「やった! また当たった!」

 弓を持ち嬉しそうにぴょんぴょん飛び跳ねるナズナと、的の中心に刺さった矢を交互に見てオレは間抜けな顔でぽかんと口を開けた。


 約束した通り、オレはナズナに弓矢の使い方を教えることになった……けど。
 一通り基礎を覚えたナズナが放つ矢は、まるで吸い寄せられるかのように次から次へと的の中心に刺さっていく。今日覚えたての初心者の腕前にはとても思えない。

 どうなってんだ、とナズナを凝視していたら、オレの視線に気付いたらしいナズナがこっちに駆け寄って来た。

「リンクは教えるのが上手だね。お陰ですぐ出来るようになっちゃった! これなら私もシカ狩りできるかな?」
「う、うん。問題ないと思うけど……」

 オレの教え方以前の問題だろ、とにこにこ笑うナズナに心の中で突っ込みを入れた。


 ナズナは普通の女の子だけど、たまに普通じゃないことがある。変な声が聞こえるっていうのもそうだし、この弓の腕前だってそうだ。それに乗馬だってオレがちょっと教えただけで直ぐできるようになっていたっけ──と少し昔のことを思い出す。

 一緒に馬術訓練場から抜け出して、ハテノ砦に行く途中にある変な遺跡まで探検に行ったときの話。それは確かナズナに乗馬を教えた次の日のことで。馬ごといなくなったオレたち二人を慌てて探しに来た父さんにゲンコツをくらって、「初心者をいきなり訓練場の外に連れ出す奴がいるか」ってすごく怒られたことがあった。
 そのとき普通は乗馬に慣れるのには時間がかかるものなんだって知ったっけ。オレだって直ぐ乗れるようになったから、知らなかったんだ。

 でもオレはこうやってナズナが普通じゃない側面を持っていることが少し嬉しかったりする。オレも普通とはズレているらしいから。
 だから少しでも同じ目線で見てくれるナズナが側にいてくれると居心地が良いし、何より安心するんだ。


──なんてことをオレが考えているとは露知らず、休憩に来たナズナは木陰に置いておいたスナザラシのぬいぐるみを手に取った。
 いつもナズナに抱えられているせいか、少しくたびれてきたように見えるのは気のせいじゃないと思う。スナザラシのトサカみたいな部分がへにゃりと垂れ下がって、まるでしょんぼりしているみたいだ。

 ぬいぐるみの下に敷いてあったハンカチをポケットにしまい、ぽふぽふとぬいぐるみの埃をはたいていたナズナに声をかけてみる。

「ナズナ、ぬいぐるみ汚れちゃうから家でお留守番させておいたら?」

 その言葉にナズナの肩が跳ねた。
 オレに目を向けた後、視線を泳がせながらあたふたと後ずさる。

「えっと……でも、その、ひとりじゃ可哀想だし……」

 だんだん小さくなる声。それだけ言うと、ナズナは眉を下げぬいぐるみをぎゅっと抱きしめた。

 ぬいぐるみが可哀想というより、オレはナズナ自身が寂しいから持ち歩いているんじゃないかと思っている。だってナズナが外遊びのときにまでこのぬいぐるみを持ってくるのは、だいたい親が調査で遅くなったり帰ってこれない日ばかりだから。
 ただ、大切なのは分かるけど前みたいに取られたり汚したりでもしたらそっちのほうが大変だ。でもナズナが持っていたいならそうさせてあげたいし……

「──あ、じゃあオレが前に使ってたバッグやるよ。せめて何かに入れておいたほうが持ち運ぶのにもいいだろ」
「っ! ほんと?」

 ナズナは本格的な遠出をしたことがないからまだ大きいバッグを持っていなかったはずだ。これから調査に行くようになるだろうから、そのときにも使ってもらえれば嬉しいかな。どうせオレはもう使わないし。

 先程の困り顔はどこへやら、その提案に目を輝かせるナズナは嬉しそうにオレの元へ駆け寄った。

「えへへ……リンクはやっぱり優しいね」
「別に普通だろ、こんなの」
「だって、ザラシちゃん持ってても変だって言わないのリンクだけだもん」
「そうか? 相棒みたいで良いじゃん」
「っ! 相棒……!」

 今度は相棒という言葉に一際目をきらきら輝かせた。きっと勇者のことでも考えているんだろう。
 勇者の伝説はいくつも話が残ってるけど、その中でも特にナズナがお気に入りなのは時の勇者の伝説。時の勇者は妖精の相棒を連れていたらしいから、相棒というものに憧れがあるのかもしれない。

「ふふっ、勇者様みたいで嬉しいな」

 やっぱりそうだった。にこにことすっかりご機嫌になったナズナは時の勇者の話を始める。

 もう何度も聞いた、ナズナの語る御伽噺。実は話の内容よりも、楽しそうなナズナの顔を見るのが好きだからいつも真面目に聞いているフリをしてるのは内緒だったりする。

「勇者様は剣と弓の達人で、馬に乗るのも上手だったんだよ。それに子供のときから強かったし……なんだかリンクみたいだよね」
「……そうか?」
「うん。もしかして、退魔の剣だってリンクなら抜けちゃうかも」

 選ばれし勇者にしか抜くことのできない剣──そう伝え聞いたことのある、伝説の退魔の剣。
 オレがなりたいのは騎士だから、勇者という立場にそこまで興味がある訳じゃない。でも、そんな凄い剣を持っていればどんなときだってオレがナズナを護ってやれるかも。そう思うと少し興味が湧いてきた。

──でも、

「……もしオレが勇者になったら、ナズナはどうする?」

 何となく浮かんだ疑問。勇者なんて立場になったら、それこそ普通じゃなくなる。そうなってもナズナはオレに今みたいに接してくれるのかな。もしそうじゃなかったら、結構……いや、かなり嫌だ。

 そんなオレの複雑な胸中なんて知る由もないナズナは勇者の話題を振られたことが嬉しかったのか、花が咲いたような笑顔でその話に乗ってきた。

「そしたら、私はリンクの相棒になりたいなあ。一緒に旅して勇者の伝説を明らかにして、最後はお姫さまを助けるの!」
「っ!」

 ナズナの語る夢物語。なんの迷いもなくナズナがオレの隣にいることを選んでくれたことがどうしようもなく嬉しくて、でもニヤける顔は見られたくなくて、慌てて顔を背けた。

「じ……じゃあ今度は流鏑馬教えるよ。勇者の相棒なら、そのくらいはできないとな」

 照れ隠しに少し強がってみたけど、きっとナズナなら流鏑馬くらいすぐできるようになるのだろう。「やったあ!」と喜ぶナズナの声を聞きながら、赤く染まる頬と速まる鼓動を必死に落ち着かせた。

「ねえ、この調子で剣術も教えてくれたり……」
「だめ。ナズナに剣はまだ早い」
「えー……」

 あはは、とナズナをからかって笑いながらも、こんな何気ない話ができるのもあと少しだけだと思ったら、ちくりと心に棘が刺さって抜けなくなった。

 でも、もし本当にオレが勇者になったら。ナズナはずっとオレの隣に居てくれて、一緒に旅をしてくれるのかな。それなら勇者も案外悪くないかも。

──なんて夢物語の妄想が、少しだけ頭を過ぎった。

back

×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -