はいからな空間。 そこに少年はいた。 窓さえもなく、ほこりっぽい小さな箱の中。 牢の中。 固く閉ざされた鍵。それは少年を一歩もここから出さまいと、安易に開けないように。 その中少年は、何を考えるも無く座り込んでいた。 浅葱の、手入れもされず伸び続ける長い髪は地面を這いつくばっている。 血のような紅い瞳は、何を悟ることも無く。 どたっ、 重い音が鉄棒越しに響いた。 少年がふと、振り返るとそこには警護の者は倒れており、その代わり黒髪の美女が此方へと。 少年は、怯えなかった。否、怯える必要も無かった。それに怯えるという感情を言葉を、彼は知らないのだから。 美女はその美しき黒い絹の髪を躍らせながら、少年の牢の前に立つ。 そして少年を手招く。少年は躊躇いも無くそれに従う。 すると、触れる肌。 「貴方が女として、いえ、姫神以外の家系に生まれていれば――」 少年には彼女が言っている事がわからない。ただの、音の羅列。 「ごめんなさい。だから、貴方は私が護りぬきます。……あの子の様には必ずしや、させはしません。」 泣きながら子を抱きしめるその女性を、少年はどう思っていたのだろうか。 彼女も、少年が何もわかっていなかったことを、どう思っていたのだろうか。 すれ違うもの。 * * * 姫神。ヒメガミ。そうだ。 ふと、重苦しい心を持ち帰った自室。 彼が、言っていたのだ。もうひとりの、自分が。 意識すれば、現れる世界。 その長い髪をゆらゆらと遊ばせながら、瞳を開く人形。 白銀の着物を着初めた、自分。 「――お前は、なんなんだ」 そう、問いかけをする 暁が、もうひとりを眺める。 しかし、答えない。 「だから、お前は、俺はなんなんだよ……、」 睨む、矛先。 じりじりと落ちていく背景。 彼は、黙ったまま。 「何で俺はこんなことになってんだって、聞いているんだよ!」 何で、なんで、どうして、わからない。 疑問とも言える言葉が次々と湧き上がってくる。――溢れそうな程。 やつは、アレは知っている。そう、感じるのに、でも、わからない。不思議で、気持ち悪い感覚。なんなんだよ、なにもかも、ぜんぶ。 ふたつはひとつのはずなのに。なんでこんなにわかれてしまってるのだろう。 「お前だって俺の一部なんだろ。じゃあ答えろよ、知ってるんだろ、何で教えてくれないんだ。そもそも何故お前はいきなり出てきたんだよ………――教えろよ、全部」 お前は知っているのに、何で俺は知らないんだよ。 いつの間にかその襟元を掴んでいた。刃のような隻眼が此方に向かれていた。哀れに。 ばどぼっ、 どっ、と体が叩きつけられ、いや投げつけられて少し背中が跳ねた。少し、口から鉄の味が飛び出た。 つまり、彼に弾き飛ばされた。何故だろう。これは一種の精神世界だというのに、体は車に跳ねられた様に痛い。頭も、ぐらぐらと脳震盪を起こして、目が飛び出そうになった。 げふげふと咳き込む。リアルな感触が体を侵蝕していく。わあわあと刺青のように、虫のように這い上がってくる。 「わたしはおまえ。おまえもわたし。でも、わたしはおまえじゃない。おまえも、わたしじゃない。」 気づけば直ぐそばにその風。そこの俯瞰から自分を見下ろしている。見下している。 やさしいようにみえて、冷たく、棘のある声。 雪と同じ。やわらかそうでも、冷たく、痛々しいもの。 そして、近づく瞳。 「――わかるでしょう、おまえは七年前のわたしとは別物。おまえだって、七年前に形作られたわたしではないの。」 触れる、指。頬。髪。睫。瞳。 おなじで、まったく違うもの。この意味、おまえならわかるでしょう。 目が覚めたら、夜であった。 既に月は黄色く照らされ、夜の訪れを静かに物語っていた。 身体を、起こす。やはり、痛みもあの鉄の味もしない。 「――………"おなじで、まったく違うもの"」 風漸華が言った言の葉に、水をやる。 突如、甲高い音。いや、耳鳴りだ。 「っつぁ…!」 あの時のように、ぐらり、と頭が揺れる。痛みは、増して行く。 へた、へた、へたり。壁に手をつけながら、何とか歩き出す。何かに導かれるように。 行かなければいいのに。そう、頭が言うのに身体は言うことを聞かなかった。 がし、がし 足音が妙に大きく聞こえる。 ぐわんぐわんとそれに相反して頭の中で何かが響いてくる。 