09


「じゃあ、ここから別行動だ。さっき話し合った通り、ナズナは絶対姫の部屋から出ちゃ駄目だよ」
「はい。リンク……気をつけて下さいね」
「心配しないで、絶対に負けたりしないから」

 リンクは名残惜しそうに私の頭を撫で、いつもの優しい顔で私を見つめる。続いてゼルダ様に真剣な眼差しを向けた。

「ゼルダ姫、僕がナズナを任せるのは貴女を信頼しているからだ。僕が戻るまで……ナズナを頼みます」

 リンクは深く頭を下げる。

「ええ。今度は絶対に護ってみせます。リンクもどうか……ご無事で」
「ああ。――行ってくる」

 そう言ってリンクは中庭を後にする。
 私達二人はリンクの姿が見えなくなるまで、ずっとその背中を見送った。


***


「ナズナ、疲れたでしょう。紅茶を淹れますのでそこで休んでいて下さい」
「えっ!? いえ、私がやりますので……!」

 ゼルダ様の部屋に着いて一息ついていたら、とんでもないことを言われた。一国の姫にそんなことさせられないと勢い良く椅子から立ち上がるが、彼女に無理矢理座らせられてしまう。

「いいのです。私だって練習したのですよ? ナズナが帰ってきたら飲んでもらおうと……まだナズナのように上手くはありませんが」

 少し照れながらそう仰るゼルダ様。彼女の心遣いを断るのは逆に失礼になると思い、甘えて紅茶を頂くことにした。
 私の好きなアールグレイ。ベルガモットの爽やかな良い香りに包まれる。懐かしいこの香りに思わず滲みそうになる涙をぐっと堪え、カップを口に運んだ。

「美味しいです、凄く……!」

 私の反応にゼルダ様は嬉しそうに微笑む。

「良かった。私が紅茶を淹れようとすると侍女が止めるんですもの。隠れて練習したかいがありました」
「ふふっ、それは止めますよ。でも……私の為にありがとうございます。またこうやってゼルダ様と過ごすことが出来るなんて、夢みたいです」
「私だってナズナとまた一緒に過ごせることをずっと願っていました。こうやって何でもない会話で笑い合えて、っ……」

 ゼルダ様は瞳に涙を浮かべ、口元を手で抑える。その姿に釣られて私も思わず目頭が熱くなった。
 少しの間、沈黙が流れる。その沈黙を先に破ったのはゼルダ様だった。

「――酷い夢を見たのです。ナズナが私を庇い犠牲になる夢を」

 彼女は目を伏せながらぽつりと呟く。
 犠牲……つまり、私が死んだという夢なのだろうか。私は黙ってそのまま話に耳を傾けた。

「怖かったのです。夢がまた現実になるのではないかと。だからガノンドロフの件もナズナの耳に入らないようにしていました」
「ですが……! 使命を全うした上での犠牲なら私は、」
「ナズナ」

 私の言葉はゼルダ様の凛とした声に遮られる。その声を発した彼女は眉を下げ、悲しい顔をしているように見えた。そのまま両手で私の手を優しくそっと包む。

「私を護ることがナズナの使命というのは理解しています。そして、その為なら自分の犠牲を厭わない……貴女がそういう子だということも。でも、私はナズナに生きていてほしかった。例え使命に背き、貴女を傷付けることになってでも」

 ゼルダ様は私を真っ直ぐ見つめて話し続ける。その美しい青色の眼には、今にも溢れそうなほどに涙が溜まっている。あの時、ゼルダ様と別れた時と同じ涙。

「別の世界のナズナの悲しい結末を何度も見せられて、私は決意しました。せめてこの世界では、ナズナが普通の女の子として幸せに生きる未来に変えてみせると。戦いとは無縁で、決して犠牲になることのない未来に」

 彼女がふっと眼を伏せると、一筋の涙が頬を伝った。

「……ですが、私の力だけでは足りませんでした。やはり私達は三人揃っていなければならない。ナズナを救う為には彼が必要なのだと……貴女を彼の元に向かわせたのは、最後の賭けでした」

 伏せていた眼を再び私に向け、ゼルダ様が微笑む。その顔からは最早悲しみは消え去っていた。慈愛に満ちた、温かい笑顔。

「私だけでは与えられなかった感情を、リンクはナズナに与えてくれました。使命に囚われない、素直な感情を。……これからは自分の心の赴くままに生きて良いのですよ。そして従者としてではなく、ひとりの友人として私を見て下さると嬉しいです。私の、親愛なるナズナ」


 ゼルダ様の言葉が終わる頃には、止めどなく流れ落ちる涙で彼女の顔が滲んで見えなかった。

 ゼルダ様はこんなにも私のことを大切に思って下さっていた。それなのに私は、ゼルダ様の為という名目で簡単に命を捨てようと……遺されるゼルダ様がどんな気持ちになるかも考えず。
 なんて馬鹿なんだろう。そのせいで護るべき彼女に護られ、傷付けて。リンクとダークさんの件で分かった気になっていたけれど、私は本当の意味で理解していなかった。大切な人が居なくなるということが、どれほど心に深い傷を負わせるのか。

 今まで何に変えても使命を果たすことが全てだと思っていたけれど、一番大切なことが欠けていた。
 私は"生きて"使命を果たさなければならなかったのに。何でこんな簡単なことに気付けなかったんだろう。

 泣きじゃくりながらごめんなさいと何度も繰り返す私を、ゼルダ様は優しく抱き締めた。
 こんな不甲斐ない私にも手を差し伸べて下さる。姫と従者としてではなく、一人の友人として私のことを見てくれている。それがどんなに幸せなことだろうか。

「……この世界では、皆で幸せになりましょう」

 今なら素直に受け入れられる。私も幸せになっていいんだ。使命なんて関係なく。



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