私たちが住んでいた時代から百年経ったにも関わらず、今のハテノ村は相も変わらずあの頃のままの空気を感じることができる。
 それは当時の友達や知り合いの面影が重なる人が多いからかもしれないし、お店や牧場、更にはリンクと私の家もほぼそのままの形で残されているからかもしれない。
 そんな変化の少ない田舎の村だからこそ、今になっても残っているものもある訳で。

「岩に閉ざされし試練が眠る……か」

 はるか遠くに聳えるマドロナ山の三本杉。それを見上げながら一人ぽつりと呟いた。

 これは私が小さい頃、村の子供たちの間で話題になった噂話。
『三本を一本にし それを背にして 海に進め』
 噂の情報源は忘れてしまったけれど、確かに一時そんな話で盛り上がっていた記憶がある。
 今となっては記憶の彼方に忘れ去られていたこの噂を思い出した切っ掛けは、なんと百年後のこの時代でも全く同じ話を耳にしたからだった。
 当時は何のことだかさっぱり分からなかったし、確かめに行こうにもあんな雪山に子供だけで行けるはずもなく真相は闇の中だったけれど……今改めてその言葉を耳にしたら、単なる噂としては捨ておけない情報が眠っていることに気が付いたのだ。

「あれ? どうしたのナズナ、こんなところで」
「あっ、リンクおかえり!」

 祠に寄りかかりながら噂についてメモを取っていたら丁度リンクがワープで帰ってきた。
 リンクはハイラル中飛び回っていつも忙しそうにしているから、少しでもその負担を減らすために情報収集は率先して私が行うことにしている。そして今回の情報は恐らく勇者の試練に繋がる情報。リンクの役に立つかもしれないと、少しでも早く伝えたくてやや前のめりになりながらリンクに顔を向けた。

「ねえ、リンクは三本杉の噂覚えてる?」
「三本杉……? ああ、そういえば昔少しだけ話題になったっけ。内容はあんまり覚えてないけど」
「村長さんの奥さんから聞いたんだけど、その噂が今も残ってるらしいの。それでその内容に『試練が眠る』って言葉が――」
「っ! ナズナ、それ詳しく聞かせて」

 ここまで話すとリンクも言わんとしていることが分かったのか、目の色を変えてこの話に食いついてきた。

「『三本を一本にし それを背にして 海に進め
岩に閉ざされし 試練が眠る』だって。多分アーモシア海岸のほうに何かあるんじゃないかって思うんだけど……」

 はい、と先程まで書いていたメモをリンクに渡すと、それを受け取ったリンクはシーカーストーンを取り出しその二つに交互に目をやった。何やら考え込みながらマップを限界まで拡大し、目印をつけている様子を横からちらりと覗き込む。

「あるとしたら……多分、この辺りだろうな」
「えっ、マップ見ただけで分かるの?」
「何となく。祠がある場所は少し不自然だったりするから」
「なるほど……?」

 とはいうものの、私にはよく分からない。こういうのはきっと経験がものを言うのだろうと、首を傾げつつマップの目印を見つめた。

 それにしてもあの噂が勇者の試練のヒントになっていたなんて。こんな状況になってしまった今だからこそ意味が理解できるだなんて皮肉にも思えるけれど、子供の頃この謎が解けずもやもやしていた気持ちに加え勇者の伝承を研究する学者としての好奇心まで顔を覗かせて、それをこの目で見たい気持ちが胸の奥から湧き上がってきてしまった。

「ねえリンク、私も行っていい?」

 思わず口をついて出た私の言葉にリンクは一瞬目を丸くさせ、その後すぐ嬉しそうな顔を見せ「いいよ」と言いかけた……けれど、突然はっと何かを思い出したように首を横に振り、今度は眉を下げ困った表情を浮かべる。

「ごめん。そうしたいのは山々だけど……今はどこに魔物がいるか分からないから」
「あ……そういえばそうだった」
「オレが祠を起動すれば後からワープできるから、そうしたら連れてってあげるよ」
「うん。残念だけどそうするね」

 まだこの時代に目覚めて間もないこともあって、村の外が魔物だらけだということがすっかり頭から抜けていた。更に雪で足場も悪い中ではちゃんとした装備を持っていないとリンクの邪魔になることも充分考えられる。
 流石に子供の頃の冒険ごっこのように何も考えずついて行く訳にはいかないか、と苦笑しつつ三本杉を見上げた。



***



 そして翌日。朝早くから出掛けたリンクは、昼過ぎにはもう村に戻ってくるほど素早く探索を終えていた。どうやら予想通りの場所に祠があったようで、傍から見ても分かるくらいご機嫌な様子のリンクにつられて私まで笑みがこぼれる。

「あの場所、ナズナの話聞いてなかったら気付かなかったかも。洞窟の入口が岩で塞がってたから」
「なるほど、それで『岩に閉ざされし』なのか……それにしても、やけに嬉しそうだけど何かあったの?」
「今回は謎解きが無かったんだ。おまけに良い装備も手に入ったし」

 だから帰りが早かったのかと納得しながら、私の情報がリンクの役に立った嬉しさで胸が弾む。無事に祠も見つけたし、とりあえずこれで一段落かな。

「でも、ずっと謎だった噂がこんなあっさり解明されちゃうなんて思わなかったなあ」
「今はマップも装備もあるからね。少し休んだらナズナも連れてってあげるよ」
「ほんと? ありがとう!」
「ナズナと二人で探検なんて懐かしいな」
「ふふっ。そうだね」

 そんな談笑に花を咲かせつつ、村の通りを二人で歩く。元気に走り回って遊ぶ子供たちと挨拶を交わしながら私たちの足は自然とリンクの家の方面へと向かい――橋を渡ろうとしたとき、突然リンクが足を止めた。

「リンク?」

 どうしたんだろうと私も足を止めリンクの顔を見上げると、とても穏やかな、過去を懐かしむような優しい視線を自分の家へと向けるリンクが目に映る。その青い瞳がきらきらと涙の薄い膜で輝いているように見えるのは――気のせいだろうか。

「たまにはこういうのも良いな。今まで……懐かしいなんて思う暇もなかったから」

 リンクははにかみながらそう呟き、再び歩き始めた。その言葉につられ、私も過去へ思いを馳せる。
 冒険ごっこをした後もお買い物をした後も、何度も何度も今来た道を通ってリンクの家へと帰っていた。こうやって二人でこの道を歩くのなんて、何年ぶり――いや、何百年ぶりになるだろう。

「ナズナ」

 ふいに名前を呼ばれた。リンクの手が私の指先に触れ、それに応えるように私はそっと指を絡める。相変わらずマメだらけの手のひら。胸の奥がきゅうっと締め付けられ、泣きたいような、嬉しいような不思議な気持ちになってくる。
 あのときと同じ、このハテノ村に流れる懐かしい空気を肌に感じながら、リンクの手を強く握りしめた。

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