月明かり。夜更け。華は蕾へと閉じる。 静かすぎる程。静か過ぎてその静けさまでもが音に聞こえる。 そして、学院の端。木々が生い茂り、一種の森と化した場所。 その中央広く、一人の少女が。 体の血がわあわあと迅速に巡回しているのがわかる。 「―――」 振り向いた。その表情はまだあどけない。制服や背丈からして、中等部辺り。 しかし、その右手に持つのは何だろうか。ぎらりと満月を映すカッター。 その空いた左手に持つのはどこから持ってきたのだろうか、錆付いた鉄バット。 けけけけ、哂う少女。 昨日もこんなのに遭遇したような気がする。 そんなことを思ってみるも、頭が限界なってきた。 視界は遠く、身体は重い。 ――嗚呼、もう、無理………。 そう、満月と屍から目を背けた。 だから、 「でしゃばるな」 おまえが出てくるところじゃない。 「あはっ――あはははははははははははははははははははははははははははッ!!」 彼が意識を醒ました時、目の前には狂い果てる狂気。凶器。 「――狂ってる」 ぼそり、あきれた風に呟く。 それが聞こえたのか、甲高く哂う少女はぴたり、それをやめた。 ふ腑、ふふふ、腑腑。 かたかた、人形のような動きに変わる。正直、気味が悪い。 そして狂った人形は歌を謡いはじめる。 「ねえ貴方、都市伝説って知ってる?知らないよねそうだよね。じゃあ今から私が話してあげようか!そうかしてあげようじゃない。あのねあのね、この世界には死んだ人が生き返るんだってさ!凄いね、私目が飛び出そうだよ!え、知りたいの?このシステムというかなんかなんか!じゃあ教えてさしあげ――」 「黙りなさい。下衆が」 音を掻き消したのはこれまた音で。喋り呆けている不良品に、首のほうへと穴を開ける。当たり前のごとく、暖かい水がそこから噴水のように吹き出た。 はふはふ、ふぎゃあ、泣き喚くモノ。 転び、下の雑草共にその穢れた血がこびり付く。 煩い。昨日のよりも煩い。少しは黙らないのかしら。 風漸華の中で芽生える苛立ち。その瞳が満月と足元を垣間見える。 ぐりぐり、あまりにもうざったらしいので踏み潰してみる。 「いっだぐぁーいッ!あッ…どこそが、気持ちィいいばああああ」 流石の風漸華でもこれは背筋に悪寒が走る。ほんとうに、いやこの存在自体気味が悪い。 踏み潰しているその体から出てくる奇声。 醜い。汚らわしい。 煩くて、その口ごと引き裂いて成仏させてやった。 「――お体は大丈夫でございますか。」 あの煩いのが消えた後、直ぐに現れるは白い獅子。 跪いている。 「……見たらわかるでしょう。」 ひた、と気づいたように彼は見上げる。その小さな満月はもう、紅く侵蝕されていた。 あの穢い返り血がこの罪を背負った身体にこびり付いている。 ふと、校舎やら建物の方を見れば、先ほどの音に気づいたのか一つ部屋に明かりがともされて。 もう此処は用済み。この地面に塗れた血も屋上からその目を覗かせてる輩が"無かったこと"にするだろうと、その場を踏みしめた。 白い獅子と風の御子。 * * * ふと、音が聞こえて目が覚めた。 電気をつけ、窓から顔を出す。 聞こえたのは確か、あの生い茂った森の方。 しかし、電気のせいか、逆にかなり暗くなり何か人が居る様だが誰かはわからない。 かといって電気を消しても同じことだとわかり。 また、今一度外を見れば、その人影は皆無。 「――…気の、せいか」 蒼い髪がうっすらと見えたのは。 ふう、と自分でも呆れながら再度ベットに潜る。まだ寒い春の夜にはちょうどいい暖かさであった。 彼には一目ぼれというのか、取りあえずその表現が一番正しいであろうものに、この学院に入学して出逢ったのだ。 空色の長く、結い上げた髪。あの、薔薇のように紅い瞳。 とある事情で付き合いのある奴も多分このことには気づいていない。というか、ちゃんと自分が口に出して言わなければ一生気づかないのだろうが。 まあ気づいたとしてもその事に関しては干渉しないだろう。何しろアイツは恋愛沙汰に疎いし、ヒトはヒト、と手出しはしないし。 ……そういう彼女も、形は違えどこのような気持ちだったのだろうか。 はじめてしる、このかんかくを。 そう、色素の薄い髪を逆立てた彼は眠りについた。 自問自答、自問他答、 (どちらなんだろう) |