15


 賑やかなハイラル城下町。今ここに居る誰も、ハイラルが大厄災で滅ぶなど夢にも見ていないだろう。
 あんな惨劇、二度と繰り返してなるものかと今のこの平和を見て心に誓った──その瞬間、

 ぐぅ、と腹の虫が鳴いた。

「……とりあえずご飯食べよっかな」

 少し気恥ずかしさを感じながら、ぽつりと独り言を呟いた。

 叙任式の詳しい段取りは分からないけれど、ハテノ村にまで知らせが届くほど国にとって重要で大掛かりな式典だ。きっと二人は朝から準備やら何やらで忙しくしているに違いない。そうなると、今日二人に会えるとしたら式の後。でも式が何時に終わるか分からない訳で……
 仕方ない、最悪明日になってもいいか。そう思いながら行きつけの料理屋の扉を開く。

──そういえば、あのときもこのお店でリンクに会ったんだっけ。

 この世界ではまだ起きていないはずの出来事なのに懐かしさを感じることに不思議な感覚を覚えつつ、空いている席に着こうとした、その時だった。

「ナズナ! 無事だったんだね!」
「うわぁ!!」

 物凄い勢いで後ろから抱きつかれ、突然のことに思わず変な声が出てしまった。確かに早く会いたいとは思っていたけれど、まさか今ここで会えるなんて。

「リンク……!」
「心配したんだよ、会えて良かった……!」

 そう言いながらリンクは人目も憚らずぎゅうぎゅう私を抱きしめる。もちろん私も会えて嬉しいことに変わりない。でも今この場所では恥ずかしいからちょっと勘弁して……って、いやいやそんなことよりも。

「ちょっと待って! 何で今ここにいるの? 叙任式は?」
「式は昼過ぎから。ナズナがここに来ると思ってギリギリまで待ってたんだ」
「昼過ぎ……って、もうそんなに時間ないじゃない!」
「大丈夫。ここから本丸まで直線距離ならそんなに時間掛からないし、式の段取りも分かるから遅刻はしないよ」

 さらっと言ったけど直線距離って……崖や壁でも登っていくのだろうか。昔の堅物なリンクからは想像もできない台詞。少しやんちゃすぎないかと心配になったけれど、根は真面目なリンクのことだからきっと迷惑をかけない範囲で行動しているのだろうと納得することにした。

「あ、そうだ。特例でナズナは城への立ち入り許可証の取得を免除してくれるんだって。だからこれからは自由に出入りできるよ」
「えっ……!?」

 思いがけない言葉に目を白黒させる。どこかのお偉いさんでもない私が、いわゆる顔パスで城に出入り出来るなんて。
 きっとゼルダの一声だけではそんな認可降りないはず。恐らく、国王様と既に話し合ったのだろう。

「式が終わったら皆に話す予定だから、ナズナも同席してほしい。ご飯食べ終わったら城の図書室まで来てね。式の後迎えに行くから。……じゃ、行ってくる!」

 要件を伝え終えたリンクは嵐のように去って行った。
 ご飯食べ終わったら、って言われたけれど……さっきから店中の視線が私に刺さり、ゆっくり食事なんてしていられない雰囲気だ。そんな空気に居た堪れなくなった私は、そそくさと店を後にするのだった。



***



 叙任式の後、図書室で皆と合流した私は空いている客間へと案内された。一応機密事項にあたる話なので、話が漏れないようにと配慮してくれたのだろう。

 ミファー様、リーバル、ダルケルさん、ウルボザ様……皆が生きて今ここにいる。込み上げてくる涙をぐっと堪え、ゼルダの話に耳を傾けた。

「これから話すことは──全て事実です。そして、国民が知ると混乱を引き起こしかねません。どうか他言無用で……お願い致します」


 ゼルダは自分が経験した未来の大厄災のことを話し始めた。私はただ机の一点を見ながらそれを聞く。
 ガノンに敗北すること、ハイラルが滅亡すること、そして──四人の英傑が命を落とすということ。
 自分が敗北し命を落とすなんて、聞いていて決して気分の良い話ではない。それでも、伝えないと前回の二の舞になってしまう。
 部屋の中に重い空気が流れる中、皆は神妙な面持ちでゼルダに視線を向けその話に耳を傾けていた。息を呑む音に混じり舌打ちが聞こえたのは多分リーバルだろう。感情的になって当然だ。だって、皆それぞれ必死に努力してきたのにそんな結果になった未来があると知ったのだから。

「──私が未熟だったせいで……あの世界のハイラルでは沢山のものを失いました。でも、だからこそ私はこのハイラルの未来を変えたいのです。あの世界の皆の思いを途切れさせてはいけない。悲劇を、繰り返してはいけない。
危険な戦いになることは避けられませんが……どうか力を貸してください。お願いします」

