06


「……ナズナ、大丈夫?」
「うん……ごめんね。取り乱しちゃって」

 これ以上心配をかけまいと涙を堪え、リンクと向き直る。まだ現実を受け入れきれずにいるものの、いつまでもこうしている訳にはいかないから──と支えられていた身体をリンクから離そうとしたら、

「っ……? さ、寒っ!!」

 突然、凍ってしまいそうな程の外気に身体が曝され思わずその場にしゃがみ混んだ。
 ああそうか、薬の効果が切れたんだ、と慌ててポーチから耐寒効果のある薬を取り出しぐいっと一気に飲み干す。

「ナズナ!? ちょっと待ってて、オレの防寒着貸すから!」
「だ、大丈夫だからそのまま着てて……!」

 焦ったリンクが防寒着を脱ごうとするのを止めながら、私の頭にひとつ疑問が浮かぶ。
 確か最後に薬を飲んだのはラネール山に登る直前のことだった。でも、リンクの話からするとそれは百年前の出来事。じゃあ何で今この時まで効果が残っていたんだろう。そもそも、リンクと違って回生の祠に居た訳でもない私が何で今ここにあのときのまま存在しているの? 一体私の身体に何が起きて──

「じゃあ、薬の効果が切れる前に急いで山を降りよう。カカリコ村が一番近いから……とりあえずそこに向かうか」
 
 リンクの声にはっと思考が引き戻される。
 そうだ、ここから先は安全な場所に着いてから考えよう。元々雪山に来る準備なんてしてなかったから薬のストックも無いんだし。


 薬のお陰で温まりつつある身体をさすりながら知恵の泉を後にする。途中、厚い雪雲に覆われた空を見上げたけれど、そこにネルドラ様の気配は感じられなかった。



***



「本当に平気? 無理してない? 疲れたらすぐ言ってね。いつでもおんぶするから」
「大丈夫って言ってるのに……でも、ありがと」

 妙に過保護なリンクに少し圧倒されながら、二人並んでラネール参道を歩く。
 リンクは私を背負って村まで行くと言ってくれたけど、距離もあるし流石に申し訳ないということで丁重に断った。リンクは直ぐには引かなかったけれど、私の身体は不思議なくらい元気だということを伝えると渋々ではあるが承諾してくれた。

 この参道は、ラネール山を参拝する時に何度も通った道だ。神聖な場所だった参道も今は荒れ果て、魔物の巣窟になっている──はずだったけれど、ラネール山に来る途中にリンクが魔物たちを全て倒してきたと言っていたから私が見る限り魔物の姿は見当たらない。

「ねえ、リンク……カカリコ村はガノンの影響を受けなかったの?」

 きょろきょろと辺りを見回しながら尋ねる。カカリコ村は旅の途中でよく立ち寄っていたから私にも馴染みのある村だ。でも、百年経っているとしたら……この参道みたいに大きく変わってしまった可能性もある。
 この百年でハイラルのどの範囲までガノンの手が及んだんだろう。ハテノ村は……お父さんとお母さんは、無事だったのかな。

「今のカカリコ村は栄えてるよ。昔のことはオレは覚えてないけど……
それに村には大厄災のことを知ってるインパって人がいて、今その人に色々お世話になってるんだ。きっとナズナのことも受け入れてくれる」
「インパって……インパ様!? よかった、ご無事だったんだ……」

 リンクの口から発せられたよく知る人の名。私が知る人たちの中で生き残った者もいるという事実にほっと胸を撫で下ろす。
 ただ、インパ様は確か二十歳くらいだったから今はだいたい百二十歳ということになる。私の事を覚えていて下さるか不安だけど、リンクの紹介ならまず怪しい者とは思われないだろう。

「そっか、ナズナの知り合いだったんだ。それなら話が早くて助かるな」

 リンクはインパ様と私が知り合いということに少し驚いた様子を見せた。私とインパ様が面識があったことはリンクも知っているはずだから、きっとまだその記憶は戻っていないのだろう。インパ様のことを覚えていないのなら、多分英傑の皆のことも……ゼルダのことだって。

