07


 夢を見た。
 それは、少年が時を越えて世界を救う物語。

 その少年が奏でる不思議な旋律を耳にすると、心の奥から懐かしさが込み上げてくる。どこで聞いたことがあるのかも分からないのに、まるで魂にでも刻みつけられているかのような記憶の奥底に眠る旋律。
 それを奏でるオカリナの優しくも儚い音色が私の身体をふわりと包み込み、少年と共に幾度も時を越え冒険をして──そこではたと気付く。

 その少年が、リンクとよく似ていることに。



***



 目を開くとそこには見慣れない天井が。窓からは朝日が差し込み、何処からか聞こえるコッコの鳴き声が静かな部屋の中に響いている。それをぼんやりと聞きながら、まだ覚醒しきっていない頭を回転させた。

──そうだ、昨日カカリコ村に到着したんだっけ。それならここはカカリコ村の宿屋……で合ってるよね。

 先程の夢のせいか、今この状況が夢なのか現実なのかよく分からなくなっている。まるで自分がそこに居るかのような夢だったから。

「……?」

 とりあえず顔でも洗おうかと身体を起こそうとしてみるものの、何だか狭くて動きにくい。それに身体の上に重みを感じるような……何だろう。ふいと顔を横に向けてみると、

「ッ!!??」

 目に飛び込んできたのはリンクの寝顔。しかも抱きしめられている状態でこれ以上ないほどに密着している。ああ、だから動きにくかったんだ……じゃなくて!

 ななな何? 何で同じベッドでリンクが寝てるの!? 私何かしたっけ……いやいや、そんな空気じゃなかったよね……!

 声にならない悲鳴を上げ、パニックになりながらも昨夜の事を必死に思い出す。
 確か泣き通しの私を慰めてくれていたリンクはずっと側にいてくれて。でも多分、私が泣き疲れて寝ちゃった……のかな。それで私を起こさないように……? うん、きっとそうだよね。何もしてない。多分。

 心臓がうるさいくらいにばくばく鳴っている。まさか聞こえてないよね。ちらっと横目で確認すると、リンクは目を閉じ規則正しい寝息を立てていた。ほっと胸を撫で下ろし、リンクの寝顔を見つめる。
 そういえば、大人になってからリンクの顔をこんなにじっくりと見るのは初めてかもしれない。整った顔。まつげ長いなあ……って何考えてるの私は!
 胸に手を当てながら自分自身に突っ込みを入れる。流石に心臓が持たないからどうにかしないと。でも、リンクがくっついているから起きられな……

「ナズナ、起きた?」
「ぎゃっ!? 」

 突然飛んできたリンクの声に、思わず間抜けな声が出て身体が跳ねた。

「ごっ、ごごごめんリンク! 起こしちゃったよね!?」

 心臓止まるかと思った……! そうだよね、こんな密着してて起きない訳ないじゃない。リンクは人の気配に敏感なんだから。
 焦る私をからかうように見つめるリンクの口元は弧を描き、それはもう憎らしいほど嬉しそうににこにこと笑う。

「大丈夫。目を瞑ってただけでナズナが起きる前から起きてたよ」
「なっ……!?」

 何で寝たふりなんかしてるの! ……と言いたかったのに、動揺からか喉でつかえてしまう。寝息まで立ててるものだからすっかり騙された。
 まるで子供のような悪戯な笑顔を浮かべるリンクをじろりと見ると、ごめんごめんと言いながら起き上がりのんきに軽く伸びをする。

「ちょっと早いけど朝ご飯にしようか。キノコオムレツ作るよ。ナズナ好きだったでしょ?」
「えっ、いいの? ありがとう!」

 リンクの提案に目が輝いた。そういえば昨日は食べる気が起きなくてホットミルクしか飲んでいなかったから、それなりにお腹が空いている。それにリンクの手料理を食べるのなんていつぶりだろう。ハテノ村を離れてからはそんな機会無かったから。
 楽しみだなあ、なんてわくわくしながら私もベッドから起き上がると、リンクがまたふふっと笑った。

「食欲、戻ったみたいで良かった」

 その言葉に顔が赤くなる。食い意地張ってると思われたかな。でも、食欲戻るほど元気になったってことだし、何よりリンクのご飯が食べたいし!
 うんうんと自分を納得させつつ二人で炊事場に向かう。


 百年ぶりに食べたリンクの料理は、あの時と変わらず美味しかった。



***



 朝食後、百年の間に起きた出来事についてインパ様に改めて詳しく教えて頂いた。
 今ならもう落ち着いて聞くことができる。ゆっくり休んだことで頭が整理されて、今の状況を受け入れることができるようになったのかもしれない。

「それにしても……百年の間、お前の身に何が起きていたのだ?」
「それが……私も分からないのです。リンクが教えてくれるまで、百年経っていることにさえ気付きませんでした」

 実際、あのとき私はほんの数時間……いや、数分気絶していただけだと思っていたのだから。一体私がどんな状況にあったのかなんて全く判らない。

「ううむ……それならリンクよ、どのような状況でナズナを見つけたのだ?」

 インパ様がリンクに話を振るのを聞きながら、そういえば私がどうなっていたのかまだ聞いていなかったことを思い出す。あのときはネルドラ様のことで頭がいっぱいだったから。
 リンクはうーんと唸った後、「見たままの状況しか話せないけど」と前置きしつつ話し始めた。

「ナズナは氷のような水晶のような……結晶みたいなものに包まれてたんだ。その結晶を護るようにネルドラが覆い被さってて──」

 ネルドラ様が私を護るように……? そこでふと思い出す。もしかして、気を失う前に私を包んだあの光。あれはネルドラ様のものだったのだろうか。
 そういえば、薬の効果さえも消えずに残っていた。まるで私の時間をそのまま止められたかのような魔法のような力。確かにネルドラ様の御力だとしたら納得がいく。

「──リンクよ、ナズナをどのようにその結晶から助け出したのだ?」

 インパ様も驚きを隠せない様子で、リンクに話の続きを促した。

「最初は怨念のせいで近付けなくて。でも声が聴こえたんだ。多分……ゼルダ姫だと思う。怨念を祓えばナズナは助かるって言われたけど、その後のことは必死だったから……よく覚えてない」
「っ! ゼルダが……!?」

 ガノンを封印しながら私のことまで……何としてでも助けないと。一刻も早く。


 神話や御伽噺のような出来事が立て続けに起きている。思い返せば、ネルドラ様の御姿を見ることが出来るようになってから私は何かに導かれていたのかもしれない。
 私を呼ぶように響いていた声、それにリンクが見たという私を護る結晶。それがネルドラ様によるものだとしたら──きっと、私が今ここに居るのには何か理由がある。
 加えて今朝見た夢。時を越え、世界を救った勇者の話。私は知っている。そんな内容の神話があることを。何故今このタイミングでその夢を見たのか、意味があるような気がしてならない。もし……その神話が現実に起こり得るものだとしたら。

 ウルボザ様の言葉を思い出す。ゼルダの助けに成り得る力──私がここに居ることが必然であるのだとしたら。ハイラルを……ゼルダを、救えるかもしれない。



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