 真っ直ぐ四人を見つめるゼルダの瞳には堅い決意が宿っている。先程までの重い空気を振り払うかのような、希望を持った言葉。もう、昔のように思い悩むゼルダはここにはいなかった。


「御ひい様……頑張ったんだね。力を貸すなんて、今更じゃないか」

 最初に口を開いたのはウルボザ様。その凛とした声には力が込められ、溢れ出しそうな感情をぐっと堪えているように見えた。

「カースガノンとやらは手強そうだけれど、まだ時間はある。リンクはそいつと戦ったという話だから、情報共有して各自対策をしていこう」
「……うん。私も、ルッタに乗るって決めたときから何があっても決心は変わらないよ。カースガノンも必ず倒してみせる。里の皆のためにも、絶対に死ぬ訳にはいかないから」

 ウルボザ様の言葉の後、一拍置いてミファー様がそれに応える。強い決意を込めたその眼差しは、いつも優しい彼女からは想像もできないような強さを感じさせた。

「俺の力を貸すなんて当然だ! 俺はよく相棒と戦闘訓練してるからな。神獣訓練に加えて、そいつに対抗するための訓練も進めていこうじゃねえか」

 ダルケルさんの大きな声が響く。リンクと目配せし、どんと自分の胸を叩いてみせる彼の頼もしさに私だけじゃなくきっとゼルダも安堵したことだろう。

「……あのときの言葉に二言は無いよ。それに神獣が乗っ取られるって情報があるなら、それだけで充分だ。後は自分で対策する」

 リーバルらしい言葉。でも、彼ほどの実力者なら真っ向勝負で負けることは無いと、きっと皆も確信している。
 信頼を寄せた目で静かに頷くリンクの視線を振り払うかのように、リーバルはつんとそっぽを向く。そんなよく見知った日常の光景にゼルダの緊張も和らいだのだろうか。

「皆……! ありがとう……」

 そう心の底から安心したように呟くゼルダ。その顔には今日初めての笑顔が浮かんでいた。



***



 あの話の後、二人で話したいことがあるとゼルダに呼ばれた。
 皆に話す前に承諾を取りたい、とのことだけれど……何のことだか検討がつかなくて、ただゼルダの話を待つ。
 後ろめたいような、言い出しにくそうな雰囲気を少しだけ感じ取ったけれど、ゼルダは私を真っ直ぐ見据え話を切り出した。

「時の勇者が少し匂わせていましたが……ナズナは気付いていますか? 貴女の中に眠る、ネルドラの力に」
「え? ネルドラ様の……力?」

 そう繰り返す私にゼルダが真剣な顔で頷く。視線を自分の手のひらに落としてみるけれど、何も感じるものは無い。でも、確かにあのとき勇者様が「ネルドラが"何か"した」と言っていたのを思い出す。
 そこでふとイーガ団に捕まったときのあの結晶が頭を過った。何か引っかかってはいたけれど、あれが私の中に眠るネルドラ様の力──なのだろうか。仮にそうだとしたら、あのとき物凄い疲労感に襲われたのは私が力を上手く使いこなせていなかったから、と考えれば一応理屈は通る。

「恐らくナズナが百年の封印から目覚めたときにネルドラが力を授けたのでしょう。そして何故かは分かりませんが……その力と私の力は共鳴しています。ナズナが側にいると、私の力が増幅するのです」

 ゼルダから告げられる突然の話に驚きを隠せなかった。時の勇者様だけでなくネルドラ様まで──何故私にそんな力が集まってくるのだろう。
 状況を上手く飲み込めないまま、ゼルダの話の続きに耳を傾ける。

「実は……私の力は百年に渡る封印で大きく削られました。恐らくもう一度力を使えば……私の力は枯れ果ててしまう。その一度で勝負を決めなければなりません」

 そこで一度ゼルダの言葉が止まる。
 ただ、悩ましげな表情をするゼルダとは対象的に、私の瞳は希望で満ちていた。心臓の鼓動が速まるのが分かる。もしかすると、私の力はゼルダのために──

「……っ、そこで、戦闘経験のないナズナを巻き込む形になって申し訳ないのですが──」

 はやる気持ちを抑えられず、言葉の途中でゼルダの両手を握りしめた。驚くゼルダを真っ直ぐ見つめ返し、ありのままの感情をぶつける。

「そんなの……お願いされなくてもやるに決まってる。私が、私の力がゼルダの役に立てるなんて。今まで力になりたくても何もできなかったんだから……私にできることなら何だってする!」

 今までは背中を見ている事しかできなかった。ゼルダの力になりたいと、何度も何度も願っていた──そんな私に与えられた力。
 やっと……やっとゼルダの隣に立って、ゼルダを護り共に戦うことができる。

 初めてゼルダを見たときから感じていた、執着にも似たこの感情。そして、あのときウルボザ様に言われた言葉。
 全てのピースが揃い、ここに来てやっと運命が噛み合った──そんな気がした。



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