この朝にも、軽く七年も居座っていたら嫌でも馴れるもので。いや、別にこの朝は嫌いじゃないけれど。むしろ好きな方だ。 静かに鳥が囀ずり、新緑が青々していて、日は優しく天に昇る。 「よっ!風丸」 「お早う」 「ん、はよ。皆」 教室に入るなり、親友たちからの第一声。 自分も律にならって言葉を返す。 「あ、そーだ風丸。今日さ、誰か来るらしいんだけど…何か知ってか?」 声がした方に目を傾けると、初等部からの付き合いである半田に、松野通称マックスのコンビがいた。 ………誰か、っていうのは転校生的なか? 「――初耳だな、それ」 「えっ、風丸でも知らねぇのかよ!?」 半田が驚愕し、又もやマックスに向き直る。 「マックス!やっぱガセだったのか」 「さあ。僕は別に"噂"を拾ってきただけだもの。まあ此処仮にも私立だからそんなのに憧れて誰かが流したかもね。ホント中途半田はこれだから〜」 余りにも無責任なマックスの発言にマックスを追いかけ回し始める半田。 そしてそれを余裕をかまして逃げ回るマックス。 何時もの光景に思わず綻んでしまう。 「にしても転校生か……」 隣にいた鬼道がぽつりと言葉を漏らした。 確かに其は私立である此処では珍しいもなにも、ほぼ無いに等しい。 編入試験は入学試験より困難だと言われている。 まあ……入試無しで入ったような自分では到底どのくらいのレベルか解らないが。 と、鐘と共に入ってきた顧問を見かねては全員自分の席に戻るのであった。 担任は男女問わず人気な二十代の女教諭。世にいう美女。 ストレートな黒髪を靡かせながら、教壇に立つ。 と、全員が背後の見知らぬ人間に目をつけた。 この学校の制服を着ているのだからきっと生徒なのだろう。 カツ、カツ。 「はいさて皆さんお早う!突然ですが今日は皆さんに紹介したい子がいます。――じゃあ闇野君」 そしてやっと少年が此方と向き合う。 「闇野カゲトと言う」 ペコリと行儀よくお辞儀をして、ただ一言。 本人の自己紹介が終わると、 「はい、じゃあ闇野君は半田君の隣ね」 担任に言われるがまま、右側は半田、前は風丸という、丁度先程この少年について噂していた二人がすぐ側な席へ、表情何一つ変えずに座った。 そのままかなりの時間が流れた。 「マジでか」 「……珍しいこともあるんだな」 「あ、カッコいい…」 男女共々十人十色、感想を漏らす。 「解らないことあったら何でも言ってくれ」 後ろに振り向くと、無表情な顔が覗いた。 一瞬驚いたような顔をしていたが、直ぐに元の無表情へと変わった。 「へえ、まさか本当だったとは」 気付けは隣には松野が、ちょこんと頭を机に乗せており、帽子のせいもあってか、本当に猫に見える。 「――ふうん」 猫はしばらく対象物を観察して、飽きたように去っていった。 そうして時は残酷に流れて行った。 ――今思えば、なんて今更だけれども。 あの時此れからの未来に気付いていれば、少しは線路は緩やかなレールを走っていたのだろうか。 ………いや、あえて何も無かったかもしれない。 *** 突然の転校生の話題は学園中を駆け巡り、放課後には知らぬ者など存在しなかった。 黄昏が窓を通り抜け、板張りの廊下を灯す。 見た目とは裏腹にその光は暖かくも冷たくもなく、温度というモノ自体無かった。 途中で見つけた時計台には五時半と針が刻んでおり、もうそんな時間かと呆気にとられた。 新学期が始まったばかりの生徒会というものは呆れる程忙しく、書類でごった返しており、まるで何処かの役所のような雰囲気だ。 (まあ鬼道が一番忙しいんだけど) ふと、親友である生徒会長の顔が浮かぶ。 あいつ社長とか会長似合いそうだな、っていうか御曹司だったな、思考はぐるぐると跳ねて足取りも軽くなっていく。 どすり、 何事かと辺りを見回せば、やっと、自分はある人間と衝突したと気付く。 しかも質が悪いことに女子だとも気付く。 「あっ、わっ、ゴメンっ!」 大丈夫かと女子の安否を確認しようとした時、ゆらり、と立ち上がった。 なんともないただ、立ち上がっただけだというのに。 悪寒が全身を駆け抜ける。 聴覚は、何も音が無いハズなのにノイズがだんだんと支配していく。 例えるならば、そう。 昔円堂に面白半分で一緒に見させられたホラー映画を見た時のような、 「――………ふふ」 そんな、非現実。 ヘブンオアヘル (さて、どの選択肢を選ぼうか) |