08


「絶対ダメ! オレも付いてくから!」
「でも、リンクだってやる事があるんでしょ? 分担したほうが早いと思うの」
「それはっ……そうだけど、ナズナは今のハイラルが魔物だらけってこと知らないじゃん。別行動してた方がナズナのこと気になって逆に時間かかるって!」

 ……さっきからずっとこの調子。頑なに私の側を離れようとしないリンクに疑問を抱き首を傾げる。リンクってこんな頑固だったっけ。



 私のやるべきことは何かと考えた結果、まずはあの夢で見た内容を詳しく調べるため故郷のハテノ村へ戻ってみようということになった。私の家に保管されている研究資料が少しでも残っていることを信じて。
 本当はハイラル城の図書室に行ければ一番良いけれど、今はガーディアンや魔物だらけで私が近寄るのは無理そうだから。
 リンクは旅の途中ハテノ村にも立ち寄ったそうで、村には今も人が平和に暮らしていると教えてくれた。もちろん資料のこともあるけれど、生まれ故郷が無事だったということを私の目で直接確認したい気持ちも大きいのかもしれない。

──だけど。

 ちらっとリンクに目を向ける。リンクは今のハイラルがいかに危険かということを何故か身振り手振りを交え必死に説明しているのだ。ウツシエで撮った魔物を私に見せながら。
 確かにライネルは勿論、モリブリンだって遠目にしか見たことがない。でも馬の襲歩で駆け抜けちゃえば普通の魔物は追ってこれないし、ライネルだってハテノ村までの街道には生息してないという話だし。そもそも普通に旅人が行き来してるんだから私一人でも問題なく辿り着けると思うんだけどなあ。

 聞いたところだとリンクは今、四神獣を全て解放するためにハイラル中を奔走しているらしい。神獣を解放してガノンを倒す──それはリンクにしか出来ないことだ。私の護衛をすると言ってくれるのは嬉しいけど、それがリンクの使命の邪魔になるのは嫌。ゼルダを早く助け出す為にも、リンクには自分の目的を優先してほしいのに。

「ねえナズナ、聞いてる?」
「聞いてるけど……なんかリンク過保護になってない? 昔は私一人でも旅ができるようにって武器の使い方いっぱい教えてくれたのに」

 そう、私に魔物への対処法を教えてくれたのは誰でもないこのリンクなのだから。
 流石に魔物の群れに突っ込むレベルの戦闘はできないけれど、弓矢で怯ませその隙に逃げるくらいのことはできる。それは当然リンクも知っているはず……って、そうだ。もしかして、まだその記憶が戻ってないのかもしれない。そうだとしたらこう過保護なのも頷ける。

「リンク、大丈夫だよ。子供のときリンクが色々教えてくれたお陰で一人旅できる位には成長したんだから。今は覚えてないかもしれないけど、」
「覚えてる」
「きっとそのうち……え?」
「だから、覚えてる」

 そう言うリンクの表情はさっきまでと打って変わって真剣そのもので。急にそんな顔を向けられたものだから私の心臓はどきりと跳ねた。

 というか、「覚えてる」って。それじゃあ何でこんな食い下がるの。
 そりゃあ近接戦は結局最後まで教えてもらえなかったから不安はあるだろうけど、そのぶん逃げ方はこれでもかというほどに教えてくれた。だから実際今まで大きな怪我なんてせずに一人でやってこれたのに。

 段々と速くなる鼓動とリンクの真っ直ぐな視線に引っ張られ、隠していた感情が顔を覗かせたような気がした……けど、ぶんぶんと頭を振ってそれを無理矢理しまい込む。

「──そうだ。シーカーストーンのワープ機能使えば移動に時間掛からないんじゃないかな。ナズナもやってみたいって言ってたし……どう?」

 訳の分からない感情に振り回されてまともに目を合わせられない。
 優しい声色で問うリンクに、私はただ頷くことしかできなかった。



***



 カカリコ村を一望できる崖の上に鎮座するタロ・ニヒの祠。百年前とは違い、神秘的で綺麗な青い光を放っている。
 リンクの話によると起動した祠であればすぐにワープ出来るらしい。便利なものだなあと感心しながら台座を撫でる。

「同時にワープ出来るとしたら……多分、手を繋いだり身体が密着した状態にすると良いと思うんだけど」

 シーカーストーンを弄りながらそう呟くリンクの言葉に、私は悶々と今朝のことを思い出していた。

 密着、密着……私は何てことをしてしまったんだ、幼馴染とはいえベッドの上であんなにくっついて寝ていたなんて。今はもうあのときみたいな子供じゃないのに。

 改めて思い返すと恥ずかしくてたまらなくて、思わず頬が紅く染まる。それに気付かないリンクは私の右手をあたたかい手でそっと包んできて、心臓が一際大きく鳴り響いた。

「ち、ちょっと待ってリンク! 深呼吸させて……」

 さっきからどうもおかしい。私、いつもリンクにどうやって接してたんだっけ。平常心を保とうとすればするほど変な挙動になってしまう。
 それはきっと子供の頃のことがやけに頭に浮かんでくるからで。思い出してしまったきっかけはリンクがあの頃みたいに私に接してくるから、だと思う。突然のことだったからまだ気持ちが追いついてないんだきっと。

