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 ゼルダの修行に同行することになった私は、城に住んでいた方が何かと都合が良いという話になりゼルダの好意で城の居住エリアに住まわせてもらうことになった。
 ハテノ村の自宅は構造上独立した部屋というものが無かったから、自分だけの部屋を持つのはこれが初めてだったりする。
 少しばかり弾む心を抑えつつ案内された部屋に向かうと、その部屋の扉の前にはリンクが立っていた。私に気付いたリンクは満面の笑みでこちらに手を振ってきたので私も笑顔で手を振り返す。近衛騎士や侍女は城内に住み込みで働いているからリンクの部屋もこの辺りにあるのかな。そうだとしたらすぐ会えるし、初めての一人暮らしも寂しくないかも。

「ありがとう。迷わないように待っててくれたの?」
「うん、オレも楽しみにしてたから。それにしても今日からここがオレたちの部屋になるなんて……ちょっと照れ臭いね」
「え?」

 「オレたち」……とは。
 はて、と頭に疑問符を浮かべる私の手を引き、リンクは笑顔で部屋の扉を開ける。促されるまま部屋に入ると、私の目に飛び込んできたのは想像していたよりも遥かに広くて綺麗な室内。リビング一部屋だけで私の家よりも広いんじゃないだろうか。しかも他にも何部屋かあるみたいだし……流石ハイラル城、庶民の感覚をいとも簡単に越えてくる。
 でも、一人部屋にしては広すぎる気がしてならない。それに、あちこち誰かの私物らしき物が置かれている。何となく察しは付いたけれど、一応聞いてみることにしよう。

「ねぇ、この部屋って二人部屋? ……私とリンクの」
「そうだよ。ナズナのために、ってオレにも声を掛けて下さって。姫様に感謝しないと」

 ……やっぱり。しかもゼルダも一枚噛んでいるとのことで。
 思い返すと、部屋を用意した旨を私に伝えるゼルダは花が咲くような満面の笑みだった。直接は話していないけれど、ゼルダは私たちの旅をずっと見ていたらしいから私たちの関係性も当然知っているはず。きっとこれはゼルダなりに気を使ってくれたのだろう。

 てっきり一人暮らしになるものだとばかり思っていたから驚いたし少し恥ずかしい気もするけれど、正直なところリンクと一緒に暮らせることはすごく嬉しい。今度ゼルダに会ったとき、お礼を言っておかなくちゃ。



***



 城に住み始めると、大厄災を迎え撃つための様々な情報がよく耳に入るようになった。

 英傑の皆は神獣繰りの試練を無事に終え、神獣操作の訓練に入ったそうだ。それと並行して対カースガノンの戦闘訓練も各自始めていて、今まで以上に忙しい日々を送っている。

 プルアさんやロベリーさんを初めとする古代兵器研究に携わる人たちは、暴走するガーディアンに対抗できる武器を急ピッチで作成し一般兵にも配布するとの方向で意見を固めていた。
 百年後と全く同じ性能の武器を作るには流石に時間が足りないかと思ったけれど、ロベリーさん曰く「真っ向から戦うだけがガーディアンを止める唯一の手段ではない」とのことで。つまりは機械であるガーディアンの機能を強制的に停止させてしまえば、ガノンに乗っ取られても起動することなくやり過ごせる、ということなのだろう。話が専門的すぎてよく分からなかったけれど、一般兵でもガーディアンに対処できるようになるのであればこれほど心強いことはないと思う。

 更に、ハイラル国民の避難誘導も新たなマニュアルが作成されたようだった。
 どうやら大厄災の日は一般人の城下町への立ち入りを制限するらしく、今からそれを国民に周知するべく兵士さんたちが慌ただしく走り回っているのをよく見かけるようになった。

 決戦の日に備え着々と準備は進んでいる。そしてそれは、私たちも例外ではない。




「っ、知恵の泉で……!? ゼルダ、本当に?」
「ええ。特例として、ようやく許可が降りました」

 "知恵無き者の入山を禁ず"──本来であれば齢十七に満たない者は、知恵の泉どころかラネール山に立ち入ることさえ禁止されている。この世界ではまだ十七歳になっていないゼルダにも当然その掟は適用され、私たちは今日まで勇気の泉と力の泉でしか修行をすることができなかった。

