「かえしてー! 私のザラシちゃん!」
「やだねー! いつまでもこんなもの持ち歩いて恥ずかしいヤツ!」
「だってお父さんとお母さんがくれたお友だちなの……っ」
「あっ、また泣いた! ナズナの泣き虫ー!」

 祠の方面からナズナの泣く声が聞こえる。オレはその辺に落ちていた木の棒を握りしめ、声のする方へ走った。

「おい! お前らまたナズナにちょっかい出しやがって! 次やったら許さないって言っただろうが!」
「っ、リンクぅ……」

 目に飛び込んできたのは目にいっぱい涙を溜めてぐすぐすと泣くナズナと、村の悪ガキ共。ナズナのスナザラシのぬいぐるみを持ったリーダーがオレを見て青ざめた。

「やべっ、リンクだ! 逃げろ!」
「あっ! かえしてよー!」
「いらねーよこんなもん! ほら!」
 
 こちらに向かって投げられたぬいぐるみが弧を描きながら宙を舞う。ナズナの大事なぬいぐるみだ、落としてたまるかとそちらに意識が行っているうちにヤツらは蜘蛛の子を散らしたように逃げてしまった。
 普通に逃げたらオレに捕まるからって最近逃げ方を工夫してやがる。そこ工夫する暇があるならナズナに構うのやめろっての。

 ぬいぐるみがぽすりとオレの腕の中に落ちた。それを見ていたナズナが急いでこちらに駆け寄ってきたので、そのぬいぐるみを手渡す。

「はい。大丈夫? ナズナ」
「ザラシちゃん! よかった、リンクありがとう。また助けてもらっちゃった」
「いいよそんなの」

 ナズナはぱあっと笑顔になってお礼を言ってくれた。目の周りがまだ赤いけど、泣き止んでくれたようだ。ひとまずは安心する。

「今度あいつらに会ったらぶっ飛ばしてやるから。何回言っても聞きやしない」
「ケ、ケンカはだめだよ! リンクが来てくれたから何もなかったし」
「ってナズナが言うのも何回目だっけ?」
「うぅ……」

 ナズナはあのリーダーに好かれてるからよくちょっかいを出される。ナズナの気を引くために意地悪するとかガキにも程があるだろ。好きならオレみたいにナズナを護ってありがとうって言われるほうが絶対いいのに。まあ、あいつにはこの立場譲るつもりはないけど。

「とにかく! ケンカしたら怒るからね。リンクのお父さんにも言っちゃうんだから」
「むしろ父さんはもっとやれって言うと思うけど」
「え? そうかな……」
「そうだよ。それより早く帰ろう。もう夕飯作らないと」
「うん!」
 
 ナズナと手を繋いでオレの家へ向かう。今日からしばらくナズナの親が仕事で帰ってこないからオレの家でお泊まりだ。こういうとき家族ぐるみの付き合いって良いと思う。だってナズナと一日中一緒にいられるから。


***


「ごちそうさまでした! やっぱりリンクの作るご飯は美味しいなあ」

 手を合わせて満足そうに微笑むナズナの顔を見てオレまで頬が緩んだ。
 ナズナはオレの作った食事を凄く美味しそうに食べてくれる。その顔が見たくて毎回料理を頑張ってるんだけど、それはまだ恥ずかしくてナズナに言えない。

「クリームスープ、ポカポカダケ入ってた? 身体がすごくあったかい」
「当たり。シカ狩りの手伝いついでに取ってきたんだ」
「シカ狩りってエキスパの森の? リンクはもう弓も使えるんだ。すごいなあ」
「父さんが教えてくれた。後でナズナにも教えてあげるよ。役立つだろうし」
「ほんと!? ありがとう!」

 ナズナは大きくなったら両親の研究を継ぐと言っていた。一人でハイラル各地を旅して周ることもあるだろうから、今のうちからオレができる限りのことは教えている。ナズナにケガしてほしくないから。


 二人で後片付けをしていたら、ナズナがそわそわとしきりに外の様子を伺い始めた。既に陽は落ち、窓の外は暗闇に包まれている。もしかして、またあの場所に行きたいのかもしれない。
 その予感は的中したようで、ナズナは期待に満ちた目でオレを見つめて言った。

「リンク、今日お父さん遅いんだよね?
……またタルホ池行ってもいい?」


***


「うわあ、すごーい! なんだか前よりホタルが増えた気がする!」

 オレの家の直ぐ近くにあるタルホ池。ここは夜になると沢山のシズカホタルが幻想的な景色を見せてくれる、オレもナズナも大好きな場所だ。夜に出歩くと大人に怒られるから、この景色を見れる日は限られるけど。
 ナズナはきゃっきゃと楽しそうに池に向かい駆ける。するとその音に反応したホタルがふわっと逃げ、ナズナの周囲に暗闇を作った。

「あはは。ナズナ、ホタル逃げちゃうよ」
「でもキレイ……ここに妖精さん混ざってたりしないかなあ……」

 ナズナが教えてくれた勇者の伝説。そこに出てくる妖精は美しく光り輝き、勇者を導いたという。確かにホタルも光るし案外似てるのかも、なんてことを考えていたら、ナズナからどこか物憂げな空気が流れてくるのを感じた。ナズナは笑ってるのに。どうしたんだろうと顔を覗いたら、ふいっと顔をそらされる。

「……リンクはもうすぐお城に行っちゃうんだよね」

 ぽつり、と消え入りそうな声が耳に届く。それは確かにナズナから発された言葉。

 オレは今までも父さんに連れられてよく城に行っていたけど、今回正式に訓練兵として入隊することになった。そうなるともうハテノ村にはほとんど帰ってこれなくなる。それはつまりナズナとも今みたいに会えなくなるということだ。

「ナズナ、」

 もしかして泣いているのかも、とナズナの手を握ってこっちを向かせる。オレと目が合ったナズナは笑顔だった。でも、涙の膜でキラキラと瞳が輝いている。泣くのを我慢している、その時の顔。

「私、お別れする前にリンクといっぱい思い出作りたい。離れてても忘れないように」

 ナズナはオレの両手を握り、微笑みながら真っ直ぐ見つめる。鼻の奥がツンとして涙が出そうになったけどナズナの手前必死に堪え、少し強がって話す。

「っ、オレは絶対ナズナのこと忘れないけどな」
「ほんと? 嬉しいな。私だってリンクのこと絶対忘れないよ」

 生まれたときから一緒にいたから隣にいるのが当たり前だと思っていた。でも、これからは一旦別々の道を進むことになる。
 オレは大人になってもナズナの隣にいられるだろうか。いや、一緒にいるためにこの道を選んだ。今より強くなってずっとナズナを護っていくために。

「リンク、手……あつい」
「ポカポカダケ食べたからだよ。ナズナだって熱いだろ」
「そうかな……えへへ」

 好きなんだ。ナズナのことが。
 この言葉はまだ胸の奥にしまっておく。オレが立派な騎士になるまでは。

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