「もしかしてワープ緊張する? 最初は驚くけど全然怖くないよ」

 緊張するのはワープより手を繋いでることなんですけどね! ……なんて、そんな私の心の内を知らないリンクは平気な顔で手を繋いでいる。
 今朝もそうだったけど何でリンクは平気なんだ。慣れてるのかな。リンクは優しくて強くて格好良いから女の子の方から寄ってくるだろうし、手を繋ぐくらい別にどうってことなかったり……ってなんだか落ち込んできた。なんで。


「じゃあ、いくよ」

 リンクがシーカーストーンを操作した途端ふわりと二人の身体が浮き上がり青い光に包まれ、思わず目を瞑る。
 そして──すぐに浮遊感は無くなり、恐る恐る瞼を開けると目の前にはカカリコ村ではない村の風景が広がっていた。

 正面にそびえるラネール山。村の奥に見える棚田には、収穫を控えたであろうハイラル米が黄金色の絨毯を作っている。そして鼻をかすめる独特な草花の染料の香り。所々景色は違うけど、見間違えるはずは無い。ここは私とリンクの故郷、ハテノ村だ。
 リンクから聞いてはいたけど……本当に無事だったんだ。実際に平和なこの村を見たことで、少し心が救われたような気がした。

「ハテノ村は大厄災を免れて……今もオレ達がいた頃みたいに栄えてるんだよ」

 暫しの間言葉を失う私にリンクは優しく語りかける。心なしか、繋がれた手に力が入った。

 私の体感ではつい数日前までこの村にいた。でも、記憶の中の景色と今のこの景色は違う。だってあれから百年経っているから。
 お父さんもお母さんも友達も……きっともうこのハテノ村にはいないのだろう。それでも、今の時代にもこの村は存在している。

「……おかえり、ナズナ。またオレの側に戻ってきてくれて……ありがとう」

 言葉を失ったままの私に、リンクは話を続ける。

「ナズナの記憶を思い出した時、死ぬほど後悔したんだ。時間はいくらでもあったのに……何で気持ちを伝えなかったんだって。
でも……ナズナは生きていてくれた。また会うことが出来た。オレはもう、二度とナズナと離れたくない」

 ゆっくりと私と向かい合う。私の空いているもう片方の手もリンクの手に包まれた。

「好きだ、ナズナ。小さい頃からずっと」

 沈みゆく眩い夕陽が私たち二人を照らす。
 リンクを見上げると、金色の髪がきらきらと風に靡いていた。真っ直ぐ私を見つめるのは真剣な大人の男の眼。心なしか頬が紅く染まっているように見えるのは、きっと夕陽のせいなんかじゃない。

 瞬間、今まで見ないように蓋をしていた気持ちが込み上げてきた。
 嬉しい。切ない。苦しい。愛おしい。
 はっきりと自覚した。

──私は、リンクが好きだ。


 子供の頃から一緒にいるのが当たり前で。本当は、ハテノ村を離れてなんてほしくなかった。でもそれは私の我儘。リンクは立派な騎士になるんだから、邪魔しちゃ駄目って言い聞かせて笑顔で見送った。ハイラル城でお仕事ができればリンクにいつでも会える、初めはそんな理由で両親の研究を必死に手伝った。

 でも──リンクは模範となる騎士になり、昔みたいに喋らなくなった。退魔の剣に選ばれ、重大な使命があることを知って……
 恋愛なんて浮ついたこと言っている場合じゃない。リンクの邪魔になるくらいなら、この気持ちに蓋をして心の奥にしまっておこう。今まで通り仲の良い友人として──そんな関係でいよう。そう思っていたのに。

 今、私たちにはハイラルを救う使命がある。本当は恋なんてしている場合じゃない。分かってるのに……それでも、溢れる気持ちが言葉になるのを止めることはできなかった。

「……っ……私も、リンクのことが好き……! ずっと、ずっと前から好きだったの……!」

 思いを口にした瞬間、ぐいっと引き寄せられた私の身体はリンクの腕に優しく包まれた。
 リンクの温かく懐かしくもある体温と波打つような鼓動が伝わってきて、リンクもこんなにドキドキすることがあるんだ、と驚くと同時にくすぐったい気持ちになる。きっと痛いくらいに鳴っている私の心臓の音も、リンクに聞こえているのだろう。

 暫くの抱擁の後、リンクは名残惜しそうに身体を離す。互いの視線が交差した。綺麗な青い瞳──
 ふと、頬に手が添えられ思わず目を閉じる。
 陽が傾き長く伸びる二つの影。それが重なったとき、一陣の風が二人の頬を撫でた。



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