「――ッ!?」 づき、 「ッたぁ………!!」 勢いよく起き上がった身体は、無様にも痛みに悶える。 (……なんで、こんなに身体が重いんだ) あと痛い。此れじゃあろくに動けやしない。 ぱたり、条件反射でベットに横たわる。 ぱらぱらと、反動で自分の長い髪が散らばる。 そろそろ思いきって切ってしまおうか。あ、でも切ったら切ったで兄さんが煩いからなあ。 かち、かち、かち そんな平穏な思考をかき消すように、とある記憶が弾けた。 ――というか何で俺は自分の部屋にいるんだ………!? 確か、誰かに襲われていて……。 高速で脳裏に焼きついた記憶を巡り巡る。 しかし、いくら考えても最後に見た景色と現在地が合致しないのはどういう事か。 しかも筋肉痛みたいに、というか最早筋肉痛だろうという身体中の気だるさと痛み。 (………一体何がどうなって、) ふと、自室を見回したとき。 いつも閉じている筈の戸が開いている。しかも数cm隙間を開けて。 悲鳴をあげ軋めく身体を引き摺りながら、そろそろと足を勧める。 流石に壁に手をつけながら。 痛みに目眩がする。 「!」 「わっ」 くらり、と傾き倒れる身体。 まるでベタな話のようだなんて思ったつかの間。 「あまり動き回るな」 衝撃や、痛みは無い。 思わず瞑ってしまった瞼を開ける。 すれば、その瞳に映りこんだ景色。 「――………ぁ」 白い、癖のある髪に闇を宿した双眸。 「……えっと、"闇野"…?」 くらくらする頭を働かせながら、単語と形を反射する。 「シャドウでいい」 「え、」 そう、彼――現在噂の編入生である闇野カゲトが言う。 ひょい、と高く持ち上げられた体。まるで宙に浮いている気分だと、のろけている脳の隅の端おぼろげに。 背中と足に感じる彼の腕。そういえばこの体制何処かで知っている気が――。 ドッ 「ぐ…!?」 「降ろせぇえっ!!」 俗に言う、"お姫様抱っこ"だったりとか。 ◆ 彼に蹴られた腹わき腹が地味に痛む。 そして、目の前にはしかめっ面をした目的の人。 取り敢えず今の自分がわかることといえば、彼が何故か物凄く怒っていること。何か悪いことでもしただろうか。 「――で、」 先ほどよりひときわ低い声が部屋を満たす。 「お前は何か事情を知っているのか」 「一応は」 「じゃあ全て吐け」 「事情も何も、言えることは全て言うつもりだ」 む、と何か疑念を抱いた瞳が此方に向けられる。 と、その瞬間。 「―なっ!?」 彼の血のように染まった眸がその光景を目に焼き付けた。 そして、自分の左手の甲から滴り落ちる生ぬるい物たち。 右手にはその原因の発端であるナイフが己の物に濡れていた。 「おま、っ」 ぽたり、と仕舞いには堕ちる雫。 そっと、驚きで思考停止になっている彼の細く白い手を、そこに重ねる。 相変わらず"それ"は温度を保っている。 すればぐるりと青白い光の軌跡が手の甲に。 ふわりと柔らかいサファイアの光が部屋中を満たし、ふたりを包む。 そして浮かび上がる複雑怪奇な紋様。 「――我魂、汝永久に預けたもう」 その言葉を引き金にして起こるは、蒼白が紋様手の甲に吸い込むように消えていく。 陰陽を司った線たちがもう一度薄く蒼に発光して、白い肌の奥に刻まれた。 「――」 紅に染まった眸が戸惑いを映し隠し。 部屋には血は一滴たりとも落ちてはいなかった。 「―――…だ」 ……契約完了。 気づけば、小さな音がひとつ。 「お前、何して……んだ…」 くらり、片目が自分を捉える。そしてもうひとつ見えるのは大きく揺らいでいる彼の魂。動揺、混乱を表す。 そう気づけば、一つの疑問が頭の上漂い。 しかし、何に疑問を抱いているのかがわからない。確かにひとつ欠けているのはたしかなのだ。何か。たいせつなこと。 ――そういえば何故気づかない……? 姫神の者なら闇野のことは少なからず教えられている筈。それならばこんなに動揺や混乱しなくても良いのだ。しかし、今現在彼は動揺しなくていいものに大きく反応しているのだ。 つまり、どういう事かというと、彼はもしや何も知らないのかという、ひとつの導き出してはいけない答え。 バンッ と大きく静寂を壊した音に振り返る。 そこには彼と似よった蒼銀の長髪を揺らし、走ってきたのか息を荒げている人物。 「イチッ!」 そう言葉を乱暴に放り投げて、主人の所へ行く。 そして抱きながら、大丈夫かとしつこく聞く。確かこの顔は、此処の学院長――。 ふと思い出した矢先、若き学院長にこれでもかという位に睨まれた。 本人はわたわたと、大丈夫だからと彼を宥めていた。 「失礼」 そう、再度また睨み彼をつれてこの部屋を出て行った。 ――全く、この学院は少しわからない。 悪態をつきながら一人、部屋に佇む獣。 ■ 「一体何のようだ」 光は教会のステンドグラスへと通じ、色鮮やかな世界をかもし出す。 そんな場所に、ふたり。 白い髪と闇色の眼をした少年と、海を思わせる蒼の髪の青年。 「別に単純だ。風丸一朗太を姫神正式後継者にするため来ただけの事」 ぎり、と青年が奥歯を噛む音が足元無様に転がる。 「……何故そう復興させようとするのだ。」 やはり形相は彼を睨む。 「何故も何も無い。ただ、一族を復活させることだけ。そして俺は彼に従うため今此処に居る。」 「それが災厄を再び招く事だとわからないのか!」 張り上げた声は虚しく響く。その後ろでは十字架が威風堂々と存在を主張していた。 そして彼は翻し、扉へと戻っていく。 「――これ以上、イチを苦しめはさせない」 ひとこと、置き土産を残して。 彼と彼との交響曲 (その音は何色に変わる) |