 リンクの隣を歩きながら、ちらりと横顔を盗み見る。
 リンクは今、昔のことをどのくらい思い出しているんだろう。瀕死の重傷を負い、記憶を失くしてまでもまだ勇者としての使命を果たさないといけないなんて。それが退魔の剣に選ばれた者の運命だということは分かっているし、覚悟もしていたつもりだけれど……大切な幼馴染がこんな過酷な運命を背負うことになるなんて、何の力もない自分自身を歯痒く思う。

 私が目を覚ましたときに見たリンクの表情──子供の頃から何があっても絶対に泣かなかったリンクが見せた涙。どんなに辛かったんだろう。だって、目覚めたと思ったら百年後の世界にいて記憶も無いし知人もいない。そんなの、考えただけで胸が張り裂けそうになる。
 私にできることなんて少ないだろうけど、リンクを助けたい。せめて友人として、今リンクと一緒にいられる者として支えになりたい。強く、強くそう思った。





 カカリコ村へと向かいながら、リンクは旅の途中であった色々な出来事を話してくれた。きっと私を落ち着かせようとしてくれているんだと思う。そんな気遣いに感謝をしながら、興味深い話に耳を傾ける。
 特に、リンクが腰に付けているシーカーストーン。ゼルダがよくコレで写し絵を撮っていたけれど、それ以外にも色んな機能があるようで、どの話も驚かされるものばかりだった。

「ワープ機能かあ……御伽噺の世界みたいだね。そんなことが本当にできるなんて」

 シーカーストーンをまじまじと眺めながら、私の中の好奇心が疼くのを感じた。ワープなんてどんな感じなんだろう。是非とも体験してみたいものだけれど、勇者じゃなくても使えるのかな。

「もし二人同時にワープできるなら一瞬でカカリコ村に着くんだけど……万が一オレだけワープしちゃってナズナが一人になったら危ないから、後で安全な場所で試してみようか」
「……! うん、やってみたい!」

 その提案に思わず目を輝かせると、リンクがぷっと噴き出した。

「ナズナは変わらないね。そういうところとか」
「え? ……どういうところ?」
「興味あるものに一直線なところ」
「うーん……そうかなあ」
「そうだよ。見てて安心する」

 からかわれているのか褒められているのかよく分からなかったけれど、リンクが楽しそうに笑うのを見て少しほっとした。

 今のリンクはよく喋る。表情も豊かになってまるで子供の頃に戻ったみたい。
 元々リンクはこうやってよく喋りよく笑う子供だった。騎士になってからはめっきり喋らなくなっちゃったけど……記憶を無くしたことで久しぶりに素のリンクを見れるなんて、皮肉なものだと心が痛んだ。



***



 カカリコ村には百年前とほとんど変わらない風景が広がっていた。リンクの言っていた通り、この村は大厄災の被害を免れたんだ。人々が行き交う様子を見てほっと息を吐く。だって、村に来るまでに誰一人としてすれ違う人は居なかったから。

 そして、インパ様はすっかりお年を召していたけれど、私のことを覚えていてくださった。もうリンク以外に私のことを知る人はいないことも覚悟していたから、安心して緊張が解けたのか堰を切ったように涙が溢れて止まらなくなってしまった。
 ぐすぐすと泣きじゃくる私に、インパ様は優しく声を掛ける。

「ナズナ、お前が生きとって本当に良かった。詳しい話を聞きたい所だが……今日はゆっくり休むといい。疲れたろう」
「はい……っ、ありがとう……ございます」

 宿屋に案内されながら、ようやく現実が見えてきたのか考えないようにしていたことがどんどん頭の中に流れ込んできた。

 ゼルダは今でもハイラルのためにずっとガノンを封印し続けているんだよね。きっと苦しいよね、辛いよね。私にできることなんて……あるのか分からないけれど、それでも助けたい。何でもいいから力になりたい。
 ミファー様、リーバル、ダルケルさん、ウルボザ様。ついさっきまで皆一緒にいたのに、もうこの世界に居ないなんて。本当にもう二度と会えないの? そんなの……信じたくない。

 信じ難い現実。それでも、受け入れるしかない。
 声を上げて泣く私を、リンクはずっと抱き締めてくれていた。



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