いつもより少しだけ早起きをして、はやる気持ちを抑えながら玄関の扉を開け外のポストを確認する。そこに入っていたのは白く綺麗に糊付けされた私宛の手紙で、その差出人を見た瞬間ぱあっと笑顔があふれた。


 私の楽しみのひとつになっているリンクとの文通。前に私が城下町で迷子になってリンクが助けてくれたとき、帰り際にこっそり連絡先を渡してくれたのが始まりだった。
 リンクはそのメモが何なのか伝えもせず仕事に戻ってしまったけれど、走り書きで書かれた文字がリンクの住んでいる住所を示していて、ここに手紙を送ってほしいって言いたかったんだろうなってことはすぐに分かった。だって仕事の合間のあんな短い間じゃ、会えなかった期間に伝えたかったことは全然話しきれなかったし、私がそう思ってるなら多分リンクも同じことを思ってるんじゃないかって思ったから。


「あ、今回はイチゴの香りがする……!」

 家の中に戻りわくわくしながら封を開けると、ふわっと甘酸っぱい香りが鼻をくすぐった。その香りは綺麗に折り畳まれた便箋から漂っている。
 リンクの話によると城下町ではアロマミストや香水で香りをつけた手紙が流行っているらしく、ここ何回かは毎回違う香りの手紙を送ってくれる。リンクはそういうことに興味なさそうなのにわざわざ私が喜ぶようなことをしてくれるなんて……と思うとドキドキと胸の鼓動が速まってしょうがない。

 あのとき──私が迷子になったあの日。数年ぶりに会ったリンクは会えなかった時間のぶん体格も声も成長して、私が異性として意識してしまうのも当然と言えるくらい格好良くなっていた。
 それ以来、リンクの手紙を読むたびその姿が鮮明に思い浮かび胸の鼓動も自然と速くなってしまって。いくら恋愛に疎い私でも、この感情は今までの「好き」とは違う、もう一歩進んだ少し大人の恋心だと自覚するようになった。


 香りを堪能しつつ便箋を開くと、丁寧に綴られた文字が目に飛び込んでくる。一文字一文字もさることながら便箋全体を見た文字の配置もまるでお手本のように綺麗で美しく、思わず感嘆の息が漏れた。

「リンクってば、昔は文字の上手さなんて気にしてなかったのに」

 手紙を交わすたびに上達していく文字。初めは年相応の元気のある文字だったのに、いつのまにか丁寧で落ち着いた大人らしい文字へと変わっていった。
 立派な騎士になるうえで文字や文章が上手いに越したことはない。きっと一生懸命練習したんだろうな、と勉学に励むリンクを頭に浮かべ、微笑みながら本文に目を通す。
 季節の挨拶から始まり、自分の近況を綴るリンクの言葉。こんな訓練をしたとか、城下町で美味しいお店を見つけたとか。会えない時間を埋めるように一文字一文字を大切に読む。そうすればまるでリンクと会話しているような気分になれて、心がぽかぽかと暖かくなった。



「──さて、お返事書こっと」

 読み終えた余韻を楽しんだ後に一息つき、デスクの引き出しに手を伸ばした。取り出したのは封筒と便箋と、桐の箱。この箱の中には私が各地を調査したときに集めた花を栞にしたものが入っている。
 読書や勉強に役立ててほしいという建前で時折手紙に入れて送っているこの栞。でも、私の真意はその花に込められた意味にあることをきっとリンクは知らない。

 上機嫌に鼻歌を歌いながら桐箱を開き、今回はどの花を送ろうかと栞の束を手に取った。
 ツツジに蓮華草、鈴蘭に菜の花……春はたくさん可愛らしい花が咲くから必然的に栞も増えていく。それに比例して選ぶ時間も増えてしまうけれど、リンクが喜んでくれるならそれさえも楽しみのひとつになる。
 もしリンクが私の手紙を読みながら、あのポーカーフェイスを崩して微笑んでくれていたら……なんて想像すると、胸の奥からとめどなく愛おしい気持ちがあふれてきて勝手に頬が赤く染まり思わず身悶えた。

──ああもう、もどかしい。しばらく会えてないからまた感情が爆発しそう。早くこの気持ちをリンクに伝えたい。でも、それにはまだ早いから。
 
 思い出すのはリンクがハテノ村から離れる前、自分自身に誓った決意。
 強くて立派な騎士になるリンクの隣に立っても恥ずかしくないくらい自立した女の子になりたい──そう幼いながらに心に決めた思いは今も変わらない。そして、なりたい自分になれるまで私はリンクにこの思いを伝えないでいようと決めている。

 でも……少しだけ。少しだけならいいよね。

「っ、どうせリンクは花言葉なんて分からないだろうし! 今回はちょっと攻めたの送っちゃおう!」

 照れ隠しの独り言にしては大きい声を上げ、とある花を探し出す。
 リンクに分からない形で伝えるなら問題ないよね、となんとも都合の良い解釈をして自分を納得させながら手に取ったものは──リナリアの栞。折れや汚れがないか念入りに確認してからお気に入りの小花柄の封筒にそっとしまい、ひとつ息を吐いた。
 どうか気付かれませんように。いやでもちょっとくらい気付いてくれてもいいかも……と自己矛盾する乙女心があふれ出して止まらない。

 リンクがくれた手紙から香る甘酸っぱい香りに酔いしれながら、私は浮かれた気分で新しい便箋にペンを走らせた。

back

×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -