リンクさんが「良いものを見つけた」と溢れんばかりの笑顔で城下町から帰ってきた。リンクさんについて行った勇者様もご機嫌な様子だったから、余程良いものなのだろうかと少し期待しながらリンクさんの元に近寄ってみる。

「釣り道具……ですか?」

 リンクさんによって次々と机の上に並べられる買い物袋の中身。私はあまり詳しくないけれど、さっきからずっと手に持っている釣り竿を見て釣りに使う道具一式なんだろうなという想像はついた。そういえば二人とも釣りが好きだって言ってたっけ。

「二人には色々世話になってるから釣った魚全部やるよ。山ほど釣っても息吹が食べるから余ることもないだろうし」
「本当ですか!? ありがとうございます!」

 リンクさんの提案に思わず目を輝かせて喜んだ。リンクは毎日沢山食べるから、食材を頂けるなんてありがたいことこの上ない。
 そんな私の感謝の言葉に得意気な顔になったリンクさんはビンをひとつ手に取りその蓋を開け始める。

「まあ俺にまかせとけって。この時代には良い餌があるからきっと大漁だろうな」
「だよね。ガンバリバチなんて、いかにも栄養ありそうな名前のハチがいるんだもん」

 そう賛同する勇者様の言葉にうんうんと頷きながら、今度はビンの中からひょいとあるものを取り出した。うねうねと動く白っぽい何かの幼虫。素手で触れるなんて流石だな、なんて頭の隅で思いながらソレを見る。図鑑か何かで見覚えのあるこの虫は。

「はちのこですか? 実物は初めて見ます」
「そうそう。コレを餌にすると良く釣れるんだ。安売りしてたしナズナにも一瓶やるよ」
「え、でも私は釣りしないので大丈夫ですよ」
「遠慮するなよ。このままでも美味かったから料理にも使えると思うぞ」
「……え?」

 リンクさんの思いがけない発言に言葉が止まった。「美味かった」って……食べたの? コレを? さっきこれ釣り餌って言ってたじゃない。しかもこのままって……うそ、本当に?
 思わず顔を引きつらせ一歩後ずさりする。そんな私のドン引きする様子に気付いたらしい勇者様が不思議そうに口を開いた。

「ナズナってはちのこ食べる習慣ないの?」
「ないですよそんな……! そもそもコレ食べていいんですか? お腹壊したりしません?」
「生で食べるのに抵抗あるなら甘露煮にしたり炒めたりすれば大丈夫。見た目より美味しいし栄養豊富なんだよ」
「……勇者様も食べたことあるんですか?」
「うん。僕も森育ちだから」

 ああそういえば勇者様はコキリの森ってところに住んでたんだっけ、と頭を抱えた。リンクさんも森の中の小さな村に住んでるらしいから、きっと私たちとは食文化が違うんだ。

「息吹に言えば調理してくれそうだよな……後で頼んでみるか」
「いいなー、僕も本物食べたくなってきた」

 ……そんなに美味しいの?
 少し気になってくるものの、うぞうぞ動くはちのこたちを見るとそれだけで鳥肌が立ってしまう。特に虫が嫌いという訳ではないけれど、アレを口に入れる想像をすると本能的に拒否反応が出るのは食虫文化が根付いていないこの時代に生まれた私には当然だと思う。
 二人は私一人だけおかしいみたいな反応してるけど、この時代では私の感覚が普通なの。だからそんな期待した目で見ないでくれませんか。


***


「――ってことがあったの」
「まあ……大変でしたね」

 長い溜め息をつきながらゼルダに愚痴をこぼす。リンクはきっとはちのこだろうが何だろうが躊躇なく食べちゃうだろうから、私の気持ちを分かってくれるのはきっとゼルダだけ。そう思ってこの話をしたけれど、何故かゼルダはずっとキラキラした目で私の話を聞いていた。

「その後はちのこはどうしたのですか?」
「捨てるのは勿体無いし、リンクがいつか食べると思ってフリーズロッドで冷凍保存してあるよ」
「そうですか……」

 ゼルダはうーんと何やら考え込んでいる。好奇心旺盛なゼルダのことだから、どうにか研究に使えないかと思っているのかもしれない。それならゼルダに譲って有効活用してもらったほうがはちのこも喜んでくれるかな。と、そんなことを思っていたら。

「ナズナ、それ一緒に食べてみませんか?」
「…………え?」

 突然降ってきた言葉。その意味を理解するまでに数秒かかった。いや、理解はできるけど頭がついていってない。一緒に……ってことはゼルダは食べたいって思った訳だよね。私の話にそう思える要素あった?
 固まる私の目の前で、好奇心が溢れ出して止まらない様子のゼルダが興奮しながら口早に言い寄る。

「昆虫食というのは今のハイラルでは衰退した文化ですが、かつてはその栄養価の高さから盛んに食されていたという記録が残っています。先代勇者が二人も揃ってそれを日常的に好んで口にしていたならば、体力の迅速な回復や身体能力の向上に関わる重要な食材である可能性が少なからずあるのではないでしょうか。その効能を身を持って確認することで――」
「わ、分かったから一旦ストップ!」

 ああ……元々興味を持っていて私の話で火がついたパターンだこれ。こうなったゼルダはなかなか止まらないということを私は身を持って知っている。一応止めてはみるけれど、無駄な足掻きになりそうだ。

「良かった。ナズナも分かってくれたのですね。ではサンプルは多いほうがいいので、リンクにも食べてもらいましょうか」
「へ? 違、分かったってそっちじゃなくて……」
「ゴーゴーガエルのときははぐらかされてしまいましたが今回は何とかなるでしょう。現に食べている人もいる訳ですし」

 流石のリンクもゴーゴーガエルは食べなかったんだ、と思う余裕もなく私は今この状況からなんとか逃げ出そうと頭を回転させる。でもこのゼルダのキラキラした期待の目、私はこれにめっぽう弱い。リンクさんと勇者様からは逃げられたけど、ゼルダからは逃げられないんじゃなかろうか……って、あれ?

「ちょっ……ちょっと待って! このやり取り前もしなかった!?」

 謎の既視感が頭を過った。こうやってゼルダに言い寄られ変なものを食べる羽目になる経験、昔もしたことがある。具体的なことは思い出せないけれど、確かにそんなことがあったような。

「そうでしょうか? 研究の一環でリンクには色々食べてもらっていますが、ナズナに協力してもらうのは初めてだと思いますよ」
「えぇ……そうなんだ……」

 リンクってばなんて律儀なの。ゼルダの実験台……もとい協力者としても立派に務めているなんて。確かにリンクは何でも食べる割にお腹を壊しているところなんて見たことないからそうなるのも頷けるけれど。でも、だからといってそれを私にまで適用しないでいただけますか。

「心配しないで下さい。ナズナが普段飲んでいる薬にも昆虫は入っているのですから、それと何も変わりませんよ」
「いやいや! そのままの姿ってだけで全然違うと思うけど!」

 満面の笑みで私に迫りくるゼルダを躱すのに精一杯でそれどころじゃなくなってしまったけれど、やっぱり絶対身に覚えがある。どうせ私が折れて結局食べる羽目になるんでしょ、分かってるんだから。

 でも……こんな変な状況、どこで見たんだっけ。

back

×
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -