※ 性格の悪いモブ男が出ます。ご注意。



 あの祝賀祭以降、知らない人に話し掛けられることが格段に増えた。それもそうだろう、祝賀パレードで大勢の国民の前に姿を晒したのだから。大厄災前に比べて私の認知度が格段に上がるのは当然の事だった。
 大多数の人は軽く話をしたり遠目に見ているくらいだけど……たまに距離感がおかしい人が居るから困っている。そして今まさにその困った状況にいた。


「ねえナズナちゃん、食事くらい良いでしょ? 何だったらお友達も誘って良いからさ。
俺、もっとナズナちゃんの話聞きたいなあ」
「何回も言ってますが、お断りします! それにこれから行く所があるので」
「そうなの? じゃあ俺も付いて行って良い?」
「駄目です! もう、本当に困るので止めてください!」
「ははっ、ナズナちゃんは怒った顔も可愛いね」

 もうやだ。どうしてこんな事になってるの。

 私が仕事を終え図書室から出てきたらこの人に食堂までの道を聞かれ、そこで答えてしまったのが始まりだった。城内は複雑な作りだから特に新人兵士さんは道に迷うことがよくある。てっきりこの人も新人さんなのかと思ったけど……多分違う。初めから話すことが目的だったんだ。

 余りにもしつこいので身の危険を感じ、とにかく二人きりにならないよう人目のつく庭園の方へ早歩きで向かう。その私の後をずっと付いてくる彼。もう彼の話は無視しているのに。


「ねえってば!」

 もう少しで開けた場所に出そうだったのに、乱暴に腕を掴まれた。振り払おうとするけれど、力が強く振りほどけない。

「は、離してください!」

 叫ぶ私を尻目に、彼は鼻で笑った。

「ナズナちゃんさあ、勇者サマの女なんだろ? あんなつまんねえ奴やめて俺にしなよ、イイ事いっぱいしてあげるからさ」
「……は? え、ちょっと……やめっ……!」

 腰を抱き寄せられ顎を指でくいっと持ち上げられる。嫌悪感でぞわっと鳥肌が立った。咄嗟に彼を突き飛ばそうとするもびくともしない。

 何これ、キスされようとしてるの? リンクじゃない男の人に。嫌だ嫌だ嫌だ、気持ち悪い!!


 刹那、風を切る音が聞こえた。続いて「痛ッ……てえ」という声。力が緩んだその隙に急いで彼の腕から抜け出す。
 ……何が起きたんだろう。辺りを見回すと少し離れた場所で、息を切らせ弓を構えたリンクがこちらを物凄い形相で睨み付けていた。殺気がここにまで伝わってくる。私に向けられている訳ではないのに足がすくむ程の殺気。

 矢が腕を掠ったのか、彼は顔をしかめ腕を手で抑えている。この距離でリンクが矢を外すはずが無いから、きっとわざと外したのだろう。リンクは構えていた弓を下ろし、私の元に急いで駆け寄ってくる。

「……ナズナ、下がって」

 怒りを抑えているような、低く響く声。その威圧感に私は声も出せず、黙って頷き言われた通りリンクの背後にまわった。

「……チッ」

 舌打ちが聞こえた瞬間、リンクは彼の胸ぐらを掴み壁に押し付ける。

「……勇者サマが任務放棄かよ」
「姫様には許可を頂いている。行動を起こすならお前が非番の日だろうと警戒していた」

 一触即発の状況。余計な口出しはしないほうが良いと思い口をつぐむ。こんなに怒りを顕にしてるリンク、初めて見た。

「お前がオレの事をどう思っていようが構わないが、ナズナに手を出すなら話は別だ」
「……はっ、ご熱心なこった。ナズナちゃんの事になると随分饒舌になるんだな、……っぐ……!」
「ナズナを気安く呼ぶな……!」
「ッ! リンク!」

 煽りに反応しリンクが力を強めたようで、彼から呻き声が漏れた。リンクが本気になったら多分この人は怪我じゃ済まない。咄嗟にリンクを止めると力を緩めたようで、解放された彼は咳込んだ後こちらを一瞥し去って行った。


 暫しの間沈黙が流れる。ふっと緊張した空気が解けたと思ったら、リンクがこちらを振り返って私を優しく抱き締めた。先程とは打って変わって、優しいいつものリンクにほっとする。でも安心したら恐怖心が襲ってきて身体が震え始めた。それに気付いたのか、リンクは私の背中をさすってくれた。

「ナズナ……怖かったね、来るの遅れてごめん」
「ううん。来てくれてありがとう。
……でもリンク、なんでここが分かったの? お仕事は?」

 ゼルダに許可を貰ったって言ってた気がするけど……どういう事なんだろう。

「最近あいつがナズナの後をつけてたから警戒してたんだ。姫様にも相談したら融通利かせて下さって……ナズナが外に逃げてくれたから直ぐに見つけられて良かった」
「!? 後をつけてたって……」

