※死ネタ注意。前世様の時代の話です。




 この世界はリンクを救ってくれなかった。


 ハイリアの地とたったひとりの人間の命なんて、天秤にかけるまでもないことは分かっている。私たち人間は神の遺産であるトライフォースを守らなければならない。それがハイリア様から戴いた重要な使命であることも分かっている。

 それでも――それでも何で、どうしてリンクが死なないといけなかったんだろう。
 世界の為に戦ったのに。皆の為に戦ったのに。やっと世界は平和になったのに。

 返ってくるはずのない答えを求めて空を見上げる。深い青に染まる、どこまでも美しい空。リンクの眼と同じ色の、リンクの大好きだった世界。
 こんな綺麗な空を見たのなんて久しぶりだ。ずっと黒く邪悪な色に染まっていたから。

――リンクのお陰で取り戻せたんだよ。せめて最期に見られたのかな、大好きだったこの空を。

 視線を下に落とし、私の膝の上で眠るリンクの手をぎゅっと握る。
 もう決して握り返してくれることはない冷たい手。さっきまで微かにあった温もりも、もう消えてしまった。いつの間にか溢れ出た涙が私の頬を伝い落ち、リンクの頬を濡らす。それでもリンクの目蓋はぴくりとも動かない。
 これが夢だったらどんなに良かっただろう。心が引き裂かれるように痛くて辛くて苦しくて。ただひたすらに泣く声は、叫び声のようだった。

 本当は私も空に行くべきだった。リンクもそれを望んでいた。分かってる、分かっているけれど。
 リンクの犠牲の上に成り立つ世界なんか大嫌い。こんな世界でなんて生きたくない。一緒に生きられないならせめて一緒に死ねたら良かったのに、なんて、こんなこと考えてるって知られたらきっとリンクに怒られちゃうかな。
 ああ、でももう一度リンクに会えるなら何だっていい。待っててね。私もすぐそっちに逝くから――







 リンクの隣で最期の時を待つ。
 あの世でまた逢えたらいいな、なんて微かな希望を胸に、冷たくなったリンクの手をしっかりと握りながら。

 不思議。さっきまで恨みつらみで頭の中がいっぱいだったのに、リンクに逢えるかもしれない、ほんの僅かな希望だけでもう全部どうでも良くなってくる。これで大嫌いなこの世界ともお別れできる。
 でも……最期にもう一度だけあの空だけは見ておきたい。リンクが大好きだった、リンクが取り戻してくれたあの空を。

 重い目蓋をゆっくりと開き、深い青に染まるどこまでも美しい空を見上げる。
 ふと、暖かく優しい風が私の頬を撫で、その風に乗って薄桃色の花弁が目の前を横切りはらりと地面に落ちた。

 あの花は――

 瞬間、幸せだった頃の記憶が脳裏を過ぎった。


 かつてこのハイリアの地に咲き乱れていた、可憐でどこか儚げな花。私はこの花が大好きだった。
 神であるハイリア様に仕える者の身は純潔でなければならない。その教えを遵守する私たちは、いつからか花に言葉を乗せて互いの想いを伝え合っていた。男女の契りを交わすことのできない私にはそれがとても大切な営みで、互いの心に触れる唯一の手段だった。
 私がこの花――桜を好きだと知ったリンクは毎日のように桜を私の元へ届け、愛の言葉を伝えた。私はその時間が何よりもかけがえのない幸せなもので――大好きだった。


 過去の記憶に思いを馳せていたらあることに気が付いた。落ちた花弁の側に感じる、いくつもの生命の息吹。
 魔王軍に焼き払われたこの大地にも、少しずつではあるけれど新芽が芽生え始めている。青空の下、健気にその生を全うする植物の息吹を肌で感じ、忘れていた心を取り戻した。

 そうだ……私は、この世界を――

 最期の最期にこの景色を見せつけるなんて、世界はなんて残酷なんだろう。大嫌いなまま死なせてくれれば未練なんて何も無かったのに。こんな気持ちを思い出すこともなかったのに。

 私だって本当はこの世界が大好きだった。この世界で生きたかった。嫌いになんて、なりたくなかった。
 でも、もう全て手遅れ。神に仕える身でありながら一度でも神を、世界を憎んでしまったから。こんな汚れた心の私なんて、きっとハイリア様に見限られてしまう。リンクにも……もう合わせる顔がない。

――それでも。

 最期の力を込めて、祈りを捧げる。

 神様、どうか。私の身体も命も魂も全て捧げますから、せめて来世ではリンクを幸せにしてください。誰よりもこの世界を愛していたリンクがこんな結末で終わるなんて耐えられません。神に背いた私が言える立場でないのは分かっています。でも、お願いします。どうか――







 もう空も大地も、何も見えない。
 今、私はリンクの手を握っているのだろうか。身体の感覚も無くなってきて、それすらも分からなくなってしまった。もう二度と逢えないのかもしれないのだから、せめて最期のこの瞬間だけはリンクと添い遂げたいのに――


 意識が暗闇に落ちていく。
 そして最期に意識を手放す瞬間――
 誰かの気配を感じた、そんな気がした。

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