今日は折角の非番だったが、ナズナが姫様とお茶をするということなので暇になってしまった。二人だけで話がしたいらしいから、先輩もオレと一緒に留守番だ。
特にやることも無いのでマスターソードの手入れをしていたら、同じく手持ち無沙汰だった様子の先輩が口を開いた。
「なあ息吹、時の神殿ってここから遠いのか?」
ナズナのデスクの上に飾ってあるスナザラシのぬいぐるみを弄りながらオレに問う先輩。
時の神殿か……何となくこの後に続く言葉を察する。
「馬に乗っていけば数時間で着く距離だけど……」
「じゃあ案内してくれよ。 どうせ暇なんだろ」
やっぱり。前に時の勇者に会ったときのことを話したら神殿に行きたそうにしていたから、そんな予感はしていた。
暇なことに違いはないし、日頃お世話になっている礼ということでその提案を承諾した。
***
「へえー、俺が知ってる時の神殿とは随分違うんだな」
女神像の前できょろきょろと辺りを見回す先輩を神殿の入口付近から眺める。もし時の勇者が急に出てきたりでもしたら嫌だから一応距離を取ることにした。あの人の威圧感は正直怖い。
「先代ー、いませんかー?」
「おい、神聖な場所なんだからそんな大きな声出すなって」
「だって呼ばないと気付いてくれないかもしれないだろ……あ、そうか」
何を思ったのか先輩は狼の姿になり遠吠えを始めた。え、マジで何やってるのこの人。
「はあ!? ちょっ、先輩うるさいから外でやってよ!」
ひたすらマイペースな先輩をどついて外に引っ張り出す。周りに人が居なくて良かった。オレは顔が知られてるんだから変なことはしないでほしい。オレはともかく姫様の評判まで落ちたらどうする。
暫く先輩は遠吠えを繰り返してたけど、何も反応が無かったので諦めたみたいだ。がっかりする先輩に近くに実っていたリンゴを渡し、回生の祠近くの崖に腰掛け二人揃ってリンゴを齧る。
思ってみると、先輩と二人でいるのって初めてかもしれない。先輩はいつもナズナの側にいるから……ってまたモヤモヤしてきた。
先輩のお陰であれ以来アイツもナズナに近寄ってきてないみたいだし感謝してるのに。でも、どうしても嫉妬心が顔を覗かせてしまう。心の中で小さく溜息をついた。
「なあ息吹、お前って嫉妬深い割にナズナと付き合ってるって公言してないんだな。何で?」
そんなモヤモヤを打ち消そうとしていたら先輩から質問が飛んできた。
「何だよ急に……」
「いや、話に聞いてた奴以外にもナズナを狙ってるっぽい男が結構居るんだよ。城内はともかく城下町だとナズナに寄ってくる奴多いから」
「はあ!?」
なんだそれ、初耳だ。城下町にはオレが非番の時くらいしかナズナと一緒に行けないから気付かなかったのか。それが本当なら、ナズナが一人だったときそいつ等と話す機会があったかもしれないってことになる。
オレの知らない男と楽しそうに話をするナズナを想像したら、先程の比じゃない黒い感情が湧いてきた。
「多分ナズナはフリーだと思われてるしナズナ自身も鈍感だから、俺が帰った後のことも考えておいたほうがいい……って息吹?」
「……そう、そうなんだよ! ナズナは鈍感なんだ! あんなに可愛いのにオレがいっくら言っても自覚しない! 男どもがナズナをどんな目で見てるか全ッ然分かってない! 告白されなきゃ好意を持たれてないとでも思ってるのかなあナズナは!? 子供の頃からそうだったよ、悪ガキどもがちょっかいかけてくるからオレがずうっと守ってたのにナズナはなーんにも気付かないの! ほんっと無自覚にも程が……ッ」
そこまで言って我に返る。ばっと先輩を見れば、ぽかんとした顔でオレを見ていた。
やってしまった。ナズナにも言ったことないオレの本音が……
「なんかごめん……忘れて……」
頭を抱えて項垂れる。最近どうにも感情が不安定だ。こんなザマじゃとてもじゃないが昔みたいに模範として振る舞えない。
この時代に戻ってきてから、模範に徹しようにも素を出そうにも中途半端のどっちつかずで自分がよく分からなくなってしまっている。多分、記憶をなくしたり思い出したりした影響だと思うけど。
「息吹」
「……なに」
先輩に顔を向けず項垂れたまま答える。先程の失態が恥ずかしくて目を合わせられない。
「まあ……なんだ、俺のナズナも鈍感だから気持ちはよーく分かる。他にも何かあるなら言っちまえよ、話ぐらい聞いてやるから」
