「うぅ……痛い……」

 半泣きになりながら、ベッドの上でうつ伏せになったまま動かないナズナ。オレがベッドに腰かけナズナの腕を軽くマッサージしてやると、ぎゃっと小さな悲鳴が上がった。
 ナズナには申し訳ないけどそれが面白いやら可愛いやらで、笑いそうになるのを堪えながら優しくマッサージを続ける。

「普段使わない筋肉使ったからな。何日かすれば治るから、それまで頑張れ」
「あーあ、シカ狩りの予定だったのに……」

 ナズナはしょんぼりしながら枕に顔を埋め、本日何度目になるか分からない溜め息は枕の中に消えていった。

 今日はナズナにとって初めてのシカ狩りの予定だったけど、この調子じゃあしばらくお預けになりそうだ。仕方ないとはいえ、楽しみにしていたから残念な気持ちも大きいだろう。
 残念を全身で表現するナズナは、さっきと同じ体勢で顔を突っ伏したままもごもごと話を続ける。

「リンクは凄いね。全然なんともないんだもん」
「そりゃまあ、鍛えてるから」
「そっか……そうだよね」

 ナズナの筋力や体力は、一般的な子供のそれとさして変わりない。たまに見せる飛び抜けた能力を除いては。だからこそこんなに身体に負担がかかってしまったのかもしれないと、昨日の弓の練習を思い出す。
 いくら上手くても初心者であることに変わりないのだから経験者のオレが途中で止めさせておくべきだったな──と、少し反省しながら腕から背中へとマッサージする手を移動させると、ナズナがまた小さな悲鳴を上げた。
 呑気に可愛いなんて思ってたけど、ナズナがこのまま動けないのは流石に可哀想だ。どうしたものかと考えを巡らせていたら、ある薬のことを思い出した。

「そういえば……ナズナの家に塗り薬あったよな。あれ塗れば少しはマシになりそう」
「薬?」
「うん、オレがよく使ってたやつ。取ってくるよ」

 訓練やら鍛錬やらで全身アザが耐えなかったオレがよくお世話になっていた薬。オレはアザなんて気にしないけど、痛そうだからってナズナが塗ってくれるのがいつもの流れだった。最近は昔ほど大きいアザも作らなくなったから、使う頻度もめっきり減ったけど。

 オレが手を止め立ち上がると、ナズナは枕から顔を上げ申し訳なさそうな声で話し始めた。

「ありがと……でも、迷惑かけてごめんね。そもそも私が調子に乗ったからなのに」
「それを言うならオレが止めなかったから……ごめん」
「リンクは悪くないよ! 私が……」
「いやオレが……」

 そんな押し問答をしているうちになんだか可笑しくなってきて、どちらからともなく笑い声が漏れる。
 でも笑うと身体に響くのか、途中「いてて……」とナズナが言ったからそれにつられてまた笑った。

「リンクが褒めてくれたのが嬉しくて張り切っちゃったの。でも……やっぱりまだ追いつけないや」

 はにかみながらそう言うナズナは困ったように少し眉を下げる。どことなく寂しそうだったから、どうしたのかと顔を覗き込もうとしたらナズナはゆっくりと身体を起こし、オレの手をそっと握った。

「ナズナ? ……な、何?」

 そのまま手のひらをなぞられる。柔らかいナズナの手の感覚がいつもより感じ取れて、くすぐったいような、むず痒いような変な感じがした。でもオレが動揺してるなんてことはナズナに知られたくなくて、必死に何でもないふりをする。

「リンクの手、いっぱいマメできてる」
「……? うん」
「ずっと頑張ってきたもんね。私だって……頑張らないと」
 
 ナズナはオレの手から目を離さずにそう言った。何かを決意したように語気を強め、手の力を少し強める。

「いっぱい勉強して、調査にも一人で行けるようになって。そうしたら──」

 そこで言葉を止め、ちらっとオレのほうを見た。オレが首を傾げると恥ずかしそうに目線を下にやり、もう一度オレの手を見つめる。
 そのナズナの仕草に胸の奥から期待が湧き上がり、無性に言葉の続きを知りたくなった。

「そうしたら……なに?」

 急かすのは格好悪い気がするけれど、聞かずにはいられなかった。続きを促すオレの言葉にナズナは少し迷った様子を見せたものの、それを打ち消すように軽く首を振ってオレを見据える。

「今はまだ内緒。私もお城で働けるようになったら……そのとき教えるね」

 そう言って微かに頬を染めて笑うナズナの顔はどこか大人びていて、いつもと違うナズナの表情にオレは動揺が隠しきれなくなって思わず目を逸らしてしまった。

 胸がドキドキする。手に、顔に熱が集まるのが分かる。ナズナのことをずっと見てきたオレなんだ。その言葉に隠された思いに気付かない訳がない。
 自惚れても……いいのかな。

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