※女装ネタです



「はい、できたよ! どうかな?」
「おぉ……」

 鏡に映るのはナズナによって化粧されたオレの姿。肌がワントーン明るくなり睫毛がぱっちり上を向き、唇はぷるぷるのつやつやだ。髪も綺麗に整えたお陰で、そこに居るのはまるで女の子……なんて自分で言うのもどうかと思うけど、普通に……うん、可愛いかも。

「リンクは目が大きいし睫毛も長いから、ちょっとのお化粧でも女の子らしくなるね。ほら、口元隠せばリンクだってバレないんじゃない?」
「……だからって人前ではやらないからね」
「ふふ、分かってるよ」

 そう言いながら淑女のマスクをオレに着けるナズナは嬉しくて仕方がないように見える。何でオレの女装でこんなに喜んでくれるんだろうと不思議に思いながらも、ナズナが楽しいならそれでいいかと再び鏡の中のオレに目を向けようとした、時だった。

「リンク」
「ん、何? ナズナ……」

 ちょんちょんと肩を叩かれ後ろを振り向いたら、布越しの唇に柔らかいものが当たった。ぽかんとするオレを見下ろすナズナの悪戯な顔を見て、キスされたんだと遅れて認識する。

「ッ!?」

 ナズナからのキスなんて珍しい。驚いて思わず手で唇に触れたら、確か前にもこんなことがあったと思い出した。その時は立場が逆だったけど。
 固まるオレから目を離さずに、ナズナは少し熱くなった手でオレの頬を撫で呟いた。

「……あの時リンクが怒った理由、分かる気がする。只でさえ色んな人から言い寄られてたのに、こんなに可愛くなったリンクを見られたらって思うと……誰にも見せたくないかも」

 今度は少し頬を膨らませたナズナにぎゅっと抱き締められる。オレは椅子に座っている状態だから、丁度ナズナの胸が顔に当たって……いや、わざと当ててる?
 ナズナの瞳はどこか熱を帯びているように見えたけど、オレは冷静なふりをして会話を続けた。

「どうしたの? 心配しなくてもこの姿はナズナ以外誰にも見せないよ」

 見せない、というよりも見せられない意味合いのほうが強いけど。
 珍しくナズナが嫉妬してくれていることに嬉しさを覚えながら、にやつきそうな顔を必死に抑える。するとナズナは軽く溜め息をついてしょんぼりしてしまった。

「だって、最初はリンクと一緒にゲルドの街でお買い物したいと思ってたのに……リンクが可愛すぎるから心配になっちゃった」
「はは……嬉しいような、そうでもないような」

 でも、ナズナの気持ちは良く分かる。オレだって嫉妬深いからなるべくナズナを男の目に触れさせたくないし。少し複雑ではあるけれど、ナズナもオレのことをそう思ってくれていたということ自体は悪くないかな。

 何となくやらしい手付きでオレの腰のあたりを撫でるナズナ。誘ってるのかと思ったけど、単に可愛いものを愛でているだけ……だよな?
 少しムラムラし始めたとき、はっと思い出したようにナズナが一段階明るい声を上げた。

「その代わり私の前だけだったらいつでも女装していいからね! リンクがやっと自分の身体に自信を持ってくれて、私嬉しいんだから」
「うん……って、え?」

 自信? 何の事だろうとナズナに尋ねたら、「覚えてない?」と首を傾げつつも教えてくれた。

「どんなに鍛えても目に見えて筋肉が増えないし、身長もなかなか伸びないって凄く気にしてたでしょ?」
「あー、そういえば……」

 記憶を辿ると、確かに小さい頃からそんな悩みをナズナに愚痴っていたことを思い出した。オレの父さんは体格が良いから余計にコンプレックスだったんだよな。毎日欠かさずフレッシュミルクを飲んでたけど、いつの間にか飲む頻度が減っていたことにも今気付いた。

「なのに最近は全然気にしなくなったから、どうしてかなって思ったの。そしたら楽しそうに女装してたこと思い出して」
「……はは、」
「きっと女装が切っ掛けで自分の身体を受け入れられるようになったんだなって思ったんだけど……違ったかな」

 ……言われてみたらそんな気がしてきた。
 そもそもナズナは昔からオレのことをオレ以上によく分かっていて、無口で無表情だったオレの考えを手に取るように理解していた。唯一恋愛感情には疎かったみたいだけど、それでも口数の少なかったオレと問題なく意思疎通できてたのはナズナくらいだ。
 そのナズナが言うんだからきっとそうなんだろう、なんて納得してしまうのは女装したときの高揚感の正体が自分でも分からなかったからかもしれないけれど……それよりも。

「多分……ナズナが女装したオレのことを受け入れてくれたのも大きい……と思う」

 ナズナを護るには立派な騎士にならないといけないって思ってたから。でも、ナズナはオレの思い描いていた理想の騎士じゃなくても、どんなオレでもありのままを受け入れてくれた。だからオレも無意識のうちにこの身体を受け入れられたんじゃないか、と今になって胸にストンと落ちた。

 辿々しいながらもやっと自分の気持ちを言葉にしたオレを、ナズナは何とも嬉しそうな顔で見つめる。

「良かった。リンクはリンクのままでいていいんだからね。少なくとも私の前では」
「ナズナ……ありがと」

 ナズナの優しさにじんわり心を打たれる。鏡に映るこのオレの姿も、今なら素直に受け入れられそうだ――なんて感慨に耽っていたら、腰を撫でていたナズナの手が何故か下のほうに降りてきた。

「ちょっ……ナズナ?」
「……リンク、」

 驚いてそれを阻止すると、ナズナは仄かに頬を染め眼を潤ませながらオレの名前を呼ぶ。さっきから思ってたけど、これは……

「もしかして……誘ってる?」

 オレが尋ねると、ナズナはもじもじしながら控えめに頷いた。ああ、あの違和感は間違いじゃなかったのか。

「だって……リンクすっごく可愛いんだもん。格好良いのに可愛いから、自分でもよく分からないけどムラムラして……あ、でもさっきの話は本心だよ。ふざけてた訳じゃないからね」
「大丈夫、分かってるよ」

 先程までの真面目な空気とは一転、いやらしい雰囲気になりつつあるのがなんともナズナらしくて面白い。オレもつられてムラムラしてたし、このままナズナを可愛がってあげてもいいかもしれない。

「あと、今日は私がリンクを攻めたいんだけど……いい?」
「え?」

 一体オレの女装が何のスイッチになったんだろうか。
 目を爛々と輝かせるナズナに押されながらも、いつもとは違うこの状況にどこか興奮を覚えている自分がいた。



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