大勢の人が行き交う城下町。人混みに慣れない私は、流れに流されあっという間に両親とはぐれてしまった。

 両親を探しながら街中を歩いてみるものの、家も店もみんな似たような外観で自分がどこにいるのかさえ分からない。完全に迷子になってしまった私は、心細さと寂しさとで泣きそうになりながらとぼとぼ歩く足を止めた。
 もう泣き虫は卒業するって決めたのに。そう思っていても、自分の意思とは裏腹にじわじわと涙がにじんできてしまう。せめて泣き顔を見られないよう、道のすみっこで壁に向き合いうずくまって涙を必死に堪えていたら、ふいに後ろから優しく肩を叩かれびくっと身体が跳ねた。何だろうと恐る恐る振り返ってみると、私のすぐ後ろにハイラル兵の鎧を着た少年が立っている。兜から覗く髪の色がリンクにそっくりだ──って、あれ? うそ。なんで。

「リンク!」

 どうしてここに、と思わず後ろによろけ壁に背をついた。最後に見たときより大人びて一瞬気付かなかったけど私が見間違えるはずがない。リンクが目の前にいる。
 思いがけない数年ぶりの再会に涙はすっかり引っ込んでしまったようで、目を丸くしてリンクを凝視した。驚いたのはリンクも同じだったのだろうか、ぱちぱちと瞬きをしつつ真っ直ぐ私を見つめる。

「……?」

 でも、何か変だ。いつものリンクなら何かしら話しかけてきそうなものなのになかなか喋ろうとしない。言葉を選んでいるのか言い淀んでいるのかは分からないけれど、口を開きかけては閉じてを何度か繰り返している。どうしたんだろう。

「あの……リンク、だよね?」

 妙な沈黙が流れ少し気まずくなってしまったので、何でもいいからと話しかけてみた。本人に向かって変な質問だとは思ったけど、リンクは表情を変えずこくりと頷き私に手を差し出す。その手は相変わらずマメだらけで、あのときのように握り返してみたら心の奥がきゅうっと締め付けられた。そのまま手を引かれその場から立ち上がると、

「……ナズナ、お父さんとお母さんが呼んでる」

 ようやく聞こえてきたのは私が知っているより少し低めの声だった。ああそうか、声変わりしたんだ。びっくりした。
 でも驚いたのは声だけじゃない。目線の高さも違う。昔はリンクのほうが何センチか高かったものの、私とほとんど変わらない身長だったのに。
 離れていた期間を考えると当然ではあるけれど、私の記憶の中のリンクはあのときのまま止まっているから今目の前にいるリンクとのギャップに動揺を隠せない。高鳴る鼓動は久しぶりに会えた喜びからなのか、異性であることを感じさせられた甘酸っぱい気持ちからなのか判断できるほど今の私の頭は冷静でいられなかった。

「あ、ありがと。でも、どうしてここに居るって分かったの?」
「……ナズナの気配がしたから」
「……えぇ?」

 気配? ……って何それ、と思ったけどリンクが大真面目な顔で言うものだからそういうものなのかと深くは追求しないことにした。



***



 どうやら今日リンクは城下町の見回りをしていたようで、中央広場で私を探し回っていた両親から話を聞いて探しに来てくれたとのことだった。
 久々の再会が迷子として探されてだなんて恥ずかしい限りだけど、リンクに会えて嬉しいから恥の気持ちは一旦置いておくことにしよう。

 リンクの後をついて歩くと昔の思い出が蘇ってくる。でも、昔と違って今はリンクから話を振ってくることは無い。私が話せば返事をしてくれるけど、それも一言二言で終わってしまうことに違和感と寂しさを感じた。

「城下町って人が凄いんだね。それにどこ歩いてるのか全然分からなくなっちゃう」
「ナズナみたいに迷ってる人、よく見るよ」
「あはは……やっぱりそうなんだ。迷子を助けてあげるのも兵士のお仕事なの?」
「うん。新人のうちは割と何でも任される」
「そっか……リンクは凄いね。もう一人でお仕事してるんだもん」
「……そんなことないよ」

 成長したとはいえ、それでも街中で見かける他の兵士さんよりひとまわり以上も小さいリンクの背中。どことなく寂しそうに感じるのは、多分気のせいじゃないと思う。

 リンクがいくら強いと言っても、世間一般からしたらまだ子供の年齢であることに変わりない。それなのに大人と同じように兵士として働いているのだから、寂しく思うことなんて数え切れないほどあると思う。私なんてちょっと迷子になっただけでこんな心細かったんだから。
 街での暮らしには慣れたのかな。お仕事は辛くないかな。聞きたいことは山ほどあるけれど、きっとリンクは私を送り届けたらすぐ街の警備に戻らないといけないのだろう。次いつ会えるのかも分からないから、今のうちに言いたいことは言っておかないと──
 そう思ったらいても立ってもいられなくて、思わずその気持ちをそのまま口にする。

「私、またリンクに会いに来る。今度はお仕事じゃないときに。絶対来るから!」

 ……少し声が大きかったかもしれない。何人か私たちの方をちらっと見るのが視界の端に映った。リンクも驚いたのか、目を点にして私のほうを振り返る。

「あ……ありがとう」

 勢いに押されながらもそう応えるリンクの顔に、ほんの一瞬だけ笑顔が浮かぶ。すぐにポーカーフェイスに戻ってまた前を向いて歩き出してしまったけれど。
 でも、今日初めて見たリンクの笑顔。さっきまで寂しそうな雰囲気だったのと相まって、私はほっと胸を撫で下ろした。

「でもナズナ、声……大きい」
「ご、ごめん……」

 リンクは恥ずかしいのか耳の先を赤くして少し早足になる。
 身長も声も性格もいろんなものが変わっても、所々で見せる些細な仕草はやっぱりリンクのものだった。そうだよね、だってリンクはリンクだもん。
 それに気付いたら無性に嬉しくなって、今自分が迷子だということもすっかり忘れてリンクの後を追いかけた。

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