――ッザ
風を斬る音。靡く亜麻色。揺らぐ月色。宵闇は崩れない。
閃光が静かに巡る。めぐり廻る先はただ目の前を霞み行く。

横に刃が振ってきた。男は笑いながら、無造作に刀を振り回す。どうやら、本能的に扱っているド素人だったらしい。
放物線が歪む。それはまるで暗い暗い深い闇に落ちた魚の尾ひれ。または漆黒の雨を抜ける竜か。

伏せては避け、その腹に潜り込み勢いよく蹴り上げた。ごりりりっ。腹を抉り、肋骨や骨を踏み潰す感触がした。更に元々無いような力を込めれば、男はぐらりと姿勢を崩す。そのあっけない横顔を右足で蹴り飛ばしてみる。ボールが転がるように、頭がぐらりと斜め下へ傾いた。そしてその肩を踏み台にして後退する。
男の体が一瞬揺らめいたが、手元の刀が彼を支え、どうにか倒れずに済んだ。未だ血に濡れていない刀が悲しそうにカタカタとなく。
ごふりごほりぐぼぁ。その腹から、口から無様に吐き出され零れ落ちる吐瀉物が辺りを染めた。所々赤い染みが広がっては地べたへ染みこむ。厭よ厭と逃げ出すように何かが波を立て逃げ回った気がした。しかし波は直ぐ消えてしまう。
そんな哀れな姿を眺め、月の眩しさに一瞬眩暈を起した。それでも、頭をぶんぶんと勢いよく振り回しそんなものをとっぱらった。どうやら、幾ら殺人衝動に変わるからといっても、苦手なものは苦手らしい。
ふと、馬鹿みたいにのろけた声が脳裏を掠めた。
――――ヒトは恐ろしいと思うものを恐れ、遠ざけようとする。されど、それが極限状態間まで陥れば、ヒトはそれを"壊そう"とする。貴女様のそれは、そういう原理さね。苦手が恐れに変わり、それがまた大きくなりいずれはその者自信を食う。つまり、貴女様は"天空の姫君"という神である前に"ただの娘"ということには変わりはないのですよ。逆に恐怖は更に貴女様の中で成長するでしょう。……まあ、足掻くだけ足掻けばよかね。結果はどうであれ、努力というものは着実にその中で積み重なっていくもの。後は時間がモノを云うさ。

ゴリッ。
軽快な笑い声を噛み千切るように、舌を噛んだ。ぱくり、開く傷口からは血が溢れる。どろりとした感触さえ厭になって、溜まるソレを全部飲み干した。
あんなしわがれた言葉なんて、思い出さなければよかった。後悔してまた、溜息をついた。

ビルは気持ち悪い程に静かだった。空気さえ固まり、まるで固まった蝋の中に閉じ込められているような気さえもした。しかし、それはただの気のせいだ。実際ここは外であるし、今もこうして息をしていれるのだから。
だが、並大抵の人間ならば吐き気を催すことだろう。此処に溜まっているのは、異常なまでの"死の概念"だ。健全に死に殆ど触れない者であれば、先ず脳神経が「退け」と命令信号を正しく体中を駆け回る。――――あくまでも、死に入り浸ったことのない者ならば。


「やれやれ、貴女のようなひとにはそんな暴力なんて似合わない」
口の端から零れた少量の血を、舐めとり男は忠告する。嘲るような顔がへらりと笑う。
最早、遅すぎる。思わず笑いそうになった。持ち直すように振った刃には、一体どんな顔で自身が映っているのだろうか。
元気なその様からして、どうやらやはり自身の筋力は未だ向上の傾向を見せないらしい。そもそも霊体に肉がついたような体では人間ひとり、成人男性なんて殆ど負傷させる事などできないだろう。まあ、ロケット並の速度で蹴りこんでみれば即死は可能かもしれないが。

「ほざけ。お前には関係ないことだろう? たかだかそこら辺でゴミに塗れているような小娘のことなど」
「何を言い出すかと思えば……ふはっ。自虐行為は止した方がいいよ。下手に溺れたら、此処で人生を放り投げた彼らと共に運命を全うすることになる」

笑いながら謳うように彼は云う。まるで、その眼で飽きるほど観て来た様に。身振り手振り、月に請う。気持ち悪いほどに生温い風が頬をなでる。足下では蠢く何かが壁を伝う。
―――その顔は、その眼は、その態度は不快だった。人間を、人間とみなさないあの眼に、あの傲慢で貪欲な彼らと同じものを、彼はしていた。汗が、血みたいに粘つき張り付いて気持ち悪い。

