「――何やってんだ」
艶やかにその存在を主張する月を背後に、夜風が此所の雰囲気を妖しくする。
そんな頃合いの、屋上。
聞き覚えのある声がした方へと視線を変える。
「ご機嫌麗しゅう、リョク」
「……何処で覚えて来たんだよ、ソレ」
学校指定の白いシャツの胸元水色のネクタイに赤いスカート。そしてその脚には
ニーソックスの格好。
「あれ、貴族とか名家のお嬢様ってこんなの言わない?」
「お前先ず男だろ」
「あ、そう言えば」
漆黒の瞳に呆れた表情が浮かぶ。
既に席を取っている金色の隣に立つ。
犬のように両側に流された栗色の髪が夜風と遊ぶ。
眼下には薫風と闇が戯れていた。
「誰かがどんちゃん騒ぎやってると思えば」
「ふふ、ねえリョク。君から見てどう?あの二人は」
今まで感じたことの無い力の気配。
ただ其だけで少女は状況を把握していた。
つまりはただ、"誰かが覚醒した"という事だけで。
別にわざわざ驚きもしない。
そんなこと、今まで何回か遭遇したことは幾つかあったし、そう言う自分も過去
に通った道である。
直ぐ下には閃光が迸っている。
「そう言うアフロディ、お前はどうなんだ」
悪戯に言葉を返す。
金色は再び足元を覗きこんだ。
「可能性なら期待できるよ。特に姫神の惨劇の生き残りの方は、ね」

とある二人の俯瞰暦。



+++
「くっ……!」
休むことなく繰り出される光の残像。
止むことのない疾風。
煌めく小さな満月。
相手が相手。迂闊に手出しが出来ない現状。
多分突然の覚醒によって力の暴走が勃発しているのだろうが。
(最悪だ……っ)
しかも速さに関しては特にかなり上。
厄介過ぎる。
流石姫神。やはり力の量が莫大である。
ただの一撃でもかなり重い。
幾度戦闘を潜り抜けてきたシャドウでさえも、やはり姫神の血は格が違うと改め
て思い知った。
風斬り音は絶えない。
息をする間も与えないほど。
昼間とはうって変わった気配。
一体、この華奢な身体から何故これほどまでの莫大な力が溢れ出てくるのだろう
か。
そう、答を廻らしていた矢先。
ごぷり、
突然のことてあった。
目の前の蒼が紅に染まる。
斬激が止んだと思えば、口から溢れ出すは紅の彼の液体。
土を、静かに雫が染め上げる。
「――はっ、………」
ゆらり、その場に崩れ堕ちるのをシャドウはなんとか受け止めた。
父からは絶対に姫神の血には触るなときつく言いきかされていたので、布切れで
血を拭き取る。
そして拭いたら直ぐ様其れを捨てた。
もう一度主人となる者の顔を見て共にその場から去った。








わたしは、そんざいしてはいけなかった。
わたしは、うまれてはいけなかった。
ごめんなさい、ごめんなさい。
おのことしてうまれて、ごめんなさい。


?


「どういうつもりだ、氷華!」
どたばたと、広い屋敷を騒がす足音。
そしてガラリと襖を開ける。
屋敷の中で儀式の部屋の次に広いこの部屋、その主は長く艶やかしい髪を頭の上
にまとめ、滴る水のように少し垂らした黒髪の美女。
簪は黄金色に煌めき、当主に相応しい鮮やかな巫女服。
「何がですか、漸冷。」
落ち着いた声が部屋を満たす。
「何がではない。何故あの輩を生かしておくのだ?お前は災厄を興すつもりか」
そう急かす夫の声をよそに、
「そんな物を興す程私は迂闊ではありませぬ」
淡々とした妻の言葉。
「では何故だ。何故言い伝えに背いた」
二人やこの一族に代々伝えられてきた伝説。
「男児として産まれた"鬼神の落とし子"は、災厄を招くと?」
「解っているのなら、何故。当主であるお前が――」
「信じているのです。」
即答。
そして直ぐ様漸冷は頭を抱えた。
信じている、いくら愛する妻の考えだとしても、ただ呆れる他なかった。
「――兎にも角にも、風漸華は私が存命している間は生かしておきます。」
此は、当主命令です。

暫くし、其れは屋敷中を駆け巡った。



(立役者は全て揃った)




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