二人きりでお茶をしませんか、とゼルダに誘われ通されたのはゼルダの部屋。
 いつもは適当な客間や、天気の良い日は庭園でお茶をすることもあったから今日もそのつもりで来たのに……まさかの場所で緊張を隠せない。
 だって普通なら王族とその直属の従者くらいしか入れないような場所だし。私みたいな一般人がこの空間にいること自体非常に浮いているのが自分でも良く分かる。

「ナズナ、そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。私しか居ませんから」
「そ……そうだよね」

 私の緊張はゼルダにも伝わっていたようで、くすりと笑われてしまった。とりあえず乾いた口を潤そうと侍女さんが用意してくれた紅茶をひと口飲む。


 少し落ち着いたところで部屋を見回してみると、豪華絢爛な家具や調度品が揃うこの部屋には場違いな大量の冊子やメモ書きが目に入った。まるであの一角だけ研究所みたい。きっとゼルダの研究資料なんだろうな。
 資料にまみれてはいるけれど、きちんと整頓されている様がゼルダの性格を表しているようで微笑ましい。私の視線に気付いたのか、ゼルダは照れたように笑った。

「すみません、もう少し片付けられれば良かったのですが」
「充分片付いてるよ。プルアさんの研究室見た後だと尚更」

 最早片付けする気もないプルアさんと比較するのも何だけど。ゼルダは苦笑いした後、「そういえば」と何かを思い出したように話を切り出した。

「最近、城内で妙なガーディアン反応が出るようになったのです。プルア達と調査しているのですがなかなか手掛かりが掴めなくて……」

 ゼルダは眉を下げ軽い溜め息をつくと、フルーツケーキを口に運んだ。その流れで私もケーキを頂くことにする。うん、相変わらず美味しい。
 ゼルダは研究に行き詰まるとこうやってフルーツケーキを食べることが多い。確かにストレスなんて飛んでいっちゃうくらい美味しいし、頭に糖分も回って研究が捗りそうだから食べたくもなるよね。

「もしかしてプルアさんがずっとシーカーストーンを預かってるのってその調査のため?」
「ええ。あの狼さんにも悪いので早くナズナに渡してあげたいのですが……」

 ゼルダは再び溜め息をつき、これまでの調査で判明したことを話してくれた。
 一般的なガーディアンとは異なる反応を示すこと。その反応が出たり消えたりするせいで補足が難しいこと。城内を動き回っている割に全くそれらしい目撃情報がないこと。
 行動範囲からしてかなり小型のガーディアンではないかという仮説が立ったらしいけど、それ以上の手掛かりが無いみたい。

 確かに目撃情報が無いのは不思議に思う。城内の警備を掻い潜って動き回るなんて、姿を消す機能でも備わってるのかな。そんなことシーカー族の技術でもできるのか分からないけれど。

「ビタロックでもできればいいのにね。そうすれば捕まえられるのに」

 百年後の世界でリンクがよく使っていた機能。でも今は使えないからただの冗談のつもりで言ったのに、思いの外ゼルダが食いついてきた。

「確かに……そうですね! 明日試してみましょう! 見えない相手にも効果があるかもしれません」
「え? で、でも今は使えないんじゃないの?」

 今使えるのはウツシエに関する機能と、リンクさんを召喚する機能くらいだった気がするけれど。困惑する私に、先程とは打って変わって元気を取り戻したゼルダが説明してくれた。

「何故か再びシーカーストーンの機能が修復されまして。あの時使っていた機能は全て使えるようになったのですよ」
「そうだったの? 何で今になって……」
「それが分からなくて。例のガーディアンと何かしら関係がありそうなのですが、現段階では考察の域を出ないのでまずは捕獲を、ということになっています」

 ビタロックの詳しい操作はリンクに教わりましょう、と呟きながら何やらメモ書きをするゼルダを眺めつつ、再び紅茶を口に運ぶ。

 ビタロックでも出来るかもしれないけど、見えないものを見えるようにする……そんなアイテムを文献で読んだ気がする。それがあればゼルダの役に立てそうなのになあ。まことのメガネ、だったっけ。確か時の勇者様が使ってて――

