小花柄の可愛らしい封筒を手に持って、両面隅々まで眺めた後にペーパーナイフで丁寧に開封する。
 ナズナからの大切な手紙は綺麗なまま保存したい。それだけのために買ったこのナイフもだいぶ手に馴染んできたな、と今まで重ねたナズナとのやり取りを思い返し頬が緩んだ。
 訓練兵としての生活には慣れたけど、ナズナがいない生活にはいつまで経っても慣れやしない。だからオレにとって、ナズナからの手紙を読む時間は何よりも楽しみで大切な時間だった。


 この文通はナズナがオレに手紙を送ってくれたことから始まった。
 本当はナズナの住所を知っているオレが先に手紙を出すべきだったんだろうけど、慣れない生活で時間に追われていたうえ、いざ書こうとしても手紙なんて書いたことなくて何を書けばいいか分からない。というよりも伝えたいことが多すぎて、とてもじゃないけどこんな紙数枚にまとめられる気がしなかった。だから書きかけの手紙はいつも机の上に置いたままになっていたんだ。
 でもあのとき──ナズナが城下町で迷子になっていた日。オレはやっと一歩を踏み出すことになる。

 あの日、何故か無性に懐かしい気配を感じた。
 "気配"なんて抽象的なものをどう説明すればいいか分からないけど、でもあれは確かにナズナの気配だった。
 春の木漏れ日のような暖かさ。まるでナズナの隣にいるときのように心が満たされる、そんな感覚。理屈じゃなく直感で、その感覚の赴くままに足を進めると──そこにナズナがいた。
 久しぶりに会うナズナはオレの記憶の中のナズナより少し大人びていて、でも昔と変わらず可愛くて。その相乗効果で全然上手く話せなかったオレは、住所を書いた紙の切れ端をナズナに手渡すことしかできなかった。

 恥ずかしがらず手紙を送っておけば会えなかった期間も寂しくなかったのに、とか、なんであのときせっかく久しぶりに会えたのに昔みたいに話せなかったんだ、とか今になれば色々と思うことはある。それができなかった理由は……多分、オレがここで過ごすうちに男女間のそういう知識を得たからで、昔みたいなただ純粋な「好き」より先のことも考えてしまうようになったからだ。
 訓練兵は九割九分が男だからそういった話も自然と耳に入ってしまう。そしてそんな知識を得た思春期真っ盛りのオレがやましい目でナズナを見ないわけがなく。そんな背徳感と罪悪感を抱えながらナズナに接したら、いくら模範に努めているオレでも冷静ではいられなくなる──ということをあのとき初めて学んだものだった。



「あ、栞入ってる……」

 封を開けると便箋と共に押し花の栞が顔を覗かせ思わずどきりと胸が高鳴る。
 時々手紙に入っているこの栞。戦闘術だけでなく騎士としての教養を学び始めたオレのためにナズナがわざわざ作ってくれたものだ。
 オレだけのために、と思うと嬉しさが体の中心から湧き上がってきて自然と口角が上がる。感情の抑え方はとっくにマスターしたと思っていたのに、ナズナのことになるとどうも話は別らしい。
 それにこんなむず痒い気持ちになるのは、この花には単なる栞以上の意味があることを知っているからでもある。

 花言葉で自分の思いを伝える──なんて風習、オレは一体どこで知ったんだろう。
 覚えた記憶もないのにいつの間にか知っていたこの知識。オレが知っているくらいだから本を沢山読んでいるナズナが知らないはずがなくて、きっとナズナはそれを意図してオレに贈る花を選んでいるのだと思う。だからこの栞はナズナの素直な気持ちを知ることができる大切な栞なんだ。
 そんなことを思いながら、机の上に置かれた植物図鑑を手に取りパラパラとページをめくった。

 ナズナはオレが図鑑を使ってまで花言葉を調べているなんて知りもしないだろう。そもそもオレが花言葉を気にするような人だとさえ思っていないはずだ。勘だけど。
 でも、花を探して綺麗な状態になるよう摘んで、何日もかけて押し花にして。そんな手間をかけてオレの元に送ってくれるナズナの思いを知りたいと思うのは当然だろ。

「……あった」

 そんなことを考えているうちに栞と同じ花が目に止まる。どうやらこれはリナリアという花らしい。挿絵から説明文へと目を移し、胸を躍らせながら文中から花言葉を探すと──

「っ!?」

 一瞬、息が止まった。何かの間違いかと思って図鑑の文字を指でなぞりながら読み返すけど、どうやら見間違いではないらしい。
 まさかナズナがそんな言葉を送ってくるなんて思ってもいなかったオレは、不意打ちでもされたかのように机の上に突っ伏した。耳の先まで真っ赤なんだろうと自分でも分かるくらい顔が熱くてたまらない。栞を握りしめながら机で悶える今のオレは、きっと模範とはかけ離れた姿をしているんだろう。
 だって、『この恋に気付いて』なんて──

「〜〜〜〜っ、あ゙ーもう……!」

 そんなのオレが気付いていないわけがない。ずっとナズナを見ていたんだから。本音を言うなら今すぐにでも兵舎を抜け出してハテノ村まで駆けて行ってナズナを抱きしめてやりたいのに。
 でもお互いまだそれを言うには早すぎると判断して今の状況にある。それはナズナも分かってる。分かってるからこうやってバレない方法でオレに言葉を送ってくれた。いやバレてるんだけどさ。

 というかオレだって本当は気付いてほしい。文字や文章を必死に練習しているのも、わざわざ女性向けの雑貨屋に行って流行りの便箋を買っているのも全部ナズナのための格好付けなんだから。でもナズナは鈍感だから気付いてないんだろうな。こんなの自分から言うのは格好悪いからナズナはずっと知ることはなさそうだけど。

──耐えろ、今はまだ耐えるんだ。

 そう必死に己を律し今度は折り畳まれた便箋を開くけど、ナズナの丸みを帯びた丁寧な文字が目に入っただけで愛おしさが爆発して止まらなくなる。
 結局ナズナからの手紙を読み込んでいる間もにやける口元は元に戻ってくれず、何十分もかけて読み終えた後はすっかり頬が筋肉痛になってしまった。

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