薄いピンクが空を舞う。

その日、僕はあおいとりを見つけた。




空は青々と、季節に相応の天気。
少し強い日差しがコンクリートに設備された地面の表面温度を更に高くする。
北校舎の端にて、風にざわめく木々のカーテンに身をゆだねながら、レンガ積みされた花壇の塀に腰を落とす。

「みやさかーっ!やったな、俺ら二人ともこの高校入れたんだぜ!?」

「それ、昨日も一昨日もその前の日も言ってたじゃない。というか入学してからずっと」

はしゃぐ友人。そりゃ、確かにはしゃぎたくなるのもわかる。だって、難関校とされていたこの学院に入学することが出来たのだから。

「っふー、でもにわかにまだ夢を見てるみたいだぜ……」

「入学して一ヶ月半たってるっていうのに?」

あの桜も今では新緑に輝いている。温度もあの頃より高くなってきている。季節の変わり目。

へへへー、と無邪気に彼は笑う。

「そいや宮坂は陸上部だっけ、入ったの」

そうだと、頭を縦に振る。

「確か副会長が今のエースだっけ」

澄み切った青空を眺めながら、不意に零れた言の葉。

ぴくり、少し身体が反応して跳ね上がった。

また先ほどのように頭を縦に振る。

「"風丸一郎太"、だっけ。美人だよな、あの人男なのに。理事長の身内らしいぜ」


かぜまるいちろうた。


音を吐き出さずに、唇でそのひとことひとことをなぞってみる。



この学院に入ったとき、ひときわこの瞳に飛び込んできた蒼い鳥。

しあわせを運ぶブルーバード。

いや、彼自体が僕にとってのしあわせの塊であって。

世間ではこれを"一目ぼれ"だなんて言うらしい。

だから、かもしれない。彼と同じ部活に入って、同じ時を刻もうとしたのは。

元々陸上部であった自分に歓喜した。運命とはこのことかと、そう思った瞬間でもあった。

――でも、何だか…いや、出逢って一ヵ月半の自分が言えることではないが、


「……でも最近、風丸先輩は様子がおかしい」

「…あー、俺んとこの先輩もそんなことぼやいてたな。」

「……先輩…?」

ふと気になって、復唱してみる。ひらり、残っていた桜の花弁がひとひら、肩に落ちる。

「ん、ああ。俺サッカー部入ったンだけどさ、キャプテンやらが古い付き合いらしくてさ。結構あの人の親友やら知り合いなんだよね、全体的に。」

昔っつーか前まではよくちょくちょく顔出してたらしいんだけど、最近になってもっぱらそれが無くなったんだってさ。

まあ、俺らが入る前だったらしいからいまいちわかんねーんだけどさ。

ははは、と笑う友人。

「なーに世界の終わりみたいな顔してンだよ。確かにあの人はお前の目標だけどさ、きっとたまたま体調悪いんだよ。きっと、な?」

そう自分を励ます隣。目標ではなく、恋愛対象だと言えばどんな顔をするのだろう。

「…ん、ありがと」

ふわり、微笑みを。


「あ、先輩!」

と、隣の友人が嬉しそうに声を上げたと思えば、その先に三人の人物が。

「お前か、どうしたんだ」

トレッドのひとが、ひとこと。

「いやー、ちょっと。先輩たちもどうしたんです、こんな昼間に」

やはり嬉しそうな友人。

「図書室で、スパルタ勉強会」

無表情で答えるのは、色素の薄い髪を逆立てたひと。

「へ?」

「うげー、いいじゃーんまだテストじゃねーし」

ぶーぶー言っているバンダナのひと。……何処かで見たことが。

「油断してるとまた赤点取るぞ。更に最近は風丸も本調子じゃないというらしいからな。風丸ばかりにお前を任せられん。」

「此処はいっそ満天でも取ってみたら風丸も喜ぶんじゃないか?」


"風丸"…、かぜまる……?


