――ようやくここに辿り着いた。

 部屋の中の筈なのにどこまでも広がって見える空間。地面には薄く水が張り、まるで鏡面のように空を写し出している。
 ただ、あの時の殺風景な空間とは確実に異なる点がある。正面に見える一本の木には満開の薄桃色の花。その根本にも色とりどりの小さな花が咲き乱れ、暖かな日差しをたっぷり浴びていた。
 その風景を見て確信する。やはりこの部屋は入った者の心を写し出しているのだと。

 鉄の柵で固く閉じられた扉を背に真っ直ぐ進む。向かう先は満開の木の根本――ダークと初めて会ったあの場所だ。
 その木に近付くにつれ、僕の中からダークの気配が消えていく。代わりにそこにぼんやりと人影が現れ、僕を見据えた。

「久しぶりの身体の調子はどう?」

 その影――ダークに向かって言葉を投げ掛ける。もう姿形もはっきり見えるようになっていた。

「ああ、悪くない」

 ダークは自分の手元に目線を落とし手をぐっと握り締めた。


――この時代に此処を訪れるのは初めてだ。僕とダークの戦いも無かったことになっているから、ダークの身体もまだ消えていない。とりあえずここまでは予想通りで安堵する。


「後はここから出るだけだな。お前の計画通り素直に出してくれるか分からねえけど」

 ダークはそう言いながら出口の扉に目をやった。入口と同様、鉄の柵で閉じられたままになっている扉。
 ダークはこの部屋を"試練"の部屋と呼んでいた。己の心の影に打ち勝つ――前回はダークを倒すことで認められたようだけど、それだけがこの部屋から出る方法ではないはずだ。不思議と、ここに来て確信した。僕がこれからやろうとしていることは間違っていない。

「ダーク、聞いて」

 軽く深呼吸をしてからダークと向き合うが、ダークは僕と目を合わせようとしない。僕がこれから何を言うのか、心を読まれたときに知られてしまったから。本人からしたら直接言葉で言われるのはむず痒いものがあるのだろう。
 でも僕は言葉を続ける。聞いてくれていると分かっているから。

「僕は、力でねじ伏せることが自分の影に打ち勝つ唯一の方法だとは思っていない。あの時の僕はダークを倒すことしか頭に無かったけど……今は違うと言える。自分の心の影を受け入れることだって立派な勇気だ」

 この試練を出しているのが神様なのか誰なのか分からないが、そいつにも届くようはっきりと自分の言葉で伝える。
 思っているだけでは駄目だ。言葉にして、この世界に思いを具現化させないといけない。時のオカリナを奏でることで不思議な力が得られるように、音や言葉を紡ぐことは特別な意味があると……そう思っている。

「ダークは試練の為に僕から切り離された存在だと聞いた。試練が終われば僕の心に戻り消えるということも。でも、ダークには意思も感情もある。ひとりの"人間"として人格を持っている」

 ずっと僕の心を護り続けてくれたダーク。それを知って、ナズナと出会う以前の孤独だった僕も救われた。気付いていなかっただけで、僕はひとりぼっちではなかったんだと。
 ダークが生きたいと思っているならば、僕は全てをかけてその願いを叶える。それが今まで僕を支えてくれたダークに対する恩返しだ。

「ダークは僕の友達であり家族であり……大切な相棒だ。絶対に消させない」

 ダークが逸らしていた目を僕に向けた。
 ……ダークは今、何を思っているのだろう。その赤い瞳の中に映る僕を見ていたら、遠くでがちゃりという音がするのが耳に入った。
――鉄の柵が開いた音だ。

「っ! ダーク、開いたみたい」

 ダークは……消えていない。ほっと胸を撫で下ろし、出口の扉に向かい駆ける。同時に部屋の景色が徐々に薄れ、薄暗い神殿の壁が見えてきた。

「リンク」

 背後から僕を呼ぶ声が聞こえた。振り返ると、僕を真っ直ぐ見つめ微笑むダークの姿。いつもの意地悪な顔ではなく、穏やかな顔で。
――そういえばダークに名前で呼ばれるの、初めてだ。

「ありがとう」

 ダークからの素直な感謝の言葉。その言葉を聞いた瞬間、鼻の奥がツンとして涙が滲んだ。
 それを見たダークはいつもの意地悪な顔に戻り、僕の方に向かってくる。

「何泣いてんだ。ほら、行くぞ」
「まだ泣いてないよ……」

 そうは言ったものの、なんとか涙が溢れるのを堪えている状態だ。深呼吸して心を落ち着かせ、滲む涙を止める。

「これからツインローバと戦うんだから準備はちゃんとしていけよ。まあ、こっちだって二人だから負ける気しねえけど」
「ダーク強いからね。頼りにしてるよ」
「当たり前だ」

 ナズナの周りで起きた一連のことは、十中八九ツインローバの仕業だ。奴等の魔法で城の人達を洗脳し、ナズナをあんな目に合わせた。ナズナを殺すことがどう奴等の利益になるのか分からないが、あの二人が動くということは恐らくガノンドロフに関連することなのだろう。

 城下町で買った剣をダークに手渡す。マスターソードは無いけれど、ダークと二人なら絶対に勝てる。そう思っている。
 不思議な気分だ。あの時もここで二人剣を手にしていたのに、今は同じ状況でも目的が全く違う。
 始まりの場所でひとつの終わりを迎えられた。これからは僕の影ではなく、ひとりの人間として共に歩んでいける。僕とダークがこうなれたのも……全てはナズナに出会えたことが切っ掛けだった。

 思っていることは同じ。今度は僕達二人がナズナに恩を返す番だ。ダークと目を見合わせて頷き、この部屋を後にした。

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