今日、城下町では変わったイベントがあるらしい。なんでも、思いを寄せる相手に手作りのお菓子を渡し愛の告白をするとかしないとか。

 城下町は毎月何かしらのイベントがあるから賑やかでいいな、としみじみ思う。ハテノ村には数日どころか数ヶ月遅れで城下町の情報がやってくるのは当たり前だし、そもそも流行りが定着するのさえ稀だから。
 そして聞いたところだとこのイベントは単に告白を後押しするだけのものではなく、身近な人に日頃の感謝を伝えるものでもあるようで。それならいつもリンクにこれでもかというくらいお世話になっているのだから、感謝を込めてケーキを作ってみよう。そう思い立ったまではいいものの。


「なにこれ……ケーキってこんな難しいの……?」

 レシピ本を読んで愕然と項垂れた。
 分からない。何がって、全体的に。

 まず"少々"とか"適量"の分量が分からないのを皮切りに、"ツノが立つまで混ぜる"とか変な表現が沢山書かれている。挿絵も無いし、多分このレシピは私みたいな料理初心者向けのものではないのだろう。
 そもそもコッコのタマゴを混ぜ続けるとツノが生えてくるなんて知らなかった。どんなツノなのかは書かれてないけど、ボコブリンとかモリブリンのツノだったら嫌だなあ。マモノケーキなら似合いそうだけど、私が作りたいのは普通のフルーツケーキなんだから。
 いやいやそんなことよりも。一番の問題はこの部屋に石窯なんて無いということ。リンクは鍋でケーキでも何でも作っていたからそういうものかと思っていたけど、このレシピには鍋での作り方なんて書いてない。どうしよう。

 まさかリンク本人に教えてもらう訳にもいかないよなあ、と大きなため息をついてソファに寝転がる。
 今まで感覚でしか料理をしてこなかったとはいえ、レシピを読み解くことすら出来ないなんて思わなかった。基礎から勉強すれば分かるようになるかもしれないけど、そうなると今日中には間に合わなくなってしまうし。

「今までリンクに甘えっぱなしだったからな……」

 思い返せば一緒に暮らし始めてからも、質より量といった料理ばかり作っていた。それに関しては食べる量が普通の人とは桁違いなリンクが私の負担にならないよう配慮してくれたこともあるけれど、結果それに甘え続けていたのは事実な訳で。

「私でも作れるもの……あるのかな」

 とりあえず全ページ読んでみようとぺらぺらと本を捲る。ケーキにタルト、クレープやパイ……どれもリンクが作ってくれたことがあるものだ。リンクはあんな簡単そうに作っていたのに、文字に起こすとこんなに複雑な工程だったなんて。
 やってみて初めて分かる苦労にリンクへの尊敬の念が湧いて止まないでいたら、ふとあるページのお菓子が目に留まった。ケーキみたいな華やかさは無いけれど、材料も少なく調理工程もシンプルなお菓子。

 これなら作れるかも。そう心の中で呟いて、早速調理に取り掛かった。



***



「ということで。これ、今日のデザート」

 夕食を終えたリンクに差し出すのは、少し洒落た器に盛り付けたリンゴバター。弱火でじっくり焼いたリンゴにヤギのバターを絡めるだけだからなんとか私一人でも作れたものの、これは日常的に食べるようなおやつだからケーキのような特別感なんて全く無い。今日この日に渡すものとしては力及ばずといった気はするけれど、下手に難しいものに手を出し失敗作を渡すよりは良いだろうと開き直ることにした。

「いつもありがとう、リンク」

 面と向かって感謝を伝えるのは少し照れ臭い。それは受け取る側のリンクも同じようで、少し耳の先を紅く染めながら「こちらこそ」とはにかんだ。

「実は期待してたんだ。ナズナってこういうイベント好きそうだから」

 リンクは「いただきます」とフォークにリンゴを刺し口に運ぶ。いつもよりゆっくり、味わうようにそれを頬張る幸せそうな顔を見たら私まで心がぽかぽかしてきた。
 でも、こんな大切そうに食べてくれるなんて嬉しいけどちょっぴり恥ずかしい。だってただのリンゴバターだし。

「やっぱりケーキ買ってくれば良かったかな。これだけじゃいつものご飯とあんまり変わらないもんね」

 いたたまれなくなって苦笑いしつつ少し自虐したら、「ナズナ」と不意に名前を呼ばれた。同時に軽く手を引かれ、ぽすんとリンクの腕の中に収まりよしよしと子供をあやすように頭を撫でられる。

「料理苦手なナズナがレシピ買ってまで頑張ったんでしょ。そういうこと言わないの」
「っ!? 何で知って……」
「キッチンの棚に置いてあったから」
「……よく見てるね」

 リンクは本当にこういうところに良く気付く。別に隠すつもりは無かったけれど、あれこれ四苦八苦していた様子を想像されるのはどうにも照れ臭い。結果としてレシピがあってもケーキは作れなかった訳だし。
 そんな私の胸中を知ってか知らずか、リンクはくすくすと笑いながらぎゅうっと私を抱きしめ首元に顔を寄せてきた。

「今度一緒にケーキ作ろっか。見て覚えればレシピ読むだけより分かりやすいと思うよ」
「……うん」

 やっぱりリンクには見透かされているみたい。私のやりたいことを先回りで言ってくれるその優しさにいつも甘えてしまう。
 自然と赤く染まる頬で頷くと、リンクは少し得意気な表情で再びリンゴにフォークを刺した。

「ナズナ、はい。あーん」
「ん、」

 そのまま私の口元に差し出されたので素直に頂くことにする。しっとりとしたリンゴの果肉に絡むバターの香りと甘酸っぱい果汁が口の中いっぱいに広がって、思わず頬が綻んだ。

「……甘い」

 一人で味見したときよりも甘く感じる、なんて乙女チックなことが頭を過ぎった。恥ずかしいから口には出さないけれど。

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