※ 前世の夢主が登場します。
  複数夢主が苦手な方はご注意下さい。







「……行っちゃいましたね」
「……ああ」

 段々と薄れていく光を見届けながら、リンクにぽつりと呟いた。

 時の神殿跡。時のオカリナの音色に包まれた三人の魂は、百年前へと戻って行った。目の前には床に倒れる三人の姿。魂の一部を切り取ったのだから、気を失うのも……当然だろう。
 それを物珍しそうに眺めるリンクが口を開く。

「身体はここに残るんだね。僕のときは身体ごと巻き戻ってた気がしたけど」
「あのときは三日間でしたから。今回は百年もの長い時を……しかも三人同時にともなれば、制限や制約が付いてもおかしくありません」
「へえ……でも、時のオカリナがちゃんと使えてよかった。君の言った通りだ」
「ええ。だって、この子もネール様の御加護を受けていますから」

 この時代にも、私と同じ名を持ち同じ御役目を持つ子がいた。ネール様に頂いた御力でゼルダ姫を護るという御役目を。

 ただ百年前に戻るだけならガノンを討伐せずとも戻ることは可能だったのに、この三人はそんなこと思いつきもしなかったようだ。ガノンを倒してゼルダ姫を救って――こちらの世界とあちらの世界、両方救う道を当然のように選んでいた。
 そもそも過去に戻ったところでガノンを倒せる可能性が見えなければ時のオカリナを渡すつもりはなかったけれど。でも、私たちのそんな気持ちを忘れさせるほど彼等はひたすらに努力した。

「──恐らく、こちらの勇者と姫は時渡りに関する記憶が少し改変されると思います。この子は……もしかしたら、覚えているかもしれません」

 彼女の手に握られたままの時のオカリナにそっと手をかざす。実体化していたそれは次第に輪郭が透き通り、音もなく静かに形を消した。

 この子の力の覚醒がもう少し早かったら……今とはまた違う未来があったかもしれないけれど、それは今考えても仕方のないことだ。
 そもそも、現代では彼女の家族ぐらいしかネール様に従属する精霊を信仰する者はいない。年々少なくなる信仰心──力の覚醒まで望むのは厳しい状況だった。寧ろ、覚醒していないのによくここまで二人を導いてくれた。充分すぎるほど、頑張ったと思う。
 でも、それももう心配いらないけれど。

「ふふっ。誤魔化さないでちゃんと教えてあげても良かったんじゃないですか?」

 思い出すのは先程の会話。ネルドラ様が"何か"した──なんて、肝心なことを言わないのだから彼女は混乱したのではないだろうか。

「だって、そういうのは姫から伝えるべきじゃない? 僕はそこまでお人好しじゃないから」
「そうでしょうか? あ、そういえば……息吹の勇者に対する態度も、娘を取られちゃうお父さんみたいでしたよね」
「っ、それは……」

 気まずそうにリンクが視線を泳がせた。
 でも、リンクの気持ちも良く分かる。一度は世界から置き去りにされた自分と、自分の旅の軌跡──それをここまで繋いでくれた子だから。思い入れが強くなってしまうのも当然だろう。
 それに、二人にも厳しい態度に言葉だったけれど、それも全部優しさから来るものだと知っている。自分のように辛い思いをしてほしくない、その気持ちが素直に出せないだけで。

「っ、そもそも息吹の勇者がしっかりしていればこっちのナズナが悲しむことも無かったんだ。もし姫もただナズナを利用するだけなら許さなかったけど──あの二人なら、大丈夫」

 そう語るリンクの目は春の暖かい日差しのように穏やかで、思わず私も微笑みが零れた。

「……リンク、そろそろ行きましょう。もうすぐ目を覚ますと思います」
「……ああ、分かった。ナズナ」

 少しだけど最後に会えて良かった。ありがとう、リンクを忘れないでいてくれて。
 私とリンクの大切な末裔さん。



***



「……ぅ、ん……」

 ここは何処だろう。まだ頭がぼんやりしている。確か、時のオカリナを吹いたら気を失って──

「っ、そうだ! ここは──?」

 勢い良く身体を起こし周囲を見回す。けれど、この場所は先程までいた時の神殿。
 夢だった? いや、でも──何故か心が凄く落ち着いている。もう一人の私が無事に百年前に渡れた──確信に近くそう感じ、自然と涙が溢れた。

「よかった……」

 もう大丈夫。きっと必ず平和へ導いてくれる。誰も犠牲になることのない、もうひとつの未来──
 色々なものを失ったけれど、私たちのその思いが、経験が皆の道標になるはずだから。

 女神像の前に立ち、祈りを捧げる。

 奇跡のような運命の巡り合いに感謝致します。お陰で私は、ようやく御役目を果たすことができました。私たちをここまで見守ってくださり……本当にありがとうございました。



「っ、ここは……時の神殿? 何でオレ、こんな所で寝て──」
「……私は……、一体何を……」

 二人の声。よかった、目を覚ましたみたい。リンクもゼルダも、きっと無事に戻れたよね。

──あれ? 戻るって、何処にだっけ。

「っ!? ナズナ、どうした!? どこか痛むのか!?」

 リンクが慌てて駆け寄ってくる。どうしたんだろう、と思う間もなくゼルダまで急いで私の側に走ってきた。

「ナズナ、涙が……大丈夫ですか……?」

 そう言われて気が付いた。涙が頬を伝っていることに。
 私、泣いていたんだ。
 でも──何で泣いているのか、分からない。

 流れ落ちる涙とは裏腹に、私の心は清々しかった。何か大きな役目が終わったような、そんな感じがする。


 薄暗い神殿を照らすように陽が差した。崩れた壁と屋根から覗く青空は──いつか見た、穏やかな深い青。
 その暖かい日差しを浴び、いつの間にか私たちの足元で一輪の姫しずかが花を開かせていた。

back

×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -