09


 あれからひと月ほど経った。
 リンクはカースガノンに囚われていた皆の魂を解放し、四神獣は今ハイラル城に向け照準を合わせている。リンクと共にガノンを打つために。
 ミファー様、リーバル、ダルケルさん、ウルボザ様……魂だけの姿になってしまったけれど、皆の決意はあのときと決して変わらない。

 そしてリンクは今、ゼルダが撮った残り一つのウツシエの地を探している。
 リンクは再びガノンに敗北することの無いよう、全ての記憶を思い出してから戦いに挑みたいと言っていた。今のリンクも充分強いと思うけど、インパ様曰く百年前は今以上に凄まじく強かったそうで。そのリンクが敗北した相手と戦う事になるのだから、万全の体制で挑みたいのも頷ける。

 一方私は夢の手掛かりを求め、リンクの旅に同行しながら調査を続けていた。
 結局二人一緒に旅をする事になった私たちは、リンクが危険な場所に向かう間に私は最寄りの村や馬宿で待機し情報収集をするという流れで旅をしている。私の知識が祠やウツシエの地を見つけるのに役立った場面もあったから、結果として旅に同行して良かったのかもしれない。
 それに、私の調査の方でも大きな進展があった。リト族のカッシーワさん──聞けば、師匠がハイラルの宮廷詩人だったそうだ。多分、私も仕事で話したことがあるあのシーカー族の男性のことだろう。
 カッシーワさんは私も知らない古の勇者にまつわる詩や曲を沢山教えてくれた。残された文献が少ない中で彼に出会えたことはこれ以上ない幸運だったといえる。
 彼のお陰で、とある"本"のことを思い出せたのだから。



***



「ハイラル城は危ないから、今回も待ってて欲しいんだけど……大丈夫?」
「うん、私も家で探しものがあるから。終わったら宿で待ってるね」

 マスターソードを背負い英傑の服を身につけるリンクの記憶は今、大部分が戻りつつある。私が目覚めて間もない頃と比べてふとした表情や仕草に騎士のときの名残を感じることが多くなってきたのも、その影響だと思う。

「それにしても……城内ってなると時間かかりそうだな。ナズナが知らない区域ってことも考えると王族の居住エリアかあるいは……」

 リンクはシーカーストーンとにらめっこしながら何やら呟いている。
 欠けた記憶に繋がる最後のウツシエはハイラル城内部。広いうえ構造が複雑な城内からこの場所を探し出すのは中々骨が折れそうだ。しかも今は所々崩壊しているみたいだし、何より魔物やガーディアンがうじゃうじゃいるし。ただ、私はそれよりもリンクが記憶を全て取り戻したときのことが心配だった。
 記憶を取り戻すこと──それはつまり百年前の悲惨な実情をも思い出している訳で。この旅の最中、リンクの辛そうな顔を何度見たのか分からない。

 不安な気持ちを落ち着かせたくて、リンクの手を取りぎゅっと握りしめる。それを感じ取ったのか、リンクは私の手を握り返し優しく微笑んだ。

「大丈夫。全部思い出したとしても今は皆が見守ってくれてる。それに、ナズナもいるんだから」
「っ、リンク……」
「だから、オレが帰ってきたらいつもみたいに"おかえり"って言ってくれたら嬉しいな」

 そう、今のリンクには皆の力が宿っている。その力を通してきっと皆も見守ってくれている。あのときと違って、孤独なんかじゃない。
 例えどんなに残酷な現実を見ることになったとしてもリンクは全ての記憶を思い出すことを選ぶのだろう。それは同じ過去を繰り返さない為であるかもしれないけれど、皆との思い出を忘れたままにしたくない──その気持ちは私にだって分かるから。

 真っ直ぐにリンクを見据え、ふっと微笑む。
 リンクが私を必要としてくれているなら私だってそれに応えたい。大丈夫。信じて見送ろう。

「──いってらっしゃい。気をつけてね」



***



 とある"本"を探すため、私は自分の家へと向かった。百年前に住んでいたあの家に。

 もう取り壊されたり誰か知らない人が住んでいるかもしれないと覚悟はしていたけれど、百年前とほぼ変わらない姿で空き家として残っていたのには目を見開いて驚いたものだった。
 村長さんに理由を聞くと、その家に住んでいた夫婦──私の両親は、大厄災で行方不明になった私の帰りを待ち続けていて「娘はいつか絶対に帰ってくるから私たちが死んでもこの家は残しておいてほしい」という願いで今もそのまま残しているそうだ。
 お父さんとお母さんは私が生きているとずっと信じてくれていた。そのお陰で今、あの夢に繋がる手掛かりを得ることができる。そう思うと未だに涙が滲むけれど、感傷に浸りすぎると作業が捗らなくなっちゃうから今はやるべき事を進めないと。


「どこにあるかな……うわっ、凄い埃」

 けほけほと咳をしながら目的の本を探す。
 山麓の馬宿でカッシーワさんが奏でていた曲──あれは何故かすごく懐かしい気持ちになる曲だった。その曲は古の勇者が愛馬を呼ぶときに奏でていた曲らしいけど、どこで聞いたんだろうと記憶を辿っていたらある本のことを思い出して今ここに至る。
 曲を奏でて愛馬を呼ぶ。そんな記述がある本を子どもの頃、読んだ覚えがあった。そしてそれは時を越える勇者の話と関係があったような気がしてならない。ただ、保護もされないまま百年経ってしまったからその本が劣化せずに残っているか心配だけど。


 神話と呼ばれるほど遥か昔の勇者の物語。空の上に住んでいたとか、影の世界があるとか色んな話があるけれど──私が夢で見た時を越える勇者の話。それに関しては、他の伝承に比べて何故か圧倒的に情報が少ない。
 その割に、両親は時の勇者についてよく私に話していた。今探している本も、お母さんが「すごく大切な本だから」と、研究資料とは分けて保管していたものだ。確かお母さんのデスクの引き出しに──

「あった! ──あれ? やけに綺麗……」

 それは水色の布に丁寧に包まれて仕舞われていた。でも、布は劣化してぼろぼろになっているのに本の表面には塵一つ付いていない。同じ引き出しの中のものには砂埃が積もっているのに。手に取ってパラパラとページをめくってみるけれど、特にシミや破れも見当たらない。

「特殊な加工でもしてあるのかな……?」

 不思議に思いながらも読み始めてみる。これを読むのは子供のとき以来だ。何度も繰り返し読んでいたはずの本なのに、何で今まで忘れていたんだろう。

 読み進める度に当時の懐かしい記憶が蘇ってくる。そこには時の勇者の物語がまるで日記の様に詳細に書かれていた。
 大きく分けて、勇者が時を越えハイラルを救う物語と、同じ三日間を繰り返しタルミナを救う物語の二部構成。タルミナという名は聞いたことがないけれど、ハイラルはこの国の名だ。何かヒントがあるかもしれない。



***



 すっかり日が暮れ、辺りは暗くなっていた。夢中で読んでいたから外の様子なんて気付かなかったけれど、お陰で収穫はあった。
 時のオカリナという楽器。それで特定の曲を奏でると時を遡ることができる。沢山曲が書かれている中で、この"時の歌"が時を巻き戻す曲なんだと思う。ただ、時のオカリナは王家に伝わる宝らしいけど現存するものなのだろうか。今までそういった類の物はゼルダからも聞いたことがないけれど……
 ううん、そもそもこの物語が事実なのかどうかも分からないじゃない。御伽噺が現実に起きた前例があるから他の伝説も起こり得るかもしれないというだけで、何も確証はないはずで。
 でも、きっと私は導かれてここにいる。例え確証なんてないとしても、可能性がある限り信じたい。

 もし、未来を知る私たちがガノン復活前の世界に戻ることができるなら。犠牲を出さずにガノンを倒し、平和なハイラルが続く。そんな世界があったら私は──


 ひとつ息を吐き、静かに本を閉じる。
 ……本当にこれでいいのかな。仮に過去へ戻れたとしても、ガノンと戦うのは私じゃない。結局は皆にすべてを任せることになってしまう。あの惨状を見た訳でもない私が勝手に決めるなんて、あまりにも無責任じゃないのか。そんな考えが頭を過ぎる。
 皆は私がしようとしていることに何を思うだろう。ゼルダにだって、今も一人で戦い続けているのにこれ以上の負担を強いることになる。頼ることしかできない無力な自分がもどかしい。私にも、皆と一緒に戦える力があればいいのに。



「それにしても……リンク、遅いなぁ……」

 一人でいると思考が凝り固まりがちだ。一旦考えるのは止めようと、懐中時計に目をやると時刻は既に夜の十時をまわっていた。リンク自身、時間が掛かるかもしれないとは言っていたけれど……少し不安になる。

「……宿で待ってようかな」

 今までも遅いときはあったから今回だって大丈夫。不安な気持ちを誤魔化すように独り言を呟いて、荷物を纏め家の外に出た。
 今日は新月。月明かりが無いぶん辺りは深い闇に包まれている。足元が見えづらいからカンテラに火を灯そうとした──その時だった。

「貴女が勇者の仲間ですね?」

 背後から声が聞こえた。その声の主を確認するより前に、私の意識は途切れた。



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