12


 ハイラル平原を眩い光が照らした。

 泣きたくなるくらい優しくて強く、神々しい光。そしてその光が消える頃には、ハイラル中を覆っていた邪悪な気配は消え去っていた。

 二人が終わらせてくれた。百年に渡るこの終末を。




 私はひたすら祈りながら、カカリコ村でリンクとゼルダの帰りを待った。
 ゼルダは百年もの間たった独りでガノンを封印し続けていた。今までどんなに孤独で辛かったか、どんなに頑張ったか。考えただけで胸が張り裂けそうになる。

 ゼルダのお陰でこの世界は平和になったんだよ。今までの努力は決して無駄じゃなかった。もう"無才の姫"なんて誰にも言わせない。
 いっぱい頑張ったね、ありがとう。私の大切な親友。どうか、どうか無事でいて。



***



「ナズナ……只今、帰りました」
「っ! おかえり、ゼルダ……無事で良かった……! リンク、ありがとう……助けてくれて……っ!」

 涙で滲む視界でゼルダの元へ駆け寄り、思い切り抱きしめる。

 二人ともぼろぼろの格好だった。戦いがどんなに壮絶だったか、姿を見るだけでも分かる。ゼルダに至ってはラネール山で最後に別れたときの格好のままだ。
 あの後からずっと百年間ハイラルを護ってくれていたのだから当然ではあるけれど、それを事実として私に知らしめるには充分すぎるほどだった。

「よく……よく頑張ったね……っ!百年も……!」

 ゼルダが必死にガノンを封印し続けていてくれたから今のハイラルがある。「頑張ったね」なんかじゃ全然足りないけれど、今の私は心がいっぱいで、それ以上の言葉が出てこなかった。

「ナズナとリンク……二人の生命の気配をずっと感じていました。それだけが希望だったのです……っ、本当に二人とも……生きていてくれて、ありがとう……っう、」

 うわああんと、しゃくり上げながらゼルダは大粒の涙を流した。初めて見るゼルダの年相応の泣き顔に安心した私も、それにつられて再び涙を流す。

 抱きしめ合いながら泣く私たちを、リンクは優しい表情でずっと見守っていた。



***



 その後、戦いを終えた二人の身体を休めるためインパ様がお屋敷の一室を貸してくださることになった。
 厄災討伐という大仕事を終えた後なのだから、取り敢えずはゆっくり休んでもらいたい気持ちは皆同じなのだろう。

 そしてリンクは怪我こそしているもののそれほど酷くなく、ゼルダは驚くことに身体的な不調は無い様だった。強いて言うなら少し擦り傷が見られる程度だろうか。百年も飲まず食わずだったのに衰弱さえしていなくて、本当にあの日のままのゼルダがここにいる。
 姫の聖なる力──文献でしか知らなかったけれど、これ程までに強力なものなのかと目を疑った。人間の領域を遥かに越える、正に神から与えられし力。歴代の姫が称え崇められ、伝説として今も残っているのが納得できる。

 今目の前にいる二人はいつもと変わらないリンクとゼルダなのに、歴史的に見たら厄災を退けた勇者と姫。きっと二人は伝説として未来に語り継がれる。私が知る勇者伝説と同じように。
 私のよく知る人たちがそうなるなんて、なんだか不思議な感じだなあ──なんて、リンクの怪我の手当てをしながらぼんやりそんな事を考えた。

「包帯、キツくない?」
「ん、大丈夫。ありがとう」
「じゃあ次は左腕。ゼルダも、具合悪くなったりしたらすぐ言ってね」
「ふふっ。ナズナは心配性ですね。もう何度目でしょうか」
「だって心配なんだもん……」

 笑い声が部屋の中に響く。穏やかに流れる時間が心地良い。またこうやって何でもない会話ができることが泣きたいほど嬉しくてしょうがない。ようやく一歩進むことができた。その幸せをぐっと噛みしめる。

 リンクの怪我も休めばすぐに良くなるだろう。百年前は神獣やガーディアンを乗っ取られ不意を突かれたとは言え、あれだけ苦戦した相手にこの程度の被害で済んでいる。リンクは強くなった。それにゼルダも──

 時のオカリナが頭に浮かんだ。
 もしもそれが本当に存在して、過去に戻り百年前のあのときガノンを倒すことができたなら。
 ただの私の我儘だって分かってる。それに、この世界は平和になった。これ以上何かを望むなんて──
 でも、皆に会いたい。またあのハイラルで。


「ナズナ」

 凛とした声が静かな室内に響き、私の意識は瞬時に現実に引き戻された。
 その声を発したゼルダは真剣な眼差しで私を真っ直ぐ見つめている。

「私が力に目覚めてから……ナズナにも聖なる力が宿っていることに気付きました。それは恐らく古の勇者の血筋から成るもの……そして実際、ナズナは勇者の導きを受けている」

 急な告白に包帯を巻く手が止まる。
 リンクも驚いた様子でゼルダの話に耳を傾けた。

 古の勇者の血筋──突然何を言い出すのかと思ったけれど、その言葉に妙に納得するものがあった。確かに、血筋のせいならばネルドラ様の御姿を見ることができるのも、私を助けて下さったことも理解できる気がする。
 それに勇者の導き……思い当たるのはあの夢。調べながらもずっと半信半疑だったけれど、ゼルダがそう言うのなら、もしかして──

 急な話に混乱するものの、パズルのピースがはまるように、点と点が線で繋がるように、私の目の前に一筋の光が見えた。

「私も……ナズナと同じ気持ちです。この時代のハイラルは救われました。出来ることなら、百年前のハイラルも……救いたい」

 私の瞳は希望に揺れた。
 ゼルダが──女神の血を引く姫がそう言うのだ。夢物語じゃない、確信があるからこその言葉。
 本当に、皆を救えるかもしれない。

「お願いします、時の勇者の末裔。私を、百年前のハイラルに導いて下さい」



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