07


 月明かりに照らされるハイラル平原をひたすら駆け、はあはあと息を切らしながらコキリの森を目指す。
 迷いの森に近いあの場所なら普通の人は追ってこれないから――脳裏に浮かぶのはゼルダ様の泣き顔。
 私は役立たずだった。きっとこれはネール様に力を与えられておきながら、使命を果たせなかった罰なんだ。私なんかが幸せになるなんて許されない――


「ナズナ!」

 大きな声で呼ばれはっと目を覚ます。私の手を握りながら心配そうに私を覗き込むリンクが視界に入り、ほっと安堵に包まれた。

――よかった、夢だった。

 辺りを見回せばいつもの部屋。ここに居ればもう捕まる心配なんて無いはずなのに……まだこんな夢を見るなんて。

「ナズナ、大丈夫……? うなされてたけど……」
「すみません。驚かせてしまったようで……大丈夫ですよ」

 リンクに安心してもらう為に無理矢理笑ってみせる。まだ心臓の鼓動が速い。お願いだから早く落ち着いて。

「……そっか。でも、凄い汗だから着替えたほうが良いね。風邪引いちゃうから」
「はい。ちょっと着替えちゃいますね」

 リンクは他にも何か言いたそうだったけれど、これ以上深入りはしてこなかった。


***


 リンクと私が一緒に寝るようになってからあの夢を見たのは、昨晩が初めてだった。一緒に寝ると凄く安心して、不安なことなんてどこかに行ってしまっていたのに。

 それに本当は、リンクが私の言葉を待っているということは分かっている。でも、今のこの幸せを手放したくなかった。リンクと一緒に居られるだけでも充分すぎるほど幸せだから。
 私が泣きついてしまったら、きっと優しいリンクは何かしら行動を起こすだろう。根拠はないけれど、それが再び幸せを手放すことに繋がりそうで無性に怖かった。
 もう私はゼルダ様に会うことは出来ない。それならせめて、リンクの隣に居られるこの幸せは奪わないでと願わずにはいられなかった。


「ナズナー、……ナズナ?」
「……あっ、すみません! 何でしょう?」

 リンクに声を掛けられていたみたいだ。ぼうっとしていて反応が遅れてしまった。

「これから釣りに行くけど、ナズナも一緒に行く?」
「……! 行きたいです!」

 気分転換には丁度良いかもしれない。この嫌な気持ちを忘れたくて、リンクと一緒に湖へ向かうことにした。


 湖までの道程を二人手を繋いで歩く。今日は暖かいですね、とかご飯は何にしましょうか、とか他愛もない会話が幸せだ。幸せなはず……なのに。何かが心に引っ掛かっている。

 湖に着き、いつもの場所で釣りを始めるリンクを隣で眺める。
 そういえば、初めてここに来たとき私は一人で魚さえ取れなかったっけ。少し多めにリンクが魚を焼いてくれて、それをお裾分けして貰って。あの時はまだ素っ気なかったリンクとこんな関係になれるなんて――
 そこではっと気付く。最初は皆バラバラだったのに、リンクもダークさんも変わった。私だけ何も変わっていない。ずっと過去に囚われたまま。

 私はこのままで良いのだろうか。今の幸せだけに縋り付いて、何も変えようとはせず一人で抱え込んで。心の底から何かが込み上げてきた。

「……リンク、私の話、聞いてくれますか……?」

 溢れた気持ちがぽつりと言葉になって流れ出した。リンクがゆっくり私に顔を向ける。
 大丈夫、隣にリンクが居てくれるから。あの時ダークさんに聞かれたこと、今なら全部話せる気がした。

「私の力は……ネール様に頂いたものなのです。リンクの旅のことを知っていたのも、恐らく……ネール様の御力によるものです」

 話す分だけ、心が軽くなっていくような気がした。リンクは何も言わずただじっと私を見つめている。

「ですが、ネール様の御力を頂いておきながら私は与えられた使命を果たせませんでした。ガノンドロフのこともあり……王族でもない者が大きすぎる力を持つことは王国に災いを及ぼすと、ハイラル王国は私を追放する判断を下しました」

 もし私も国の力になれていたら、今とはまた違う未来があったのかもしれない。そんなこと考えてももう遅いけれど。

「追放だけならまだ良かったのですが……この力を神に戻す為に、私を……殺そうと、」

 瞬間、びりっと空気が震えた。驚いてリンクを見ると、怒りに満ちた眼のリンクと目が合う。そしてぐいっと腕を引かれ抱き締められた。

「……ありがとう、話してくれて。……辛かったね」
「――っ!」

 ひと呼吸おいて、リンクが私の頭を撫でそう言った。その言葉だけで私の眼からはぼろぼろと大粒の涙が流れ落ち、我慢できず声を上げて泣いた。
 本当は凄く辛かった。それに、誰よりもリンクに聞いて欲しかったんだ。


 リンクはずっと私を抱き締め、背中をさすってくれている。お陰で私も泣き止んでだいぶ落ち着いてきた。「大丈夫?」の言葉にこくんと頷くと、リンクは優しく微笑んで話を続けた。

「ナズナ……ゼルダ姫に会いたい?」

 その質問にはっとする。私だって本当は――
 でも、こればかりはもうどうしようもない気がする。いくらリンクといえど、国が一度決めたことを覆すなんて。それに、今は会ったところでゼルダ様の迷惑になってしまう。

「私はもう諦めたので……むぐっ」

 話している途中なのにリンクの両手で頬を挟まれた。そのままリンクと強制的に目を合わせられる。あれ……少し怒ってる?

「そういうのじゃなくて、僕はナズナの素直な気持ちが聞きたいな。会いたいか会いたくないかで言ったらどっち?」
「あ……会いたいです」
「ん、良かった。じゃあもう一つ質問。ナズナの追放が決定する前後で何か変わったことあった? 例えば、誰かしら急に人が変わったようになった……とか」
「人が変わる……? あ、」

 妙に具体的な質問だと思ったけれど、そういえば確かある日を境に突然追放の話が出た気がする。前日まで普通に接してくれた人達にも急に敵意を向けられるようになって……城内の全員がそうなった訳では無かったけれど。

「心当たりがありそうだね……大丈夫。僕がなんとかする」

 リンクはそう言って優しく私の頭を撫でた。リンクにも心当たりがあるのだろうか、確信を持った目をしている気がする。

「でも……良いのですか? リンクを巻き込んでしまうことになって迷惑を、」
「だーかーらー、そんなの迷惑でも何でもないの。僕がどれだけナズナに助けられたか分かってないでしょ。今度は僕がナズナを助ける番だよ。それとも……愛する人には幸せでいてほしいって言ったほうが伝わる?」
「愛っ!? ……わ、分かりました……」

 リンクの言葉に顔を赤くしながら答えると、くすくすと笑い声が聞こえた。

 さっきまで悩んでいたのが嘘のように心が軽い。根拠のない恐怖も、心に引っ掛かるものも既に私には感じられなかった。リンクの「大丈夫」がこんなにも心強いなんて。
 何かが変わりそうな予感に、期待を膨らませた。



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