「―――"不可思議な集団飛び降り自殺"」
脳裏に最近耳にしたこの土地の事件を取り上げた。このビルで、ここ三ヶ月以内に起きたひとつの事件。男は顔を崩さない。
舌が段々と、痺れては感覚を無くしてきている。血は少なからず、まだ流れているらしい。
「あれも、お前が仕組んだ事か――人柱を集めるためだというのか?」

殺害方法も、凶器も、過程までもが彼はに似通っていた。
長く太い刀、無残に大雑把にだが確実に死に至る殺害方法、あの血文字以外はほぼ"竜の申し子"と同じだった。どうやら彼は、"竜の申し子"を、崇拝の域までに認識しているようだった。そして、自身を"竜の申し子"と自称する彼は、目的すらも同じではないのか。

「仕組んだ、とは人聞きが悪い。僕がやったことは、ただ"導いた"だけだよ。楽園を夢見る彼らの"亡き明日"への到達経過を教えてあげただけさ。――確かに、僕にとっては彼に会うまでの"人柱"であるかもねぇ。彼は死が集まる場所によく現れたから。……でも、やはり濃度が濃くなるにつれて思わないものまで引き当ててしまうようだ」

シャリン、矛先がこちらに向いた。目に映るのは先ほどの遊楽、快楽などの感情ではない。それほどに邪魔をされたことが恨めしかったのだろう。本来ならば今彼は、崇拝する存在と触れ合っていたはずなのだから。
―――――ただただ、純粋な殺意。

「―――出て来い」
先程よりも低い声が響いた。
ガシャン、刀をコンクリートの地面に突き刺したと同時にその扉が開いた。まるで、それが鍵のように。扉はキィと笑いながら役者を一人また登場させた。
厭な予感が全身を駆け巡る。汗が冷めてきて、体が冷えていく。まるで死体みたいに。
思わずのことに、その先へと視線を移した。――そして、現れたのはひとりの少年だった。

「さあさ、これでも大事なお客さんなんだから。君、ちょっと働きなよ」
笑う。男が笑う。
猫背気味で、少し太ったような身体が動きだす。年は近いだろう。しかし、疲れ果てた顔は30代のようにも見えた。そして瞳には、生気が無かった。まるで、未来なんてどうでもいいというように。または、操られた人形のように。

「――ではではお待たせ致しました。毎度恒例花も謳う美しい今宵、快楽悦楽なんとも不恰好な独り舞台ををお楽しみくださいませ。ふふ……、眼を話す事は赦されませんよ?」

パチンッ。指を鳴らす音が月夜に響いた。
そして彼は合図を聞いた瞬間、全速力で走りだした。
目の前を、風のように走り抜けて。フェンスが取り付けられていない屋上は絶好の場所だったろう。弾みのいい音が聞こえ、大きく手を広げ飛んで行った。待ち焦がれていたように、空へ飛び立つ。

「しかしながら人間というものは悲しくも哀れか翼など持ちえていません。無論、」
急速に時が経ったかのか、彼は"落ちた"。吸い込まれるように、何かに引き摺り下ろされたかのように。
そして、生身のまま肉がプレスされたような音が響いた。

彼は、飛んだ。勢いよく地面を蹴り上げ、羽ばたくように落ちた。その結果、ただの肉塊へと昇華した。
ただ、それだけの劇。数分で終わってしまう、満員御礼毎度恒例のお楽しみ。


呆然と、ただ一瞬何が始まり終わったのかさえ検討がつかなかった。否、最初から何も始まってはいなかったのだ。ただ、少年がその命を"終わらした"。繰り返す命のサイクル。その、一部なのだから。何も、ないのだ。ただ、それだけなのだから。
――だと、云うのに。
それはどうやら、私にも障害を与えたらしい。
笑いながらソレは、私の嫌いな記憶を拾い上げて口にいれやがった。嗚呼、いかがわしい。厭らしい。痛みと吐き気は同時に私を壊そうとした。せりあげてくるそれを止める事は、出来ない。息すら、ままならない。
白い手が無数に伸びてくる。招待するように彼らは集う。唖然と、崩れ落ちた体に何かが張り付いてきた。ぺたぺた、ぺたり。さあさぁこちらにおいでなさい。こちらは極楽悦楽夢の世界。きっと貴女も満足満腹世は光へと! 怨めしい? いいえそれは無に等しい。何故ならば、皆が皆同じ此処へと集うのですから。



「死が集まる場所には、死を望む者も引き寄せられるというね」
そう、男は囁いた。それは、ある者には天使の囁きと謳うのだろうか。
いつしか全身の力が抜け、無防備に地べたへ座り込んでしまう。身体は依然痙攣を止める事はない。こんなものこんなものこんなものこんなもの、もう、切り捨てたはずじゃあなかったのか。でなければ、これは一体、一体、いったい。
指が、肩に触れた。首、頬、耳、輪郭、額。這うそれはまさしくあの日の蛇によく似ていた。
べたべたくちゃりぺたべたぺた。
違う、ちがう。あの世界なんてくだらないんだ。望みをかけたって何も無いのだ。ただ、何も"無い"だけ。楽しい? ふざけるな。ふざけるなふざけるなふざけるなふざ、けてやるものか。
あぁ、ばっかみたい。


そして、それは再び展開された。
繰り返し、繰り返し繰り返し繰り返し回る廻るあの日あの時茜色の夕日が見守る頃合。
彼女は"飛んだ"私は"落ちた"それが全てわたしじしんだときがつくのはいつだったかわすれてしまう。あしはもつれるおれたうでがぶらぶらさよならばいばいいつか。わすれることをきらったのにわすれてしまいたかったああいまもそうよそうなのですかみさまかみさまかみさまかみさまかみさまかみさまかみさまかみさまあぁあの子のこえがきこえるよふえふえぶへっへ。いやだいやだいやだいやだいやだなんていやらしい。きもちがわるくてしょうがないわ。とりはどこへいくのだろう。
『ねぇ、これならあなたも"死ねる"のではないですか?』
わらってるわらってるああこえがうるさいなあみみざわりにほほをかすめておちてった。あははふふふえへへへへ。そうね、おもいどおりいかないにんぎょうはいらないものね。りんりん鈴はおちてった。けっきょくわたしはどういたかったのだろう? このままいきたかった。いき、たかった。……どこに? どこへ? ぐるるそんなものしらないさ。きつねがあざけた。そうね、そうよねぇ。おもちゃにはいしがないわ。だからみんな、よってたかってソレをめでるの。どうせすぐ、あきるのにね。はははふふふえへへへへへふはっ。もういっそ、うみにおぼれたほうがましかなあ? かみさまかみさまかみさまかみさまかみさまかみさまかみさまわたしはわるいこですわたしはだめなんですわたしはあるじのあのこにとってのかんぺきな人形になれなかったごめんなさいごめんなさいごめんなさいゆるさなくていい。ゆるさないでいいです。だから、だからだからだから、しあわせなんてねがわない。ぜったい、ずっとこれからもねがわないのです。それがわたしのばつだから。すなおにそれをうけいれます。だからだからだからだかだからだからだからだから――わたしのきおくをかえしてください。いいこになるから。わたしはいいこ。いいこいいこいいこいいこいいこいいこいいこ。ずっと、ばかなわたしはゆめをみていたんだ。ゆめなんて、みなければよかったのに。なきながらそこがみえた。あ、いたい。



そして何かが、壊れた。




「ふふぅわっ……っははははあっはっはっははは」
先ほどの飛び降り自殺が相当気に病んだのか、彼女は呆然と座り込んだ。ふるふると小刻みに身体が痙攣している。呼吸も不安定で、狂ったようにその眼は見開きあちらこちらへと迷い迷っている。その姿は、先ほどの少女とは一回り以上違うようだった。

ああ、なんと滑稽か! 人間なんて所詮こんなもの。そのくせ、死の前に嘆き死の前に平伏す傲慢で自分勝手であり貪欲欲望塗れの汚らわしい存在なのだ。
彼らはやはり、あの方――"竜の申し子"に一層されるべきである。否、彼に殺されることを喜ばしいと彼を崇めるべきなのだ。
あの方は素晴らしい。竜とは突如台風のように現れ、その場を無に還すもの。彼はその竜の子なのだ。ならば彼が現れた目的はただ一つ。ただただ、人類を消し去る事。
周りの人間たちが、彼を非難し殺そうと怨みつらみを重ねている頃、僕だけは彼の存在に感動した。歓喜した。僕と同じ考えの人間が、もうひとり存在していたということに。
それから僕だけは、彼の味方だった。
誰も彼もがあの方を、"鬼"や"人殺し"と罵っても僕だけは、彼を応援していた。何を言うんだろうか、あの方こそが"正しい"んじゃないか。全く、人間は馬鹿でどうしようもない。僕はただただ、毎日彼のことを祈っていた。全てが、彼の思い通りにいきますように、と。