「ってそうだ、時の勇者様!」

 ガーディアンの話題で頭から抜けていたけど、今日は勇者様が来ていることを伝える予定だったんだ。勇者様からよろしく言っておいてと頼まれていたのに……忘れてたら顔向けできないところだった。
 というか勇者様なら何でも知ってそうだから、もしかするとこの件について何か知っているかも。

「ナズナ、時の勇者様って……?」

 ゼルダの声にはっと我に返った。私の声に驚いたのかゼルダが目を丸くしている。
 ああ、やってしまった。こんな場所で大声を出すなんてお行儀が悪い――なんて思う間もなく部屋の扉が勢い良く開いた。

「どうされました姫様! ナズナの声が――」
「何もありません。リンク、約束を忘れたのですか?」

 目に飛び込んできたのは血相を変えたリンクの姿。間髪入れずゼルダがぴしゃりと言い放つと、リンクは小さくなって青ざめながら「申し訳ありません……」と扉を閉めた。その間僅か数秒。余りにも一瞬の出来事だったので呆気にとられてしまった。ゼルダは呆れたように軽い溜め息をつく。

「全く……ナズナのことになるといつもこうです」
「いつも?」
「ええ。ナズナが後をつけられていた時はこの比ではありませんでしたが……あ、リンクの名誉の為に言っておきますが、普段は非の打ち所が無いくらい立派に仕事をこなしていますよ」
「そ、そうなんだ」

 怒られたリンクには申し訳ないけど、なんだか嬉しくてむず痒い。仕事モードのリンクはずっと冷静で真面目で、この前みたいな余程の事でもない限り私情を挟んだりしないと思っていたから。主君であるゼルダの前では特に。前に比べて二人が打ち解けたのもあるとは思うけれど。

 ……それにしてもリンクのあの様子、一体何の約束をしたんだろう。

「ねえ、さっきリンクに言った約束って何?」
「……」
「ゼルダ?」
「……先程時の勇者様と言っていましたよね。彼がどうかしたのですか?」
 
 見事なまでにスルーされてしまった。ゼルダの笑顔の奥からその話はするなという圧を感じる。触れないほうがいいのかな……? 気になるけど、とりあえず話も続きだったから元の話題に戻そう。

「えっと……時の勇者様がこっちに来てるんだ。ゼルダによろしくって言ってたよ」
「本当ですか!? あのときの御礼をしたいとずっと思っていて……是非会いに行きます!」

 ゼルダの表情がぱあっと明るくなったのを見てほっとする。さっきのことは後でリンクに聞いてみようかな。



***

 

「そのガーディアン反応、多分僕が探してるものだと思う」


 部屋に戻ってきた私はゼルダとの会話の内容を勇者様とリンクさんに伝えた。やはり勇者様はガーディアンのことを知っていたようで、しかもそのガーディアンを探しているという話だから更に驚きだ。
 そういう事ならお互い協力できるかも、と勇者様にゼルダ達との協力を打診したらすんなりと了承してくれたのは流石勇者様だと思う。

「先代にも目的があったんですね。遊びに来ただけかと思ってました」
「本当はそうしたかったけどカミサマの許可が下りなくて。自由に行動させてもらう代わりに仕事頼まれちゃった」

 スケールが大きい話をなんの気なしにする二人。勇者だから普通のことなのかもしれないけど、そんな気軽な感じでいいんだ……というか、神様(?)と勇者様の関係ってどうなっているんだろう。許可とか仕事とか話しているけど、上司と部下みたいな感じなのかな……?

「勇者様はどうしてそのガーディアンを探しているのですか?」

 気になることは沢山あるけれど、まずは本題から聞くことにする。勇者様がわざわざ探しに来るなんてそれなりに重要なことのような気がしてならない。でも、表情が強張る私とは対象的に勇者様はあっけらかんとした顔で話し始める。

「時を操作する機能があるらしくて。誰かに危害を加える可能性は低いけど、万が一誤作動でもしたら面倒だから監視だけしておくみたい」
「なるほど。だから先代が来たんですか」
「何かあったら時のオカリナでなんとかしろってことなんだろうね」

 "誤作動"という言葉に少し引っかかったものの、勇者様の様子からするとそれ程気にすることでもなさそう。安心して胸を撫で下ろしたこの時点では、明日あんなことが起きるなんて想像にもしなかった。

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