01


 私の幼馴染がゼルダ姫お付きの騎士に任命される、という知らせが私の住むハテノ村に届いた。

 退魔の剣を手にした時も英傑に選ばれた時も、「ハテノ村初の快挙だ」なんて言ってお祭り騒ぎが起きていたことを思い出す。きっと今回も、この村全体で盛大に盛り上がるんだろうな。
 その幼馴染──リンクは、幼い頃から大人顔負けの強さを誇っていた。そんなリンクの力が順当に評価されたのだと喜ばしく思う一方、リンクの主君に当たるゼルダの心中を考えると少し複雑な気持ちになる。何故ならゼルダは、類稀なる才能を持つリンクに対してコンプレックスを抱いているから。
 リンクもリンクで子供の頃は感情豊かだったのに、大人になるにつれどんどん感情を表に出さなくなっていったからゼルダとまともにコミュニケーションをとったことは恐らく無いに等しいだろう。二人をよく知る身としては、ちゃんと分かり合えれば絶対に仲良くなれると踏んでいるけれど、今までその機会には恵まれなかったみたい。

 でも、ただでさえゼルダは厄災ガノン封印の為の力を目覚めさせられないということに対し大きな重圧を感じている。私としても、これ以上心労をかけたくない。

「暫く会えてないし……会いに行こうかな」

 そんな独り言を呟いて、書きかけの調査書を閉じる。幸いにも今は急ぎの仕事もないから、城下町には長期間滞在できるはずだ。

 二人に会えるのはいつぶりになるだろう。友人達の顔を思い浮かべながら、旅の支度に取り掛かった。



***



 愛馬を走らせ丸一日、途中で宿屋に宿泊しつつハイラル城下町に到着した。もっと気軽に行ける距離だったらいいのに、と心の中で何度目になるか分からない愚痴を零すけれど、ハテノ村に住んでいる限りこればかりは仕方がない。
 既に陽は落ち始め、辺りは薄暗くなってきている。今日はもう遅くなってしまうから城への立ち入り許可申請は明日取ることにしよう。それにお腹もすいてきたことだし──と、近くの宿に馬を預け、城下町にある行きつけの料理屋へと足を運んだ。



 料理屋の扉を開けると、「いらっしゃい!」と元気な声とともにケモノ肉の焼ける美味しそうな香りが漂ってくる。
 今日の夕飯は何にしよう。最近は魚ばかり食べているからたまには肉料理がいいかな、と考え事をしていたらふとカウンターの奥に見慣れた金色の髪が見えた。

「あれっ……リンク?」

 ぽろっと発した声はリンクに届いたようで、こちらを振り返ったリンクはその青い目をぱちくりと開き「ナズナ」と驚いたように呟いた。
 店員さんにお好きな席にどうぞって言われたことだし、折角だから隣の席に座らせてもらおうとリンクの元へ足を進めた。

「もう城内で過ごしてるのかと思ってた。近衛騎士はお城に住めるんだったよね」

 リンクがメニュー表を手渡してくれたので、それを受け取りながら椅子に座る。山のように積まれたカウンターの上のお皿を除けてスペースを作ってくれたけど、これ全部リンクが食べたのだとしたら相変わらず凄い食欲だ。

「……正式に配属されるのは明後日だから、それまでに来ておこうと思って」
「そうなんだ。確かに城下町に来る頻度減りそうだもんね」

 リンクはこくんと頷いた後、目の前に置かれていたケモノ肉丼を口に運ぶ。
 一般兵と違って近衛騎士はハイラル城内に住むことになるから、今のうちにこの味を堪能しているのだろうか。

 リンクはこの店の常連で、調査中の私とここで偶然会うこともそれなりにあった。それがなくなってしまうかと思うと少し寂しい気持ちになるけれど、顔には出さずにメニュー表を眺める。

 リンクはいつも無口で無表情だけど、昔の馴染みからか私には少し柔らかい雰囲気で接してくれる。
 私は優れた能力を持つ訳でもないし、誰かの上に立っている訳でもないからリンクみたいに皆から模範として扱われる人の気持ちを完全に理解してあげられる訳じゃない。でも、常に人から注目を浴びるのは疲れると思う。もし私がその立場だったらそうだろうから。
 リンクはご飯を食べることが好きだし、近衛騎士になった後もこうやって少しでも息抜きができるといいけれど。



「ナズナは……どうして城下町に?」

 私が注文を終えた後、リンクに尋ねられる。リンクの食べっぷりを見ていたらそれだけで満足しちゃって、結局肉じゃなくてサーモンムニエルを注文してしまった。当のリンクの方を見ると、食べかけだったケモノ肉丼はこの短時間で空になっている。食べるの早すぎでしょ。

