03


 カカリコ村のインパ様のお屋敷を背に、どんよりと肩を落としながら階段を降りるリンクの斜め後ろをついて歩く。どうにも釈然としない様子のリンクはさっきからうんうん唸りっぱなしだ。

「オレの件があるからナズナも絶対シーカー族が関わってると思ったのに……」
「違ったならしょうがないよ。別の手掛かり探そう?」
「あっ! まさかアンチエイジ……ナズナってプルアに変な実験されなかった?」
「な、なにそれ?」

 知らない単語だらけで何のことだかさっぱり分からず戸惑いながら首を傾げたら、リンクは再び唸り出してしまった。
 勇者といえば、キリっと凛々しい――そんなイメージだけど、リンクは本当に勇者なのかというくらいごく普通の男の人にしか見えない。勿論、今は記憶を失くしているということもあるけれど。

 それにしても、インパ様の話があまりにも現実離れしすぎていて未だに情報の整理が追いついていない。リンクは百年の眠りから覚めた勇者であること、ハイラル城の中で厄災を封印し続けているお姫様を助けないといけないこと、そしてその厄災を討伐しなければならないこと。この短時間で様々な情報を詰め込まれた私の頭は破裂寸前だ。
 まるで御伽噺のような話で最初は冗談なのかとさえも思ったけれど、インパ様とリンクの真剣な顔や、私の理解を遥かに越えるシーカーストーンの様々な機能を見せられたら信じずにはいられなかった。
 ただ、そうなるとひとつ不可解な点がある。初めてリンクと会ったときに言われた「夢の中で見たことがある」という旨の言葉だ。

「絶対に昔からナズナのことを知ってるはずなんだ。だってナズナのこと知らなかったら夢になんて出てこないよね?」
「うーん……なんだろ、実は予知夢だったとか?」
「いや、そんな適当なものじゃないんだよオレの中のナズナの記憶は。子供のときも大人になってからも、ナズナはずっと側にいたんだから」
 
 まだ私に関する夢は断片的にしか見ていないらしいけれど、リンクがこんなに確信を持って言い切るのだからきっとそれなりの根拠があるのだろう。でも、仮にそれが本当だとしたら今ここにいる私はインパ様のように百年ぶん年をとっていないとおかしいことになる。

「私も回生の眠りについてたのなら説明はつくのにね」
「オレも最初はそう思ってたけど、回生の祠は一つしか無いってインパに断言されたからな……」
 
 腕を組み、再びうんうんと考え込んでしまったリンクを眺めながら私も記憶を辿った。
 リンクに初めて会ったときのあの感覚。私だってどこかでリンクと出会っていたことは間違いないと確信している。それなのに。
 そしてハイラル城の前で立ちすくんでいた記憶。何であんな場所にいたんだろう。何があったんだろう。私は何者なんだろう――と、考えれば考えるほどズキズキと頭を締め付けるような痛みが増してきて、思わず頭を押さえた。

 最近気が付いたけれど、欠けた記憶を思い出そうとすると酷い頭痛が起きることがある。まるで何かの警告かのように。
 私はただ自分が何者なのか知りたいだけなのになあとひとつ溜め息をつき、とりあえずお昼ご飯のことでも考えて気を紛らわせようかと一度それについて考えるのを止めた。

 今はちょうどお昼時ということもあり、周囲には美味しそうな匂いが漂っている。お腹が空いてきたし私たちもご飯を作らなきゃ、と未だに頭を抱えているリンクを引っ張って匂いのする方へ向かった。
 どうやらインパ様のお屋敷のすぐそばには炊事場があるようで、この良い匂いはそこからしているらしい。料理をしていたのは小さな女の子で、その子はこちらに気付くと満面の笑みで手を振ってきた。

「お兄さん、また来てくれたですか!」
「ココナ!」

 その元気な声を聞いた途端、リンクの顔がぱっと明るくなりその子の元へ駆け寄っていった。途中、振り返って手招きされたので私もリンクの後を追う。

「そちらの方はお友達ですか?」
「うん。一緒に旅してるナズナだよ。仲良くしてね」

 リンクに紹介され、初めましてと会釈すると女の子もぺこりとお辞儀をしてくれた。

「ココナって言います。 ナズナさん、どうぞよろしくです!」
「ココナちゃんかあ。こちらこそ宜しくね」

 礼儀正しくて可愛い子だ。さっきまで気落ちしていたリンクも、ココナちゃんの笑顔につられたのかいつの間にか元気になっている。
 こんな小さな子なのに一人で料理できるなんて凄いなあと鍋を覗いてみると、中には沢山の野菜カレー。辺りに漂うスパイスの香りが食欲を唆い、思わずごくりと喉を鳴らしたら、私の視線に気付いたココナちゃんが何かを閃いたようでぽんと手を叩いた。

