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──あたたかい。ここは、どこだろう。

 何も無い空間。辺りを見渡すと、緑の服を着た男の人が遠くからこちらを見ていた。
 あの時より成長しているけれど、前に夢の中で見たリンクによく似ている人。優しい表情をしているのに、何故か瞳の奥に哀しさを浮かべている。
 貴方は誰ですか、と発したはずの声は音になる前にこの不思議な空間に吸い込まれるようにして消えた。

「……全てが終わったら、時の神殿に来てほしい」

 私に向かい紡がれる言葉。あの人の言葉は届くのに、私の言葉は届かない。
 必死に手を伸ばすけれどその手も彼に届くことはなく、次第に目に映る全てが薄れていった。



***



 目を開くと見慣れない天井……ではなく、カカリコ村の宿屋の天井が目に入る。

 ……なんだか前にもこんなことあったなあ。

「デジャヴだ……」
「本ッ当にそうだよね……」
「うわあ!!」

 独り言を呟いたはずなのに思わぬ返事が返ってきて必要以上に驚いてしまう。
 その声の主のリンクは私が寝ているベッドの側の椅子に腰掛け、顔の前で手を組んで項垂れていた。どんよりという擬音がとても似合う雰囲気。深い溜め息と相まって、かなり落ち込んでいるように見える。

「オレが護るとか言っておきながら……怖い思いさせて本当にごめん」
「う、ううん。私こそ……まんまと連れ去られてごめんね。助けてくれてありがとう」

 リンクのお陰で結果として何もされなかったけれど、そもそも連れ去られたのは私の油断のせいだ。自分の身くらい自分で守れるようにしないといけないのに……反省しなきゃ。
 ただ、リンクも不甲斐無い自分に腹を立てているのは同じなようで、険しい顔をしながら組んだ手を力一杯握りしめていた。

「クッソ……苛つく。村の中だから油断してた……アイツ等ナズナに手ぇ出しやがって」
「っでも、リンクが来てくれたから大丈夫だっ──」
「ナズナ、コレ見てもそう言えるの?」
「え? ……あ、」

 珍しく口調が荒いリンクを宥めようとしたら、言葉を遮られ肩が跳ねる。言われた通り指を指された自分の手首に目を落としてみると、手枷をされていた場所に包帯が巻かれていた。それを認識した途端、軽い痛みに襲われる。

「ここだけじゃない。頭殴られただろ? あと顔とか脚にも擦り傷いっぱいある」

 その言葉につられて頭に手をやると指先が包帯に触れた。そういえば殴られたんだったっけ。
 そのまま頬に手を下ろすとそこにも包帯。布団をめくれば脚もあちこち怪我をしていて、あのときは気付かなかったけれど結構雑に扱われていたようだ。でも私の立場を考えたら当たり前か。

「ご……ごめん」
「何でナズナが謝るの。オレのせいなのに」
「……?」

 ふっとリンクの顔に影が落ちる。ぎり、と歯を食いしばるその表情には、怒りにも苦悩にも後悔にも見える感情が渦巻いているのが見て取れた。

「リンク……?」
「──しかも! あの結晶でまたナズナが封印でもされたらどうしようと思ったんだから」
「痛っ……!? いたたた、ちょっと待って!」

 リンクの様子に不安を覚え声を掛けようとした瞬間、勢い良く抱きしめられてしまった。痛いと言ったら少し力を緩めてくれたけど、それでも私を離そうとしない。

「ナズナ……」
「どうしたの?」
「…………おかえり」

 少し震えているように聞こえたそれは、私の元に帰ってくるリンクにいつも掛けている言葉。「ただいま」と「おかえり」の、なんてこと無い言葉を交わせることがどれだけ幸福なことなのかを私たちは知っている。
 リンクの「おかえり」には不安も心配も、そして安心もいろんな意味を持つことに気付かないほど私は鈍感ではなかった。

「っ、ただいま……!」

 心配かけてごめんね、と私もリンクの背中に手を回したら目頭がじんわりと熱くなった。

 しばらく二人で抱擁した後、どちらからともなく腕を緩めお互い向かい合う。そして自然と笑みが零れた。

「私が封印されるだなんて……変なの」
「だってトラウマにもなるよ。実際封印されてたようなものだったじゃん」
「大丈夫。そんな怖いものじゃなかったよ」

 ラネール山でもイーガ団のアジトでも、あの力は私を護ってくれたから。
 実際に体験してみて分かったけれど、あの結晶の中はまるで外部とは別の空間にいるような感覚だった。同じ場所にいるはずなのに、そこだけこの世界から切り取られたような……そんな感覚。だから外からの影響を受けなかったのではないかと思う。そして直感的に、時の勇者の物語が書かれたあの本はこの力と似たもので護られていると確信した。
 ただ、ひとつ気に掛かる点がある。

「あの結晶、何故か勝手に出てきたの」

 そう、ラネール山のときはネルドラ様がずっと側にいて下さったらしいから理解できるけど、今回は私一人だけだった。それだけではない。その結晶が出ている間は異様に体力が消耗して、すぐに消えてしまった。
 以前は百年の眠りから目覚めてすぐにも関わらず何ともなかったことを考えると、同じように見えて実は違う性質の力なのかもしれないけれど。

「ネルドラがどこかで見てたとかじゃなくて?」
「それが……あれ以来ネルドラ様の気配はずっと感じなくて」
「そうなんだ。オレはナズナが無事ならそれでいい気もするけど」
「うーん……でも何か引っかかるんだよね」

 引っかかりはするけれど、やっぱり今それを考えて深みに嵌るのは止めよう。ヒントが少ない今そればかりに思考を奪われたら本来の目的が遠ざかってしまう。
 とりあえず今はゼルダを助けることが最優先。私が攫われたことで一旦目的が逸れてしまったけれど、元々リンクは最後のウツシエの地で記憶を取り戻していた最中だったのだから。

「ねえ、リンクは……思い出した?」

 私の問いに、一瞬リンクの表情が険しくなった。暫し沈黙した後、ややあって口を開く。

「……うん。全部、思い出した。
本当はあのウツシエ以外にもあと一枚あって……最後の場所にも行ってたから帰るのが遅くなったんだ……ごめん」

 そう言って、リンクは目を伏せた。

 全ての記憶を思い出したということは、自分が敗北する瞬間──騎士として護るべきゼルダを護れなかった記憶も取り戻したということで。
 リンクは人一倍責任感が強い。それこそ素の自分を極限まで抑えつけ、命を懸けて任務を全うしていた。それなのに──

 リンクの心情を思うと、私まで胸がずしんと重く苦しくなった。何て言葉をかければいいか分からない。

「ナズナ」

 ふと、名前を呼ばれた。
 リンクは伏せていた目を私に向ける。それは曇りのない真っ直ぐな瞳で、一筋の迷いも見られなかった。

「ありがとう。ここまでオレを支えてくれて。百年かかったけど──やっと姫様を救うことができる。
もう二度と負けない。絶対に」

 紡がれるのは堅く決意を秘めた言葉。
 きっと大丈夫。必ずガノンを倒し、ゼルダを救ってくれる。
 そう確信させてくれる、希望に満ちた言葉だった。

「──終わらせてくる」

 これ以上、言葉は何もいらない。
 リンクの青い瞳を真っ直ぐ見つめながら、こくりとひとつ頷いた。



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