02


 私は代々勇者にまつわる神話や伝説、歴史等を研究している家系に生まれ、両親の研究を補佐するという形で王国に仕える学者になった。

 そのためハイラル城には許可証さえあれば比較的自由に出入りできるけど、城に居ること自体は少なくフィールドワークで各地を転々とする事が多い。だから居住地はハテノ村のままだし、長期間滞在する場合は今回みたいに宿を取って活動している。

 元々は王国との関係は無かったけれど、ガノン復活の予言を受けたことで私の両親に声が掛かり正式に王国に仕える事になった、と聞いたことがある。来たるべき日に備えて、少しでも情報が欲しいのだろう。
 特に姫の聖なる力を覚醒させる方法に関しては何度も研究を命じられた。でも、姫の力は代々口伝で限られた者だけにしか継承されていない。王妃亡き今はその口伝も途絶え、他の王族にもその内容を知るものは誰一人としていなかった。
 歴代の姫の功績を称えたり崇めたり……そんな内容の書物は山ほどあるけれど、肝心の力の覚醒方法が書かれたものは一つも見つからず研究は行き詰まっていた。
 だから文献調査だけではなく、遺跡に赴き現地調査する事もそれなりにある。ハイラル各地にはるか昔から存在する年代不明の遺跡。その代表が各地に点在する聖なる泉だ。
 文献には無くとも、姫の力についてその地に何かしらのヒントがあると思っているけれど、こちらもなかなか調査が進んでいない。



「今日は……気分転換でもしようかな。調査書はまとめ終わったし」

 独り言を呟きながら、いつものように図書室へと向かう。一応仕事用の道具も持ってきたけど、こう手応えのない調査ばかり続くんじゃあたまには頭を休ませてリラックスしたいものだと軽く息を吐いた。
 私は図書室で過ごす時間が好きだ。研究に役立つ歴史書は勿論、創作なのか実話なのか不思議な物語が記された小説や絵本も自由に読むことができるから。気付けば朝から晩まで時間を忘れて読書に没頭することも少なくない。

 顔馴染の司書さんに挨拶をし、向かうのは児童書の区画。どれがいいかなとずらりと並ぶカラフルな背表紙を眺めていたら、綺麗な空色の本が目に留まった。あの本は、はるか昔ハイリア人は空の上に住んでいたという内容の絵本。いつ読んでも心があったかくなる、私のお気に入りの本のひとつだ。
 それを手に取り空いている席へと向かう。ぺらぺらとページをめくると、色鮮やかな大きな鳥が大空を飛び交う綺麗な絵と夢のあるお話に思わず頬が緩んだ。
 実話が脚色され創作物として残る例も多いから、小説や童話も割と研究の助けになったりすることがある。そんな理由もあって、研究に行き詰まったときはこういった本を読んでよく気分転換をしていた。


「──ナズナ。やっぱり此処にいましたね」

 夢中になって本を読んでいたら後ろから声を掛けられた。この声は──

「ゼルダ! っ、様……」
「ふふっ、今は私一人なので呼び捨てで大丈夫ですよ」

 くすくすと楽しそうに笑うのは、この国の姫であるゼルダ。突然のことだったから、私はきょろきょろと周囲を見回して近くに誰もいないことを確認してほっと胸を撫で下ろした。この国の姫の名を呼び捨てで呼んだのを聞かれでもしたら大変だから。
 ゼルダとこうやって話せるのは久しぶりだ。良かった、元気そう。


 ゼルダとは、幼い頃に両親に連れられハイラル城に来たときに初めて出会った。
 親の用事が終わるまでこの図書室で待っていたら、お人形のように可愛い女の子が本を読んでいるのを見つけたのが最初の出会いだった。その光景は今でもはっきりと覚えている。
 彼女がお姫様だなんて知らなかった当時の私は普通に友達に接するように話しかけ、根っからの研究者気質であるゼルダと私は意気投合しすぐに仲良くなった。でもその後、ゼルダを探しに来た侍女さんにこっぴどく叱られたという苦い思い出がある。
 それからは敬語で話そうとしたけれど、普通の友達みたいに接してほしいというゼルダの願いもあって二人だけのときは敬語も敬称も無しで話している。


「わざわざ来てくれてありがとう。大丈夫? 忙しいのに」
「いえ、ナズナと会う為ですから。それに……話したいこともありますので」

 ゼルダの顔が少し曇る。リンクの事……かな。
 私じゃ根本的な解決にはならないかもしれないけど、話を聞くことはできる。ゼルダは何でも一人で抱え込んじゃうから、押しつぶされてしまう前に話してほしい。

「図書室で話すのは何ですから、客間に行きましょうか。ナズナが来ると聞いたので、美味しいケーキも用意したんですよ」
「! ケ、ケーキ……」
「ええ。楽しみにしていて下さいね」

 ケーキに釣られて一瞬本来の目的を見失いそうになったけど、ぐっと堪えて私を客間に案内するゼルダの背を見つめた。
 この背中にどれだけの責任が乗っているのだろう。きっと私には耐えられない程の重圧。私と年齢もそう変わらないのに。

 ゼルダのことを思うと、どうしようもなく心が締め付けられた。



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