08
「コレをもう一度使うことになるとは思わなかったな……」
部屋の床に乱雑に置かれたアイテムの山を見ながらリンクは呟いた。沢山のお面に武器、装備品の数々。どれもリンクの旅をサポートしてきたものだ。
「凄い量のアイテムですね……」
「改めて見ると自分でもそう思うよ。でも捨てないでおいて良かった。また集めるのは大変だから」
あはは、と笑いながら言うリンクはどこか楽しそうだ。時折独り言を言っているのは……ダークさんと話しているのだろうか。
リンクとダークさんにとっては思い出の詰まった道具たちなのだから、当時を懐かしんでいるのかもしれない。そんなリンクを見ていたらふふっと笑みが溢れた。
「あ、そうそう。ナズナも一緒にハイラル城に来てもらう予定だから、何か必要なものがあったら持っていっていいからね」
「……ぅえ!?」
突然の発言に思わず変な声が出てしまった。お尋ね者の私が付いていったらリンクの迷惑になるだろうと、当然のようにお留守番だと思っていたから。
「で、でも私が居たらリンクが自由に動けなくなってしまいませんか? 城下町にも兵士さんは沢山居ますし……この森なら普通の人は入ってこれないので、一人で待っていても大丈夫だと思いますが」
「普通の人間が相手なら僕もナズナには待っていてほしかったけど……あいつ等いろんな魔法を使うから。この場所がバレてない確証がないし、万が一ナズナが一人のときを狙って来たりでもしたら危ない」
先程とは打って変わって険しい表情になるリンクを見て息を呑んだ。きっと一筋縄じゃいかない相手だから、こうやってしっかり戦う準備を整えているのだろう。
……リンクはそんな人達とこれから戦うつもりなんだ。リンクが負けるはずないと思っているけれど、やっぱり不安な気持ちにはなる。
「だからナズナには石コロのお面を渡しておく。城下町に入ったら人前では絶対に外さないでね」
そう言ってリンクはひとつお面を手に取り、私に手渡した。飾り気のないゴツゴツした石のお面――相手から姿が見えなくなる効果があるお面だ。確かにこれがあれば、誰にも気付かれないで行動できるかもしれない。リンクは話を続ける。
「城に着いたらまずゼルダ姫と会う。姫の力があればそう簡単には手出しできないだろうから、僕が戦いに行っている間ナズナは姫と一緒に待っていてほしい」
「ゼルダ様と……!」
まさか、またお会いすることが出来るなんて。でも……どんな顔をして会えばいいのだろう。護られてばかりで何もできなかった私を、ゼルダ様は再び迎え入れて下さるだろうか。嬉しさと後ろめたさが私の中で葛藤する。
そんな私の様子を見たリンクはふっと微笑み、私の頭を優しく撫でた。
「この機会に、二人で沢山話しておいで。僕とダークみたいにすれ違っていること……きっとあると思うから」
「リンク……はい。ありがとうございます……!」
そうだ。私だって変わるって決めたのだから。過去のことで悩んでいても仕方がない。これからどうするかを考えなければ。今は前を向こう。
「……リンク、絶対に負けないで下さいね。無事に帰ってきて下さい」
「当たり前だよ。今はダークも居るからね。マスターソードが無くても全然負ける気がしない……って、そうだ。ナズナ、大人用の剣って城下町で買える?」
リンクに尋ねられて気付く。確かに、今手元にある片手剣は大人のリンクが扱うには短いだろうから、新しい剣を用意したほうが良いだろう。
「はい。確か兵士さん向けの武器を納入している武器屋さんがあったと思います」
「じゃあそこで買えばいいか。ダークは片手剣のほうが使いやすいよね。盾使うから僕も片手剣がいいし……二人分の剣を買うルピー余ってるかな……」
二人分? その独り言に首を傾げながら、ルピーを数えるリンクを眺めた。