 全然気付かなかった。リンクが気付いてくれなかったら、と思うとぞっとする。

「訓練兵時代からやけに敵意を向けてくる奴とは思っていたけど……オレだけならともかくナズナに手を出したんだ、もう容赦しない」

 リンクの腕にぐっと力が入り、険しい表情になった。
 私が知らないだけで、リンクは今までも才能がある故に妬み僻みの感情を向けられることを沢山経験してきたのかもしれない。昔のリンクが徹頭徹尾あの態度を崩さなかったのも、そういう環境に身を置いていたからなのだろうか。そう思うと……少し心が重くなった。

「で、でもリンクのお陰で何も無かったから……大丈夫だよ」

 その言葉にリンクがぴくりと反応する。次第にリンクの眼に徐々に激しい嫉妬と憤怒が宿っていき、思わず息を呑んだ。安心させようとしたのに、逆にリンクの地雷を踏んでしまったかもしれない。

「何も無いなんて……ナズナ、アイツに何された? キスされそうになっただろ?
……クソッ、思い出すのも苛つく……あの野郎ふざけやがって」
「……リンク……んっ、」

 口調と比例するような、いつもより荒い口付けを落とされた。一瞬身体を強張らせたけれど、決して乱暴ではない口付け。
 でも……段々と深くなっていくそれに焦り始める。ここはいつ人が通ってもおかしくない場所だから。

「はあっ……、まって、リンク。誰かに見られちゃう……っ」
「見せつけてやればいいよ。ナズナはオレのだってことを」
「えっ、ちょっと何言っ……ひぁっ!?」

 首筋を舌が這い強く吸われ、その箇所には紅い痕が残った。同時に服の中に手を入れようとしているのか、身体をまさぐられ焦りが頂点に達する。
 やばい、スイッチが入ってる。いつもは理性的なリンクがこうなるなんて。どうにかしないと本当にここで――

「はーい、ストップストップ!」

 少し怒気を含んだ聞き覚えのある声と共に何かがぶつかったような鈍い音がした。何事かと思ったらリンクの頭にシーカーストーンがめり込んでいる。その後ろにはジト目のプルアさんが。

「お盛んなトコロ悪いけどさあ、アンタ自分で何て言ってたっけ? ナズナのこと大切にするんでしょ。ナズナ困ってんじゃん」

 頭への衝撃とプルアさんの言葉で我に返ったのか、リンクは殴られた箇所を抑えながら一気に血の気の引いたような顔になった。

「ホレ、謝りな」
「……ゴメンナサイ……」

 そのやり取りをぽかんと見つめる。色々と不味い所を見られてしまったけどプルアさんのお陰で助かった。叱られた子供の様にしゅんとしているリンクを横目で見ながら、とにかく話を逸らそうと急いで乱れた衣服を整え尋ねた。

「えっと……プルアさん今日は研究所じゃないんですね。何かありましたか?」
「あっ、そうそう! 聞きたいことあってね。シーカーストーン弄ってたら何か狼みたいな動物が出てきたのよ。百年後もこんな機能あったの?」

 ちょっと待ってね、とプルアさんが何やらシーカーストーンを操作すると、突然目の前に狼が現れた。
 黒――いや暗緑色の体毛の狼。左前脚には千切れた鎖が付いている。額には独特な模様があり、ハイラルで見られるどの狼とも異なる特徴を持っていた。空のように青く透き通る綺麗な目は、不思議とリンクに似ているようにも思えてくる。
 どことなく神秘的な雰囲気を醸し出すその狼。鼻先をやけに近付けてくるな――と思っていたら、突然私に飛びついてきた。

「ぎゃっ!」
「あっナズナ! おいお前離れろ!」

 勢い余って軽く尻餅をつく。リンクが引き離そうとしてくれているけど、そんなのお構い無しにふんふんと身体を嗅がれ続けている。でも尻尾はずっと振ったままで攻撃をしてくる訳でもないし、どうやら私に対して敵意は無さそう。寧ろ好意を向けてくれているのかな。

「ふむふむ、ナズナには好反応っと……二人のその様子じゃあこの狼見るの初めてみたいね。悪いけど暫く様子見てもらってもいい? 上手く行けばナズナのボディーガードしてくれるかもよ、リンク」

 いつも直ぐ駆けつけられる訳じゃないもんね、とニヤニヤしながら言うプルアさん。リンクは不服そうな顔で暫く悩んでいたけれど、背に腹は変えられないとしぶしぶ承諾した。

 くうん、と私に甘える素振りをする狼さん。可愛い。私のボディーガードに勝手に任命されちゃったけれど、この子はいいのだろうか。

 ……それにしても、どこかで見たことあるような。
 狼さんの頭を撫でながら、頭の片隅で記憶を辿った。

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