――――だというのに。
あるときからピタリと、あの方はそれを止めた。
人間たちは彼を死んだやら消えたやら歓喜に浸っていた。そんな中、僕だけは悩んでいた。何故、何故、何故何故。あなたは消えたのですか。全ては、あなたの思い通りだったというのに。
思わぬのことに、三日三晩僕は頭を抱えた。ぽっかりと、空虚感が僕を支配していった。裏切られたような気さえ、した。
しかし、ある日答えにたどり着いた。そんなことはない。彼は生きている。消えてなどいない。あの方が何故舞台を降りたのか僕は知る由もないけれど、僕はまた彼のパフォーマンスが見たいんだ。あの方が地を統べた世界を、見てみたかった。
だから僕はあの方の代理人になった。あの方と同じ殺し方をし、あの方と同じ凶器を持ち、あの方を再び呼び戻す舞台を用意した。絶対に彼が喜ぶであろうセッティングは万全だった。
そんな僕を知ってか、彼は僕になんとメッセージを送ってくれたのだ。こんな僕に!あの方が!
やはり生きていた。僕の考えは間違ってなんていやしなかったんだ。
だから、僕は待った。彼を、あの方を、"竜の申し子"を待った。

だが、来たのはふらりと偶然居合わせた少女だった。
手ぶらで、死の臭いに吸い寄せられたのか彼女はやってきた。思いもしなかった来客に、僕は頭を痛ませながらも、その少女はただ純粋に"死"を望んでいただけと知ると、ほっとした。
確かに、此処まで死の濃度が濃くなれば、思いもよらぬものさえ引き当ててしまう。
ならばまだ、僕はまとうじゃないか。
それまで、この人形で遊ぶのも悪くは無い。
良くも悪くも少女は整った顔立ちをし、ある意味ただで落とすには勿体無かった。
その体に触れる。並に育った体は、なだらかな曲線を描いている。
彼女は反応しない。それこそ、本物の人形のように。
光を失い、何もかを放り投げたようなその姿は月に照らされていた。
そんな中、何も、かわりゃしないというのに。
「………あれ……?」

異変に、何かに気がついた。ゆらゆらゆら。
何かが、蠢いている。彼女の、足下で。いや、違う。
思わず飛び退く。全身がNGサインを出しまくり腕まくり。サイレンが痛いほど頭の中を駆け回っている。

そしてその光景に眼を見開いた。
白い手が、腕が地面から生えている。ゆらゆらと、何かを手探るように。特に少女の周りでは以上にソレは集っていた。彼女を何かから守っているのか、それとも襲おうとしているのか、一見検討がつかない。
異様すぎた光景は、現実味を無に還していた。
月の光に照らされて、揺らめく。まるで、波が打っては還すように。おびただしい数の、手、手、手、

一瞬何が起きたのかわからなかった。
それでも彼女は動かない。途端、足に何かが絡みついた。振り払うと、思った以上に安易に腕は離れていった。

そしてそれは始まった。白い腕が笑う。少女を囲み楽しそうに踊る。
初めて見るその光景は、なんとも不気味な絵だった。
歌が、何処からか聞こえてきた。



かごめ かごめ


    クルクルクラリ閉ジ込メラレテ


かごのなかのとりは いついつでや


    出テッテ消エタイノ


よあけのばんに つるとかめがすべった


    キャハリキャフリ神様笑ウ囚人マタヤッチャッテ


うしろのしょうめん


    首撫デ見エタ視界ガ狂ウ


  
「や、っやめろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」

耳が、頭が、いたいいたいいたいいたいいいたいいいたいいたいいたいたい――ッ!!
止まらない止まりはしない。止まってはくれない。歌が、歌が、歌が歌が歌が歌が――――。
頭が、頭が、何かでめった刺しにされたような、そんな、そんな。



一体、何だ。何なのだ。
彼女はただ偶然訪れた不運な少女のはずだ。そうだ、そうだ。そうでないといけないのだ。
ならば、何だ?
ふいに、その黒い筈の瞳が翠に輝いていた。

気がつけば目の前に、少女はいた。彼女が、いやがった。
彼女は笑む。美しく、儚く。それはなんとも死人じみていた。翡翠の瞳が楽しそうに、少女は歌う。

「―――だあれ?」

首が、廻った。後ろ後ろ。見てはいけなかったというのに。
あった。あったあったあった。
ずらりと並ぶソレは、今まで僕が殺し壊してきたものばかりだった。
彼らは皆一斉に笑った。何十体の首が、声を荒げて笑い出した。
ケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタ。
まるで、楽しくてしょうがないというように。

「っぁ…あっぁあああああぁあああああ………!!」

奇妙すぎた。何だ何だ何だ。一体これは何なのだ。この光景は、在り得ない在り得ない在り得ない。目の前には過ぎた怪奇現象が広がっていた。

そして思い出した。この歌には、数ある意味の中でひとつ、無残なものがあることを。
途端、首がぐるりと、強制的に元に戻った。
その先、目の前見える光景は―――。

「ねぇ、知ってる? いや知らないよねぇ。だってまだソレ、くっついてるんだものね」

翠に光る眼を持った少女が、僕の左腕を刀で根こそぎもぎ取った。

「ッッッァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッアアアア」

悲痛苦痛で声が張り裂けた。痛みで眼に涙がぼろぼろこぼれてく。血は勢いよく噴出して、目の前の少女に大輪の紅花を咲かす。彼女はそんなものを気にも留めずに近寄ってくる。転がり落ちた僕の腹を、厭らしい手で撫でてはまた突き刺した。
なんとも、子供が玩具で遊ぶような、解体作業だった。

「ふふふっははっぁははははははっ」

眩む世界に、ひとりの少女がいる。
彼女は女神のようにわらうわらう。僕を滑稽だというように、絶えずわらう。
それは、ある者から見れば天使の笑みなのかもしれない。
だが僕には、それは鬼の狂った笑みにしか見えなかった。

それは、先ほどまで他人の死を見て震える娘とは別人だった。

「あなたは"竜の申し子"になりたいんでしょう? ならね、知ってると思ったんだけどなあぁ。"竜の申し子"になりたいんならね、その左腕はいらないでしょう? ふふふふへへへーっ」

どういう、ことだ。彼女は、何を、言っている……ん…………だ……………?

「だってそうじゃない。アレになりたいのなら、徹底しなくちゃ。アレが左腕が無いならあなたもいらないじゃない。あっ、なぁに? もしかして知らなかったの? うっそだぁっ! でも、安心してね。あなたはやっとアレになれたんだから!ふふふっ 良かったね。願いが、かなうっていうのは―――すばらしいことだねぇ」

艶やかに、妖悦に少女は微笑む。僕の片腕を抱いて、狂う。狂う。


「でもね、最後の願いだけは叶わなかったのね。そりゃそうだね。だってだって、"竜の申し子"はもう――――――。」


ずぶり。
そして僕は死にました。彼に会う前に、とある少女に落とされました。

遠くで笑い声がする。まるで嘲うかのように。
結局、最後の言葉だけは聞けずじまいだった。





「っはあはははははははははははははははははははははあっはははっふふふ」

あぁ、まだ煩いほどおんなのこがわらってる。






微妙な振動をゆらしふらしながら、それは彼が応えるのを待っていた。
迷わず彼はそれを取り出し、片腕で耳に当てた。聞こえたのは、いやというほど聞いた彼女の声だった。

「やぁ、お疲れ様、とでも言っておこうか。緑。……え、何? そんなものいらないよ。今日はいい収穫があったからね、そんなものには興味ないよ。似非の"竜の申し子"なんてどうでもいい。なんなら似たようなものを捕まえたしね。え? ほら、アレだよアレ。前言ってた殺人鬼を捕まえたんだよ。わかるだろう?あの人はまだ諦めていないらしい。ほんと、元気ハツラツでおれも参るよ。面倒ったらありゃしない。―――まぁ、ということさ。別にその死体は君が欲しいなら欲しいであげるさ。今のおれは機嫌がいいから少しは妹思いの優しい兄だと思うよ、多分」

プツリッ。
そこで会話は途切れた。薄い多機能電話を再びポケットに突っ込み、彼は迷わず歩いている。ただ目指すのは、アレが待っている自宅だ。とびきりのプレゼントを貰った子供のように、彼は楽しそうに歩く。片腕がないと、寂しそうに服は萎んでいた。ところどころ、新しい赤い色の染みが彼を彩る。

「あぁ、でも。やっぱり片腕も無いまま外にでるもんじゃ無いね。色々と面倒だ」


謳うように、彼が過ぎ去った後には幾多もの死体がころがっていた。








(そしてふたりは歌をうたう)




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