そういえば、先輩の世界にもナズナがいるんだっけ。そっちのナズナも鈍感なのか……少し先輩に親近感が湧いた。
相談なんてし慣れてないけど、今はとにかくこのモヤモヤの捌け口が欲しい。先輩ならオレと似たような立場だし話しやすそうだな……よし、この際言ってしまおう。
「……じゃあ、ちょっと愚痴るから」
「おう」
顔を上げハイラル城のほうをぼんやり見ながらぽつりと話し始める。
「昔は嫉妬しても抑えられてたのに……最近全然抑えられない」
二度とナズナに会えないかもしれない恐怖を知ってしまったから今のオレは昔以上にナズナに執着してる。その影響は大いにある。そこまでは理解できているのに、この気持ちをどう昇華させればいいのか分からない。
「ナズナが大切すぎてナズナを狙う野郎は皆ぶっ飛ばしたいし、できるなら他の男の目に触れさせたくない。正直、先輩にも嫉妬してる」
「あー……まあ、それは俺も分かってた」
「立派な騎士になってナズナを護るって約束したのに……騎士になってからのほうがナズナを護れてない。子供の頃は何も気にすることはなかったのにな……はぁ」
大人になれば何でもできると思っていたのに、寧ろ今のほうが自由は少なく感じる。不思議なものだ。
「大人と子供とじゃ状況が全然違うだろ。お前のせいじゃない」
……やっぱり先輩は優しい。オレが嫉妬を向けていても普通に接してくれるし、約束通りナズナを護ってくれている。オレなんかよりずっと大人だ。
「……先輩は向こうのナズナに男が寄ってきたら嫉妬とかしない?」
「するに決まってるだろ。俺の場合それが嫌だからそういう要素をひたすら排除してるし」
「排除? 男どもを再起不能にでもするの?」
「何でそうなるんだよ……まあ一番手軽なのはナズナは俺のだってアピールしまくることだな。周囲の目を味方に付けるだけでもだいぶ違う」
そう言われ、ナズナがアイツに襲われた時のオレの行動を思い出してどきっとした。
あの時はナズナが嫌がってたのにオレが暴走したから怒られたけど……ナズナはオレのだって見せつけてやりたい気持ちは本心だった。確かに牽制にもなるし、オレ自身もそうしたほうが気分は幾らか楽だ。
ただ、"模範"という考えがオレの中に染み付いているからたちが悪い。色恋のアピールなんて模範と相反する行為だ。
でも先輩にずっとこっちの世界にいてもらう訳にはいかないし、最終的にはオレが一人でなんとかしないといけなくなる。どうすれば……
「言っとくけど一人で全部なんとかしようと思うんじゃねえぞ。どうせ溜め込んでさっきみたいに爆発するだろうから」
ぎくり。
先輩はオレをジト目で見ている。図星を突かれて思わず目を泳がせると大きな溜息が聞こえた。
「お前はまず人に頼ることを覚えろ。ナズナを本気で護りたいならまずは自分が変われ。いいな?」
「……はい」
自分が変われ、か……確かにそうだよな。
そもそも、オレはこれからも今まで通りの模範であるべきなのかどうか悩んでいた。模範であることはオレの大切な価値観だけど、ナズナを護る為にはきっと今まで通りじゃ駄目なんだ。
ハイラルが平和になってから色んなことが変わった。それならオレだって昔の自分に固執する必要はないのかもしれない。ナズナはこんな中途半端なオレでも好きだと言ってくれた。それならば、あるがままのオレでいても良いじゃないか。
「ありがと先輩……なんかスッキリした。なんとかなりそうな気がする」
「良かったな。話してみるもんだろ?」
流石先輩勇者とでも言うべきか、器の大きさが違う。頼れる存在が居るってありがたいな。
***
話し込んでいたらだいぶ時間が経ってしまった。日が沈む前には城に戻りたいから、そろそろ帰らなくては。二人して立ち上がり参道の方へ足を向けた、その時だった。
「――!」
ばっと後ろを振り返る。ふっと感じた気配――先輩も気付いたようだった。姿こそ見えないが、間違えるはずがない。あの勇者の気配を。
……聞かれていた。しかもあまり聞かれたくない相手に。苦虫を噛み潰したような顔になる。
『ナズナを幸せにしなかったら許さないから』なんて、あの時言われた言葉を思い出した。
言われなくても分かっているつもりだった。でも、先輩に言われてやっと気が付いた。
本当の意味でナズナを幸せにするには――まず自分が変わらなくては。
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