その後もリンクが床一面にずらりと並べたアイテムとにらめっこしていたけれど、結局持てるものは全部持っていくことに決めたようだ。
時のオカリナを片手に持ち、もうハイラル城に行く準備は整っている。
「そうだ、行く前にナズナの力についても聞いておきたいな。魔力でどんなことが出来る?」
「今はゼルダ様と離れているので、出来ることは限られてしまいますが……」
目を閉じ意識を集中させると、私はガラスのような青い結界に覆われる。それをリンクは驚いたような顔で見た。リンクも大妖精様を通じてこの力を受けた事があるから、見覚えがあるだろう。
「……! ネールの愛……」
「はい。リンクも使っていましたよね。あとは……あまりやったことはないのですが、対象を自分以外の人や物に切り替えることも一応出来ます」
「へえ……! こんな強力な身を護る手段があるなら充分だ。ネールの愛の効果は僕も身を持って知ってるからね。もし危険を感じたら遠慮せずに使うんだよ」
リンクは感心した様子でそう言った。思いがけず自分の力を褒められ少し照れくさくなる。あまり人に見せるものではなかったから。
でも、この力を使わずに済むのが一番良いだろう。そうなるように願う。
「――さて、準備もできたし行くよ。ナズナ、僕から離れないでね」
目を合わせこくりと頷く。私が石コロのお面を被るのを見届けた後、リンクは時のオカリナを奏でる。
その優しい音色に導かれ、眩い光に包まれた私達は森から姿を消した。
***
目を開くとそこは時の神殿だった。懐かしいこの厳かな雰囲気。
本当に戻ってきたんだ……でも今は感慨に耽っている場合じゃない。まずはゼルダ様に会わなければ。
時の神殿を出て、昼下がりの城下町を歩く。大勢の人が行き交う見慣れた光景。でも私に視線を向ける人は誰一人としていない。まるで自分が別の次元に居るのではないかという錯覚に陥る。本当に私の姿が見えていないんだ、と不思議な気分になった。これなら誰にも気付かれずゼルダ様に会いに行けそうだ。
リンクは真っ直ぐ城の門番さんの所に向かい、私が持ってきたゼルダ様の手紙を見せる。すると、やけにあっさり城内に入ることを許可されていた。
向かう先は中庭。そこからゼルダ様の気配を感じる。私はリンクの後ろをただひたすらに付いて行く。
全てが懐かしく思える。ゼルダ様と一緒に何度も何度も通った道。綺麗な花に囲まれた、私の大好きな場所。もう一度帰ってこれるなんて思ってもみなかった。自然と滲む涙を袖で拭う。
中庭の最奥に佇んでいるのは見慣れた後ろ姿――見間違えるはずがない。
「――お久しぶりですね。時の勇者リンク」
ゼルダ様。もう二度と会えないと思っていた。
直ぐにでも駆け寄りたい衝動をぐっと抑え、ゼルダ様を真っ直ぐ見据える。
「警備を手薄にしてまでわざわざ出迎えてくれるなんて、僕等がここに来るのが分かってたみたいだね。ゼルダ姫」
「ええ、お告げの通りだったようです。貴方には感謝してもしきれません……本当に有難う御座いました。それに――」
ゼルダ様はリンクの背後にいる私に目を向けた。お面の効果で見えていないはずなのに、ゼルダ様の目は確かに私を捉えている。
「ナズナ、そこに居るのでしょう? ここには私たち以外誰も居ません。顔を……見せて下さいますか……?」
ゼルダ様の声は震えていた。その瞳は涙で濡れ、今にも泣き出しそうだ。
「――ッ! ゼルダ様!」
今まで押さえつけてきた感情が溢れ出した。私はお面を外し、ゼルダ様に駆け寄り彼女に抱き付く。ゼルダ様も私をぎゅうっと抱き締め返して下さった。
「無事で本当に良かったです……! おかえりなさい、ナズナ」
「……っ! ゼルダ様、只今戻りました……!」
本当はもっと言いたいことが沢山あったはずなのに、言葉にはならなかった。
今まで離れ離れだったぶんを埋め合わせるように、涙を流しながら二人で抱き締め合った。
→