尚更のこと……」
「ッ!」

 やっぱりお面屋はナズナのことも知っている。さっき言ってくれればよかったのに、と彼を睨むと愉快そうに笑われて少しイラッとした。本当に掴み所の無い人だ。
 でも、とりあえずタルミナに繋がりそうな情報は得られたことだし今は先を急ごう。

「とにかく行ってみるよ。情報ありがとう――っうわ!?」

 踵を返した瞬間、勢い良く肩を掴まれ思わず声を上げてしまった。
 初めに声を掛けられた時もそうだったけど、お面屋の気配を感じにくいのは予備動作なしで動くからなのだろうか。何にせよ驚くから止めてほしいことに変わりはない。

「探すならお嬢さんも連れて行かれたほうが良いですよ。それと……コレはアナタにお返ししましょう。あの時は渡せませんでしたから」
「――何これ?」

 差し出されたのは銀髪の青年と思われる仮面。額や目の下に模様が刻まれているそれは、どことなく僕に似ている気がする。
 引き込まれるようにその仮面に触れると、それに封じられているであろう凄まじい力に身体が飲み込まれるような変な感覚に陥った。それと同時にどこか懐かしさを感じたのは……気のせいだろうか。こんな仮面、今初めて見たはずなのに。

「人違いじゃない? 僕のじゃないよ、これ」
「やはり、アナタが持っていたほうがその仮面も喜んでいるように見える……」
「ねえ聞いてる?」
「ではワタクシはこれで……」
「ちょっ……!」

 お面屋は僕の言葉を無視してさっさと立ち去ってしまった。その場にぽつんと僕とさっきの仮面だけ取り残される。

 一体何だったんだ、と人混みに紛れていく彼の背中を見ていたら、ちょんちょんと控えめに背中をつつかれたので後ろを振り返るとそこには不思議そうにお面屋を目で追うナズナが居た。

「ナズナ……ごめんね。話し掛けるタイミング伺ってたでしょ」
「気付いてましたか? すみません、お邪魔になるかと思って……」
「いいよ気にしないで。それよりそんな格好でどうしたの?」
「え? ――っ! やだ、みっともない……」

 ナズナは自分の足元に向く僕の視線を辿り、サンダルが左右違うことに気付いたようで顔を赤くしその場にしゃがみ込んでしまった。よく見ると手ぶらだし家着のままで、まるで急いで家を飛び出してきたかのような格好をしている。身なりに気を使うナズナがこんな失敗をするなんて、余程のことがあったのだろうか。

「とりあえず一旦家に帰ろっか。ナズナにお願いしたいこともできたし」 

 お面屋が言うにはナズナも一緒に行ったほうが良いらしいから、タルミナを探すのはさっきの話をナズナに伝えてからにしよう――と、しゃがんだままのナズナに手を差し伸べる。
 ありがとうございます、と困ったように笑うナズナが僕が持つ仮面を見て目の色を変えたのを、僕は見逃さなかった。



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