「リンクが大昇進したって聞いたからそのお祝いがしたくて。
それに……ゼルダにも会いたいから。会えるか分からないけどね」

 余計な気を使わせそうだから、二人が心配で様子を見に来たことは一応言わないでおこう。
 ただ、リンクには偶然会えたけどゼルダは多忙の身だ。会いに来たからと言って必ず会える訳じゃない。でも、どうしても会っておきたい。

 ゼルダは何でも一人で抱え込んでしまいがちだ。それはきっと姫という立場と……力に目覚められないという負い目からなのだと思う。
 昔、心置きなく話せる友達ができたのは初めてと言われたことがある。話すことで気持ちが楽になるのであれば、たとえ私には何も出来なくても何でも聞いてあげたい。

「……ありがとう。きっと姫様も喜ぶ」

 リンクの目元が、少し緩んだ気がした。


***


 久しぶりの再開に話が弾む……と言ってもリンクは殆ど表情を変えないし進んで喋らないから、客観的に見たら私が一方的に話しているように見えるだろうけどそれももう慣れたものだ。
 近況報告をしながらサーモンムニエルを頬張る。うん、やっぱりこのお店のご飯は美味しい。

「お父さんってば、リンクの晴れ舞台だからって村を飛び出して式を見に行ったんだよ。叙任式は関係者だけで行われるんだって言ったのに」
「そうだったんだ。おじさんは相変わらずだね」
「でしょ? 帰ってきたらきたで今度は姫様御付きの騎士に任命されたって言ってまわってて。嬉しいのは分かるけどはしゃぎすぎ、ってお母さんが呆れてたよ」

 ハテノ村での何気ない話にリンクの表情が和らぐのを見て、少しだけほっとする。子供の頃とは随分変わってしまったけど、リンクはリンクだ。大切な私の幼馴染。そうであることにずっと変わりはない。たとえ重大な使命を背負っているとしても。


 リンクには、ハイラルを護る為に闘わなければならない使命がある。ハイラルの神話や御伽噺で語り継がれる存在──厄災ガノン。それを倒す為に。

 正直、最近まで厄災に関する話は半信半疑だったところがある。私も伝説の研究に身を置く立場ではあるけれど、何せハイラルはずっと平和だったから。
 私の両親、祖父母、更には曽祖父母の時代でもそういった争いや災害は起きていない。"御伽噺の中の厄災"しか知らないから、それに対する恐怖心を持つ国民は少なかった。
 でも、ここ数年の間で状況は大きく変化した。厄災ガノンの復活が予言されたから。
 それと同時に予言された四神獣が発掘されたことで、少なくともシーカー族の古代技術はただの御伽噺ではなく実際に存在するものだと証明された。それはつまり、厄災ガノンも決して空想上の存在ではなく、実際に存在してハイラルを危機に陥れる可能性があるということを意味している。


「今更だし、言われなくても分かってると思うけど……無茶はしないでね。リンクが怪我したりするの嫌だから」

 今でも語り継がれるような邪悪な存在と、リンクは闘わなければならないのだ。心配しないほうが無理な話ではある。
 デザートのたまごプリンを食べながらそう言うと、リンクは少し間を置いて頷いた。そして何故かそのまま私をじっと見つめる。

「……?」

 何か言いたいのかと思って待ってみるけど一向に何も話そうとしない。首を傾げつつ、リンクが何を思っているのか考える。

「あ、分かった。コレ食べたいんでしょ。注文しようか?」

 たまごプリンを指差してみるものの、リンクは横に首を振った。何だ、違うのか。

 最近リンクの考えている事が分からないときがある。小さい頃から一緒だったから、無口になっても割と考えが読めると自負していたんだけどなあ。
 視線を泳がせるリンクの耳の先が仄かに紅く染まるのをなんとなく眺めていたら、リンクはそれを誤魔化すように軽く咳払いをした。

「えっと……ナズナが来てること、姫様にお会いするときに伝えておくよ」

 話を逸らされた気がするけれど、ゼルダに私のことを伝えてくれるのは有り難いので素直に感謝の気持ちを伝える。

「ありがとう。ゼルダのこと……よろしくね」

 リンクは優しく微笑み、頷いた。

 リンクは昔と変わらず優しい。きっとゼルダとも時間が経てば分かり合える。私が心配しなくても、きっと大丈夫。



back

×
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -