ゆらゆらと、足首まである長い、深海を思い起こさせる絹の髪。 無垢の雪のような純白である、女物の着物からのぞく手足は細く、棒のようで一見脆い。 そんなヒトガタが誰にも気付かれず、海の中揺られていれば、前触れは無いが、不自然とは言えないタイミングで、一筋の光が射し込んできた。 ――このヒトガタを覆っていた鎖や蕀は、現に今七年の時を以て、朽ち崩壊したのである。 静かな喧騒が空間一杯に波紋を拡げた。 それを合図としてか、まるで壁紙を剥がすかのように、ぼろぼろと新たなせかいが顔をのぞかせる。 黒から白へ。闇から光へと移り変わるかのように。 最後の仕上げに華が一輪、蕾から開花へと昇華した。 開かれた暁の瞳。 その瞳の奥に隠れた意思を、まだ誰も彼も知ることは無い。 何処からか、響く声。 ――"鬼神の落とし子が奈落から目を醒ました"―― *** 「"聖ルシーア学園"?」 「ああ」 反響するは板張りの道場。 其処に紫に黄色いラインが施された中華風な一族の伝統衣装を着初めた少年が、二人。 予想もしていなかった仕事の大まかな説明を聞き、思わず単語を反復してしまった。 しかし、そんなことはお構い無しに目の前の従兄弟は続ける。 「お前も知っている通り、初等科から高等科までの名門私立校だ。」 「………それで」 何故そんな所へ自分が、と紡ごうとした言葉は縺れ、固く、目の前の相手によって結ばれてしまった。 「姫神の生き残りが見つかった」 「!」 緩やか常時平常異変皆無な思考回路が急に速く車輪を回した。 自分には、いや、この我等闇野一族にとっては其だけで説明は十分であった。 姫神一族――神と同等の存在である"天空(ソラ)の姫君"が多く出現する名門一族。 頭脳明晰、武術に長けており、男児でも巫女や能力者ばかりであった。 そして闇野一族は、そんな姫神一族に仕えるという主従関係として深い絆で結ばれていた。 しかし、七年前。事態は起きた。 優秀な一族であった姫神が、たった一夜で滅んだのである。 原因は未だ不明。 そんな神さえ造りだす一族がそう簡単に短時間で絶滅するハズがない。 と、なると。旗が立てられるのはたったひとり。 神である"天空(ソラ)の姫君"か。 (そういえば今回、姫神から姫君は排出されていない――) しかし、だとしても姫神を討つアリバイが無い。 あるとしても、ただ単に姫神に消され、現在の地位を奪われる事を恐れてか。 だがそれこそ絶対的な根拠がない。 「ガセでは、無いんだな?」 「さあ」 「……どういう」 「あの学園はセキュリティ等が高度だからな。情報が集めにくい」 「………何という博打」 余りにも責任がない発言に思わず項垂れる。流石我が従兄弟風介。何処かズレている。 「どちらにしろ真の可能性は高い」 ………一応、こんな彼でも目星はつけていたようだ。少し安心した。 「この学園は全寮制で、敷地も軽く森二つ分以上がそのまま入る。」 つまり、 「閉鎖された空間。という事はその学園はひとつの"異次元"。しかも外部と触れ合う事は無い」 "空気が流れて無い"んだ。 「簡単に言えば一種の結界だ。本当の"園"」 よく言うだろ?禁断の園とか。 「――成程」 足を踏み入れて実感した。 此処の空気は混沌とし、正に外部の人間を寄せ付けない"結界のような"場所であった。 今まで此処の存在に眼を向けられなかった自分を恥じる。きっと駆け出しの魔術師でさえ気付けるろうに。 ――まあ仕方ないのだが。 さて、一応真偽の判定はついた。 あの空の蒼によく似た高めに結われた髪に、燃えるような紅蓮の瞳。白い肌の華奢な少年。 一度、父と一緒に姫神家に赴き、1人だけ姫神の人間には会ったことがあったが、それもあったのだろうが、一発一見で発見した。 性名は変わっていたが、その漏れ出している力の感じで勘づいた。 (――………女、ではないのか) 姫神と言えば色々な事情からして女性なイメージだが、そんな、女児だけでは一族は栄えたはずがない。無論男性も居るだろうに。 ………嗚呼、此処に来てからというもの、少しボーッとしている。 此れがこの学園の魔力というやつか。 今更ながらに風介が言っていた意味を理解した。 黄昏が色を増して行く。 その金色によく似ている長い髪を、さらさらぱらりするりと靡かせるのは不穏な風。 屋上の、さらに高台。 純白の六つある翼を休めるヒトガタが、ひとつ。 女子制服の紅のスカートをはためかせ、血の色によく似たリボンは揺れ踊る。 開かれたその瞳も、誰かの紅な血のように、鮮やかであった。 「――ふふ」 流れゆく風に悪寒ではなく快感さえも感じてしまう。 その眼中捉えるは、蒼空ともうひとつ、灰色の機械的な魂。 「オルゴールは、やっと奏で始めたみたいだね。」 まるでこの時を知っていたかのように、始まりを言の葉に告げた。 割れては響く鐘の音(ほうら、聞こえるでしょう?) |