「風丸先輩が、どうかしたんですか」

思考よりも口が先に動いていた。

そして、気づく三人。

思い出したように、トレッドのひと。今僕も思い出したけど確か生徒会長のひとが、口を動かした。

「そうか、お前は陸上部だったか。」

そんなこと、どうでもいい。このひとたちは、知っているのだろうか。今の、あのそよ風の流れを。

「風丸は別に授業を受ける分にはなんとも無い。……ただ、逆にそれで精一杯なんだろうな」

「せい…いっぱい、ですか……?」

何だろう、知りたがってるくせに、この奥からはいずるような重い感覚。まるで、虫が身体を這って来るような、そんな悪寒。

「……俺達が聞いても本人は"大丈夫"としか言わないんだがな。」

「………。」

謎。そう、ナゾ。
疑問、とも呼べるこの感情。
彼、風丸一郎太は何故一ヵ月半前から、様子が少し変なのだ。
かといって、病気で授業やらを欠席しているわけではない。
いや逆に普通に授業の講義は受けているらしい、のだが。

「何か、あったんですか」

例えば、"何かに巻き込まれた"、とか。
























「――………あ、」

ばさり、飛びだって行く雀が一匹。
隣で読書をしていた彼が問いかける。

「何かあったのか」

白い髪が目につく。その闇色の瞳がこちらを覗く。相変わらず黒曜石のような瞳だと思う。

「……ただ、何と言うか…、うん。」

そうか、と一拍おいて了承し、彼はまた読書にふけた。

闇野カゲト。通称シャドウ。
それが彼の名。何だかよくわからないけれど、取り合えず自分に会うためこの学院に編入してきたらしい。本当、シャドウが考えていることはいまいちピンとこない。いや、きたらきたでどうなんだろうか。うん。

「姫、」

ぼふっ。

手元にあった本で軽く叩く。理由は簡単で、"「姫」と自分のことを呼んだから"。

「何回言ったらお前はその呼び名を止める?」

敬語もやっとなくなったと思えば、今度は其れか。

「しかし……」

戸惑うシャドウ。こっちが困惑しているんですが。
ため息がぱふり、本を閉じる音とハウリングする。
「あのな、お前は俺の出身やら色々知ってるらしいが、生憎俺にとってはどうでもいいんだ。別に今の生活に不自由や空虚感さえ感じないし、むしろ今の生活が俺は好きだ。これ以上何かを変えることなんてする気はさらさらない。」

「其れが時期当主の言い分か。」

だから、俺はそんなの興味無いって言ってるだろ。
呆れて頭を抱える。

「屍とも遭ったというのに、まだ逃げ続けるのですか。」

「誰もそんなこと…っ!――というかもうあれから一ヶ月経ってるけどそんなアレは出てきてないじゃないか」

アレ――シャドウが屍と呼ぶ、一見人間のようなもの。いわゆるゾンビ。
しかし後々説明を聞くと、少し違うのだと改めてわかった。
ひとつ、彼らは既に生は絶っているということ。
ふたつ、彼らは普段は他の人間にまみれて生活していること。
みっつ、一年に一、二回彼らが暴走する夜があること。
よっつ、彼らは輪廻を外れた外道であること。
そして、成仏すれば彼らが屍として築いてきた記憶は無くなること。(例外有)

自分は、シャドウと契約して何回かは屍とやらを成仏させたらしい。
何故微妙に文法がおかしいのか、それを行ったのが自分であり自分ではない存在だから。


「言っただろう。基本彼らは普通の夜は暴走しない。」

「じゃあなんで」

「それは"風丸一郎太"が覚醒したからだ。」

きっぱり。

「言い換えれば、"あの"姫神家時期当主がその能力を咲かせたのだ。」

それだけ力が大きければ、それに感化されるものもいるだろう。
例えばあの、金髪女装変質者しかり。

「………、」

口が、ものを言わなかった。抵抗を、させなかった。
シャドウの言葉は確かに真実をそこ突いていた。
否定できない真実。それは当の本人が一番よく知っていた。

"姫神風漸華"

ひめがみふうぜんか。

絹のように淑やかな、足首まである碧。
瞳は血のような暁を写した紅。
その細く白い手足。
無垢の白い女性物の着物。
実際彼は、"じぶん"だと言ったのだ。
それに自分は妄想癖でもなんでもない。いや、もしそうだとしても痛感したことのない痛みなど簡単にリアル再現できるわけがない。その前に本能が反応する。


「――兎にも角にも、お前が俺と契約を交わしたのは、姫神と闇野の関係が復興されたこということだ。すなわち姫神家の復活。」

ぱたん、シャドウが呼んでいた本が息を上げる。

「つまり、お前はもう"姫神"の人間、裏の世界に足を踏み入れたということだ。」

そう、もう言うことはわかる。

でも、だから……だからって………!



俺ハ今ヲ守リタインダ。





(後戻りはできないって、嘲笑ってる)




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