「これ、お二人にもおすそ分けしてあげますです! ちょっと作りすぎちゃって私とプリコだけじゃ食べきれないのです」
「おっ、じゃあ遠慮なく頂くか」
「もうすぐ完成なので、席について待っていてくださいですよ」

 嬉しそうにそう言うココナちゃんの言葉に間髪入れずリンクが応じ、言われた通りいそいそと近くのテーブルに向かう。

「ほら、ナズナもおいで」
「い……いいのかな?」
「もちろんです! ナズナさんも食べてくださいです!」
「ココナの料理、凄く美味しいよ。なんたって将来コックさんになるんだもんな」

 リンクにそう言われ照れながら頷くココナちゃん。コックさんかあ、可愛いな。ありがとうとお礼を言い、リンクの隣の椅子に腰掛けた。
 ココナちゃんはリンクによく懐いてるみたいだし、リンクも良いお兄さんしてる。まるで年の離れた兄妹みたいだなあと、平和でほのぼのした光景に無意識に頬がほころんだ。

「その香辛粉、この前オレがあげたやつ?」
「はい。お兄さんのお陰でいろんなお料理が作れて楽しいのです」
「また珍しいもの見つけたら持ってくるよ。プリコも喜ぶし」
「ありがとです! ……あっ、そういえば母様にもお供えしたら夢に出てきてくれたのですよ! ありがとうって言ってました」

 何気ない会話の中に出てきた言葉にどきりと心臓が跳ねる。"お供え"ということは……ココナちゃんのお母さんは。

「良かったな。やっぱりお母さんはココナのこと見守ってるんだ」
「えへへ……お兄さんの言った通りでした。だから私、もっともっとお料理上手になって母様に喜んでもらえるよう頑張ります」

 リンクの言葉にココナちゃんは嬉しそうにはにかんだ。
 この小さな手で懸命に作る料理にどれだけの思いが込められているのか、その健気な気持ちを考えただけで心がぎゅっと締めつけられる。
 大切な人と離れ離れになり会えなくなるということ。そんなこと経験した記憶なんてないはずなのに、何故か心が酷くざわついて涙が込み上げそうになった。

 大厄災の元凶、厄災ガノン。百年経った今の時代でも、奴の影響で過去の栄華とはかけ離れた暮らしをしなければならない人たちがこんなにも沢山いる。
 カカリコ村だけじゃない。私が見たあの城下町にも怨念が渦巻く城の中にも、そこで暮らす人が沢山いたはずなのに――

「っ……?」

 ふと、ある光景が頭を過った。
 小さな女の子と男の子と一緒にいる幼い私の姿。警備兵に見つからないようにこっそり三人で落ち合って、お城の中庭で秘密のお話をする光景。
 あれはどこなんだろう。あの二人は誰なんだろう。思い出そうとすればするほど頭に響く鈍い痛みに顔を歪めていたら。

「今朝、子供の頃の夢見たんだ」

 突然の声にはっと我に返った。リンクは料理鍋をかき混ぜ続けるココナちゃんに視線を向けながら――でも彼女ではなくどこか遠くを見ているような、そんな目をしてぽつりぽつりと話を続けた。

「オレにも家族がいて友達がいて。帰る場所があったんだって安心したけど、今はもう皆いないから……少し堪えた」

 リンクの瞳に影が差していく。でも私は何も言えなかった。言える立場じゃない。何も知らない、何も覚えていない私の安い言葉なんて。

「英傑の皆には会えたし、魂だけになろうと今でもオレを見守ってくれてるって分かってるけど。それでも……結構つらかったみたい。ナズナがいてくれて良かったよ」

 眉を下げ、辛さと悲しさが入り交じる笑顔を私に向ける。胸が抉られるようだった。リンクのこんな顔を見たのは初めてだったから。

 記憶を取り戻す度に突き付けられる現実。きっと知らないままでいたほうが幸せなことだってある。それでもリンクは全てを思い出さなければならない。このハイラルを救わないといけないから。それが勇者としての運命だから。私にとってはごく普通の男の人にしか見えないのに……こんなにも重い運命を背負っている。

「ごめん、しんみりさせちゃって……あ、ご飯できたみたいだね。プリコも走って来てる」
「……うん」

 救われているのは私だって同じなのに。私なんかの存在でリンクの心が少しでも軽くなるなら、いくらでも側にいてあげたい。
 でも、それはきっと今の私じゃ足りない。リンクと一緒にいた過去を思い出さないと、本当の意味で寄り添ってあげることは……多分、出来ないから。



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