「私たち三人の精神は既にそれを越えている、との御父様の判断です。ただ、掟を破ることを良く思わない人がいるのも事実なので、内密にということになりますが……」
「内密に……そっか、そうだよね。でも修行ができるなら充分だよ」

 私たちが未来の世界を経験したことを知る者はごく僅かしかいない。事情を知らない人からすれば、掟破りの無礼者と思われるようなことをしようとしているのだから隠すのも当然だ。今の時点でゼルダやリンク、ひいては王国に対する不信感を国民に抱かせることは何としても避けたいから。

 既に何度も訪れた勇気の泉と力の泉──その二つの泉での修行で、私は確かな手応えを感じていた。ゼルダの側にいるときは、あの結晶を出しても疲労感がほとんど感じられない。私とゼルダの力が相互に共鳴していることは紛れもない事実。
 それならば、以前より力が増した今の状態で、ネルドラ様に最も近い知恵の泉で祈りを捧げれば──きっと。


 私が百年の眠りから目覚めてから今に至るまで、ずっとネルドラ様はその御姿を隠されている。この世界でならお会いできるかと思ったけれど、気配すら感じないから日に日に不安は募っていった。
 神々の力の源は人間の思いだという話を聞いたことがある。それが本当だとしたら、ネルドラ様は私を救うために御力を使い切った後、回復にまで至っていないのかもしれない。この時代にネルドラ様を信仰している人間は限られるから。
 私のせいで──と思いたくもなるけれど、そんなことを思っている暇があるなら修行することに力を尽くしていた。私の祈りが強くなるほど、ネルドラ様の御力になることを信じて。


「明日の朝方には出発します。ですから今日はもうゆっくり休んで──あ、」
「?」

 ゼルダは話の途中でふと何かを思い出したかのように言葉を止めた。私が首を傾げると、「伝言があります」と会話を続ける。

「ナズナと話したいことがある、とミファーが言っていましたよ」
「ミファー様が?」
「ええ。図書室の外で待っているそうです」

 私に話なんて何だろう。ミファー様、きっと今はすごく忙しいと思うのに。
 そう疑問に思いながらも、言われた通り図書室の方面へ向かうことにした。



***



「ミファー様! お待たせして申し訳ありません」
「こっちこそ、急に呼んじゃってごめんね」

 図書室を外に出てすぐの崖から遥か遠くに見えるラネール山。そこに視線を向けていた彼女は、私の声に振り向いた後いつもの優しい笑顔で迎えてくださった。

「本当は他の皆も来られればよかったけど……神獣訓練で、なかなか都合がつかないみたい」

 ということは、かなり重要な話であることは確かだ。多忙な英傑の皆がわざわざ城に来てまで話したかったことなんて……何だろう。

「あの、話したいことって……」

 私が話を切り出すと、彼女の眼差しが真剣なものに変わった。それにつられ思わず私も背筋を伸ばす。

「ここのところ……姿が見えないよね」
「……はい」

 「何が」とは言っていなかったけれど、それがネルドラ様を指すであろうことはすぐに理解できた。その問いに頷くと、彼女は再びラネール山の方へと目を向ける。

「最近、ルッタと一緒にネルドラへお祈りしているの。私たちにチャンスをくれて……本当に感謝してるから。私だけじゃなくて皆も、姫様のお話を聞いて……色々思うことがあったみたい」

 そう言って今度は真っ直ぐ私に視線を向ける。私を見つめるミファー様の瞳には、優しさだけではなく強い意志が宿っているように感じられた。

「だから……私たち皆の祈りも、一緒にネルドラの元へ届けてほしいんだ。ナズナの声なら、きっと届くから」

 彼女にそっと手を包まれると、そこから私の中に暖かい思いが流れ込んできた。優しいけれど力強い、皆の固い決意。それはゆっくりと私の心に染み渡り、やがて私の身体全体へと広がっていく。

「──明日、頑張ってね。私たちも……遠くからだけど、見守ってるよ」

 彼女の手に力がこもる。それを感じ取り、使命感と希望で私の心は高揚した。
 他の誰でもない私に、皆が思いを託してくれた。その期待に応えたい。ううん、絶対に応えてみせる。
 皆の思いも一緒なら──きっと。



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