ゲルドの王と双子の歴史学者
「ほう、約束通り付けてきたようだな」私を見るや否や、満足気に軽く口角を上げるガノンドロフ。その視線は私の耳元のコハクの耳飾りに向いている。
読んでいた本を閉じ、ゆるりと椅子から立ち上がり私の方へ歩いてきたと思ったら、優しく腰を抱かれ左耳をつうっとなぞられた。大人の色気を纏う彼は、私の肩が少し跳ねるのを見て妖し気な微笑を浮かべる。
「……でもこれ、綺麗だけどずっと付けてると耳が重いかも」
先日ガノンドロフから贈られた耳飾り。どういう訳かこれを付けていないとゲルドの街への出入りを禁止されたので、無くさないよう普段から身に付けるようにしていた。しかし、装身具を身に付ける習慣の無かった私はその大きさに未だ慣れずにいる。
「ならば小振りなものを作らせる。指輪のように簡素なものが良いか?」
「もう、そういう意味で言ったんじゃないのに」
彼はさらりと当たり前のように言ってのけるけれど、ただでさえ特注品の指輪を貰ったばかりだ。こんな高価なものを何個も貰うのは流石に後ろめたい。指輪の事もあるから耳飾りは市販品で良いと言ったのに、彼は忘れてしまったのだろうか。
「前も言ったじゃない。余所者のために無駄遣いしちゃだめだよ」
「何を言う。お前はオレの妻になるのだから余所者などではない」
「……妻?」
思いがけない言葉に目をぱちくりさせガノンドロフを見上げる。きょとんとする私に彼は呆れたように大きな溜め息をついた。
「指輪を渡した時に言った筈だが? まさか、忘れた訳ではあるまいな」
「……あ、」
記憶を辿ってみたら、確かに「一生隣に居ろ」のような意味合いのことを言われたのを思い出した。同時に、この外せない指輪はそういう意味だったのかと自分の右手の薬指を見ながら納得する。左手じゃないから気付かなかった。
きらきらと青く輝く指輪。込められた想いを知るとそれがとても愛おしいものに見えてきて、心の奥から嬉しさが込み上げ柄にもなく頬が緩んだ。
「抱いた人みんなに言ってるものかと思ってた」
「……お前はオレを何だと思っている」
「だって愛人とか沢山いるでしょう? ゲルドってそういう文化じゃない」
ゲルドでは百年に一度しか男が産まれない。そして産まれた男は仕来りとして必ず王となる――そんな特殊な文化や民族性であれば、そういうことがあるのは当たり前だと推測はできる。
そんな私の言葉にガノンドロフは苦虫を噛み潰したような顔になり、私の腰を抱く力を強めた。いつも余裕のある表情の彼がこんな顔をするなんて珍しい。
「お前に会ってからはお前以外抱いてなどいない。側室制度もオレの代で廃止する予定だ」
「え」
先程から彼の言うことに驚いてばかりだ。でも、その言葉が本当なら私は思っているよりかなり大切にされているらしい。気恥ずかしさを感じながら、照れ隠しに小声で呟く。
「……一万年以上前から続く文化なのに」
「フン、一万年以上男が産まれずとも存続したゲルドに今更必要あるまい」
「そうかなあ……」
そう言いながらも溢れ出た嬉しさが顔に出ているのが自分でも分かる。
今までずっと感情を表に出すのが苦手だと思っていたのに、彼と居るとどうも顔に出てしまうくらい心が強く動かされてしまうから不思議だ。
「そんな事より……魔力が昂っているのだろう。また相手をしてやる」
「あ、やっぱり分かるんだ」
「オレと同じ魔力だからな」
ぽんぽんと頭を撫でられ、それが心地良くて目を細める。
魔力を持つ人間が殆ど居ないこの時代、人に迷惑をかけないよう強い魔力をずっと押さえつけるのはかなりのストレスで、小さな頃から悩んでいた。
それは彼も同じだったようで、私達は時折互いの魔力を思い切りぶつけ合い戦うことでストレスを発散している。少し物騒に聞こえるけれど、私達にとってみれば言わば気分転換のスポーツみたいなものだ。
そして不思議なことに私達の魔力はとても良く似ている。元々惹かれ合う運命だったのかもしれない、なんて乙女みたいなことをふと考えつつ彼の腕にしがみついた。
「処刑場跡に飛ぶ。対暑装備は足りるか?」
「うん。フリーズロッド持ってきたから平気」
「……お前が使ったら砂漠に雪でも降りそうだ」
「わあ素敵。やってみようかな」
今日も私が負けるだろうけれど、楽しければそれでいい。
期待に胸を弾ませながら、彼の空間転移魔法に身を委ねた。