※「嵐の前のなんとやら」の少し前の話。




「ですから、ナズナと二人になれる時間がもっと欲しいと言ったのです」

 ピリピリとした空気を纏いながら研究室のデスクに向かい研究録を書き留めている姫様。オレに背を向けてはいるが、険しい顔をしているであろうことは声色だけで想像がつく。最近研究が思うように進んでいないのか、どことなく苛立っているように感じたのは間違いではなかったようだ。

「しかし姫様……」
「いいじゃないですか。以前もよく二人だけで会っていたのですから」

 姫様はナズナとお喋りをするのが好きだ。研究に行き詰まったとき気分転換としてお茶会をすることも多かったから、きっと今回もそういうことなんだと思う。
 ただ最近はストーカー野郎のせいでナズナの警備が強化されたこともあり、二人きりで会える時間が少なくなった。オレが側に居られない時はだいたい先輩がついているから、そこまで踏み込んだ話も出来ずじまいなんだろう。
 でもやっぱりまだナズナから目を話すのは不安が残る。決して姫様を信頼していない訳ではない。オレの気持ちが追いついていないだけの、ただの我儘だ。

「姫様のお気持ちも分かりますが、また奴が何か企てていたら……」
「あら、知らないのですか? あの方はもう居ませんよ」
「え?」

 いない、って……どういうことだ?
 頭に疑問符を浮かべつつ、そういえばここ数日奴を見かけていないということに気が付いた。単に向こうがオレを避けているからだと思っていたけど違うのだろうか――と、姫様がこちらを振り向いたその表情にぞくりと肝が冷える。笑顔ではあるものの、いつもの姫様からは想像もできない程の冷たい目をしていたから。

「アッカレ砦へ異動したそうです。侍女達からも複数苦情が上がっていたようなので、これ以上問題を起こす前に……という判断でしょうか。きっと暫くこちらに来ることはないでしょうね」
「……そうでしたか」

 その目とは裏腹に感情を声に出すこともせず淡々と話す姫様の心の内は怒りで満ちているのだろう。こんなに早く、しかも内密に処分が下るなんて恐らく姫様の進言があってのことだ。あんなことをするような奴だ、他に問題行動があってもおかしくないから余罪を掘り起こして処分させたのだろうか。
 ナズナに危害を及ぼす奴が消えたのは喜ばしいことだが、あれは本来オレがなんとかしなければならない問題だった。あろうことか姫様に気を使わせる形になってしまうなんて、騎士として情けない限りだ。

「申し訳ありません。姫様のお手を煩わせることになってしまい……」
「貴方が気に病むことは無いですよ。ナズナのことがなくても、ゆくゆくはこうなっていたでしょうから」
「っ、ですが」
「もう……リンクも少しは人を頼って下さい。あのときは沢山の人と力を合わせていたのに、また頑固になってしまいましたね」

 少し膨れ顔の姫様に言葉を遮られる。あのとき、というのはきっとオレが記憶を無くしているときのことだろう。やっぱり姫様から見ても今のオレは頑固なのか。記憶が戻った今あんなふうに振る舞うのは正直抵抗があるけれど、変わっていくと決めたのだから少しずつでもあのときみたいに振る舞っていくべきか……

「――ということですので、私とナズナだけの時間を作ってもいいでしょう? 最近リンクばかり独り占めしてずるいですよ」

 オレが色々と考えを巡らせているうちに、姫様はいつの間にか膨れ顔から笑顔になっていた。だが、その笑顔の中に企みを感じるのは気のせいだろうか。

「そ……そうでしたっけ」
「そうです。二人が一緒に暮らし始めてから極端に会う頻度が減りました」
「う……」

 確かにそうだったかもしれない。詰め寄ってくる姫様に後退りしながら思い返してみると、仕事以外では常にナズナから離れなかった気がする。オレは自分のことばかりで思いもしなかったけれど、もしかするとナズナも姫様と会いたいのを我慢しているのだろうか。そうだとしたらなんて悪いことをしてしまったんだ。
 黙ってしまったオレを見て、姫様は少し困り顔で溜め息をつく。

「夫婦の時間も大切ですが、友人との時間も大切ですよ」
「ふっ!!? ふふふ夫婦って姫様何を!!」
「あら、そんな照れることですか? 既に決定事項かと思っていましたが」
「っ、交際してること自体まだ誰にも言ってないですよ……言いふらすものでもないので」

 今それを知っているのは言わずともバレてしまった人くらいだ。気恥ずかしさから小声で呟くと、姫様は少し考え込む仕草を見せ、その後何か言いたそうにオレの顔をじっと見てきた。

「……あの、どうされました?」
「いえ。狼の護衛さんにはまだ様子を見ていてもらったほうが良いと思いまして」
「? ナズナを狙ってる奴が他にもいるという事ですか?」
「友人との時間が必要なのは貴方も同じ、ということです」

 その言葉にあまりピンと来なくて首を傾げたら、それを見てか姫様がくすりと微笑んだ。
 
「以前より時間もできましたし、英傑の皆ともお話してみたらどうでしょうか。厄災討伐の役目を終えた今なら、ひとりの友人として気兼ねなく話せると思いますよ」
「そう……ですね」

 答えながら、先輩に言われた言葉を思い出していた。
 人に頼れ。一人で溜め込むな。自分が変われ。
 今までまともに友人も作らず騎士の道をひた走ってきたオレにとって、ひとつの大きな役目を終えた今は自分自身を見直す良い転機であるのは確かなことだ。この機会に皆にも少しずつ自分を出していっていいのかもしれない。

 不思議と、自然に口角が上がった。姫様から見たら微笑んでいるように見えたのだろうか、一瞬驚いた表情をした後に嬉しそうな笑顔になる。

「ふふっ、良かった。もしリンクがあまりに頑固なままでしたら、旅の間にしていたことをナズナに言うことも考えていたので」
「ッ!?」

 可憐な笑顔の姫様からとんでもないことを言われ、一気に心臓の鼓動が速くなり背筋が冷えた。頭を掛け巡るのは記憶がなかったときにやらかした行動の数々と……「全て見ていた」という旨のあのときの姫様の言葉。まさか。

「言うって……な、何をですか……?」
「ナズナを思い出すまでにしていたあんなことやそんなことを……」
「!!!!」

 思い当たる節がありすぎて冷や汗がだらだら流れる。何を言われてもナズナにドン引きされる未来しか見えない。引かれるだけならまだしも口を聞いてくれなくなりそうなこともしてた……気がする。いやでも仕方ないんだよあの時は何も覚えてなかったんだから!

「大丈夫ですよ。私とナズナの二人の時間の邪魔さえしなければ言ったりしませんから」

 「ね?」と念を押す姫様の笑顔が怖い。
 ガノンとの戦いを経て精神的に逞しくなった姫様に敵う者はいないのではないかと思い知らされたある日の出来事だった。

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