「、ッ」 背後の気配を感じながら、疾走する。 幸い足は速い方であったので、距離をある程度離すことが出来た。 しかし、身に覚えの無い恐怖ですぐ息が切れてしまう。 中庭に着き、柱の影に隠れる。 相手もそろそろと足をふらつかせながらやって来た。 その瞳には生気は無く、ふらついた感じからしても、まるでゾンビのような出で立ちでいた。 少女は立ち止まり、標的を見つけようとキョロキョロと辺りを見回す。 普通正常時ではこの仕草を"愛らしい"と表現するべきなのだろうが、今現在この現状からは、とあるアクションホラーゲームのようで、沸き上がる感情からは恐怖しか掻き立てられない。 何故か体験したことも無い死をすぐ隣に感じ、思わず息を殺す。 ――きっと今何か動作を起こせば自分は殺さレル―。 本能が、そう告げた。 少女は対象物が居ないと確信し、中庭を去っていった。 が、少女の姿が微塵も消えたというのに、身体の重大機能は大きく速く波立っていた。 血液が逆流して、皮膚から溢れだす感覚にも襲われる。 実質先ずそんなことは無いのだが。 気を抜いていれば、へたり、と力無くへたりこむ。 そんなに距離を走ってもいないのに、身体は汗にまみれ四肢は重りを着けたように重かった。 「っ、は」 コンクリートの柱に頬を寄せれば、ひんやりとして火照った体温を冷ましてくれる。 (……気持ちいい) 何時しか鼓動は落ち着き、思考も緩和してきた。 と、ふと気付く。 「………ぁ、」 藍色の広がる天に、ぽっかりとひとつの金色に輝く穴が。 「もう、夜か………」 そろそろ戻らないと。 ぎし、 そう地べた這いついている足を動かそうと、刹那。 「――居タ」 不自然な重み。 例えるならば、人一人分の重さで―――。 視線を動かせ、其処に居たのは、灰色の焔をゆらゆらとゆらしたモノ。 言い換えれば、先ほどの少女と他の生徒+α達であった。 *** 闇の中駆けるは白い影。 彼が感じるは幾つかの"屍"と呼ばれる存在と、我が主人となる高潔な存在。 「くっ…!」 "屍"――本来存在してはいけないモノ。 元々は未練を残して死んでいった人間が、再生したいと願い、何者かと非公式に契約して改めて生き返った、六道輪廻の道を外れた魂。 無論死人を生き返らす等禁忌に値する。 姫君に契約者や巫女等が今は討伐を続けている。 しかし、とはいっても普段は人間を襲う事は無く、"緋の祭杯(サイハイ)"という名の何週間かの夜にしか暴走を始めない。 だが其れも一年に何回かというシステムであるし、もし今日がそうならば風介が既に知らせているだろう。 (力に寄せられたか……っ) こうなるならば来てすぐに何体か討伐しておくのだったと、少し後悔の念を抱きつつ、そんなコトを気にするのならば脚を急かせろと先を急がした。 瞬間、波紋が広がった。 波紋というよりは波動に近い。 勘が冴え、地を一蹴りした。 + 鼓動が波打てば、花弁が川によって流される。 一枚、二枚、三枚。 そんな風景を思い描き、眼を開いた。 青白い空間。 空と同じように、頂点が濃く下へ下って行く程色は薄れていく。 背景にはチラチラと、文字のような記号のような何かが、堕ちては消え行く。 何とも不可思議な空間。 (――何だ、此処…) そんな疑念を抱き続けながらも、取り敢えず立ってみる。 すると、今まで見えて居なかった風景に巡り合わせた。 純白無垢の女物の着物を身に纏った薫風。 刹那、風丸は息を詰まらした。 足首まである深海の色合いを醸し出すは其の長い髪。 露になった片目は黄昏の緋色。 まさしく、彼、風丸自身であった。 「――なっ………!?」 そんな驚きを隠せない風丸を余所に、目の前の蒼空は言霊を放つ。 「――風漸華」 二つ目。 「――"姫神風漸華(ヒメガミフウゼンカ)"。姫神のお前」 自身に突き付けられたのは白い人差し指ともうひとつの存在。 風丸一郎太の意識はそこで途絶えた。 波紋が広がった。 一瞬の閃光のように。 丁度振り下ろされた鉈が、波動によって打ち砕かれた。 再び開かれた瞳は満月の如く黄金に、妖しく煌めき、その中瞳に邪念は無い。 とん、 音がした頃には、既に少年は跳ねており、とある屍の膓には蹴りがひとつ入れられえいた。 奇妙な奇声を発し崩れ落ちてゆく。 ドン、バン、ゴン。 軽く周りには血を塗らしたオブジェがずらり。 よく観察すれば男子女子共々犠牲になっている。 ナイフを向け向かってきた輩にはみぞおちに一発。 奪い取ったナイフで急所を刺し、直ぐ様引き抜く。 抜いたあとから血がまるで噴水の様に吹き出してゆく。 刺された事実を知る一秒前に、一つの屍は意識を飛ばした。 身体中紅い水を被ったせいで、褐色の制服に紅い大きな華が威風堂々と咲き乱れる。 手にもべたりと濡れているので舐めてみる。 口の中広がるは鉄の味に、どろりとして水分が少なく、喉にべたつく。 「……不味」 思わず感想が盛れた。その前にこんなものの血が旨いはずがない。たぶん吸血鬼辺りなら美味いと喜んで飲むかもしれないが。 少年が珍味を口に含んだ時既に辺りのオブジェは消えていた。 また気配がして振り向くと、闇の中に白い影。時折立っている髪が白い獅子を思わせる。 だが今は、―――。 「――敵は、消す」 この白い獅子を私の敵と見なす。 その華、昇華 (咲き乱れろ) |