「はあ……」
「ナズナどうしたの? 溜め息なんかついて」
「リンク……」

 オレのほうを振り向いたナズナは眉が下がり瞳はうるうると潤んで、何かを怖がっているように見えた。一瞬また意地悪されたのかと思ったけど、何となくいつもと様子が違う気がする。
 うんうん唸りながらしばらく言い淀んでいたものの、言う気になったのか控えめに手招きされたのでナズナの近くに寄ったら耳元で囁かれた。

「あのね、最近変な声が聞こえるの……」
「声?」

 うん、と頷くナズナは何かを確認するようにきょろきょろ周囲を見回す。耳に掛かったナズナの吐息がくすぐったくてオレの頬が染まったことは真剣に話すナズナに悪いから言わないでおこう。そんなオレの様子には気付かずにナズナは話を続けた。

「タルホ池の側に変な像があるでしょ? あの近くで声がするの。でもお父さんとお母さんは何も聞こえないんだって……気のせいじゃないのに」

 そういえば、とナズナの話を聞きながら思い出した。村のみんなが気にも止めない変な像のことを。
 村長さんの家にある女神像と違って妙に分かりづらい場所にあるし、何となく気味悪いこともあって好んでアレに近付く人はいないと思ってたけどナズナは違ったみたいだ。

「変な子だって思われちゃうから皆には内緒にしてね。リンクはどう? 聞いたことある?」
「そもそも存在さえ忘れてたからな……気にしなくていいんじゃない?」
「でもタルホ池で遊ぶときに嫌でも目に入っちゃうの。一人じゃ怖くて近寄れないし……ねえリンク、」

 おずおずとオレの服の裾を掴むナズナ。これはつまり一緒に来てほしいということだろう。
 不気味だし正直近寄りたくないけど、ナズナのお願いなら仕方ない。とりあえず様子だけでも見に行くか。


***


「どう? リンク……」
「ほんとだ……聞こえる」
「でしょ? よかった、私だけじゃなかったんだ」

 例の像の前。確かにぼんやりと頭の中に声が響いてくる……気がする。ぼんやりしすぎて何を言ってるのかまでは分からないけど、どうやらそれはナズナも同じらしい。

「おいお前、言いたいことあるならちゃんと言えよ」
「っ! だめだよリンク、呪われちゃう!」
「んな大袈裟な……」

 オレの背後に隠れているナズナが背中をぺしぺし叩く。ナズナは信心深くて呪いとか神様を信じてるから、こういういかにもなものは怖いんだろうな。振り向いてナズナを見ると、不安そうな顔でオレを見上げてきた。身長差で自然と上目遣いになって可愛い。
 ナズナに頼られているこの状況は満更でもないし、もっと言えばナズナがくっついてくれるからオレとしては別にこのままでも構わないけど。でもナズナがずっと怖がってるのは可哀想だしどうしようか、なんて考えていたらナズナが急に身を乗り出した。

「……この像、よく見るとすごく汚れてるね」
「え? まあ、確かにそうだな」

 誰も近付かないから当然掃除なんかする人は居ない訳で。ずっと野ざらしだったんだろうからオレからしたら汚れてて当然に思ったけど、ナズナは何か引っかかるようだ。

「もしかして、キレイにしてって言ってるのかも」
「キレイに?」
「うん。キレイにしておかないと神様の力が弱まっちゃうってお母さんが言ってたの。この像が神様なのかは分からないけど、そのせいで声がちゃんと聞こえないのかな?」

 ナズナにそう言われると、この像が膝を抱えていじけているように見えてきた。女神像とは扱いが雲泥の差だから拗ねてるのかな……ナズナの言ってることはあながち間違いじゃない気がする。
 像の上に乗った葉っぱを払うナズナはもう怖がっているようには見えず、それよりも像への興味のほうが増している様子だ。

「さっきまで怖がってたのに。ナズナやっぱり変なとこで度胸あるよな」
「だって可哀想だし。ネルドラ様じゃなくても神様のものは大切にしようねって教わったもん。私、掃除道具持ってくるね」
「うちのほうが近いし貸すよ。オレも手伝う」
「ほんと? ありがとう! リンクは優しいね」

 ナズナのほうが優しいと思うけど──なんて言葉を飲み込んで、ぱあっと笑顔になったナズナの手を引きオレの家に向かう。
 オレは信心深い訳じゃないけど、ナズナのこの考え方は好きだ。だからナズナは物を大切に扱うんだろうな。そしてオレはそんなナズナが好きだったりするし。


***


 それからオレたち二人で像を綺麗にしてお花を供え、仕上げにお布施として少しだけルピーを捧げておいた。これでいいだろう、とナズナを見ると手を合わせて何やら必死に祈っている。

「これからはびっくりさせないでくれると嬉しいです。よろしくお願いします」
「……」

 そういえば元々変な声が怖いって話だったっけ。果たしてこの対応で合ってたのかと疑問は残るけど、いつの間にか声は聞こえなくなったからやっぱり的外れって訳でもなかったのかな。

 それにしても結構大変だったんだから、ご褒美とまではいかなくてもお礼くらいしてほしいもんだ。像をじっと見てみるけどうんともすんとも言わない。そのまま帰るのも癪だからオレも要求を投げつけてみる。

「お前、もし用があったら今度はちゃんと喋れよ」
「リンク! せっかく聞こえなくなったんだからいいの。ほら行こっ!」

 慌てたナズナに腕を引かれ、逃げるようにそこから立ち去る。

──そもそも何でオレたちにだけ声が聞こえるんだ?

 そんな疑問が浮かんだけど、ナズナが安心したならまあいいか。

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