翼のように背から伸びる四肢の無い胴体。少女の背から顔をだす幾多もの蛇。
それらを従える女王が両手を翻せば、這い出ては修道女に猛突進していく。放物線を描きながら、飛び出すその光景は、さながら花火のようにもみえた。

飛び交う矢を交わしながら少女――久遠冬花は駆ける。
時折わざと蛇の胴体に触れては、線を描く。既に戦場と化した闇色教会の中、その指先に光迸る。

「――流石、ドブ鼠のように小賢しいですね先輩」

嘲う。わらう。ワラウ。
体中のヒビがメキリメキリと楽しげに。剥がれ落ちた皮膚にも気づかず、彼女は蛇の目となった眼で光を追っては悠々と時に触れていた。

アハ、アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ――!!
嗚呼、楽しい。楽しいわ。ねえサーペント、これが貴方が言っていたものなのね。貴方が教えてくれた、これこそ"壊す"ということなのね。

狂ったように何十もの蛇を少女。耳にはとある大蛇の声が聞こえる。それを、不可思議とは思わない。思ったことも無い。出遭った時から、それはこれこそまさに運命だと。異物な蛇を快く受け入れた。"復讐"を噛み締めた彼女には、その存在はまさに願ったもの。蛇もまた、彼女を×××として絡みつく対象とした。

壊れ逝く姿は、願いにしがみ付く罪人の最期にも良く似ていた。
祭壇に飛び退いて、冬花はその光景をただ傍観していた。ここぞとばかりに迫り剛速球で飛んでくるは蛇の大群。数百の牙は、壊れることを知った少女の怨念の数だけ。

5秒後、久遠冬花はその大蛇の牙によって肌身体内を噛み砕かれ貫いては一瞬で死体に変わるであろう。
だが、相手の心情心理等興味を一粒たりとも示さぬ彼女にとってはそんな未来はとうに放棄されていた。


「――J'admets une explosion(爆発許可)」

静かに、呟くように聖女は口火を切った。
それは、爆発開始の合図となりて。

彼女が放った瞬時、一斉に何十の蛇や椅子が爆破した。それらは全て、彼女が先ほど触れていたものばかり。
血が飛び交う。煙は白い。視界が掠む。すさまじい音がする。風は上がる。爆風で、被っていた白と紺の布が飛んで行った。ガラスが大量に割れる絶叫。神々の光は断ち切られた。丸裸の月が傍観している。

――久遠冬花の魔術は"火"に特化していた。しかも、ただ燃やしつくすのではない。

「余り恨まないでくださいね。"壊す"事が一応仕事なんで」
「がっ……!」

そしてすかさずレナの腹を殴る。蹴る。レナが、赤い血を吐く。触手もどきの蛇は躍る。その中、ひとりの聖女が彼女の首に触れた。艶やかな瞳が相互した。睡蓮と白い百合。
一匹が冬花を押しのけた。

いいえ、まだ。まだだいじょうぶ。サーペントがいるもの。サーペントと私が繋がっている限り、私の望みは終わらない――!

がんっ。レナが項垂れる身体を起す。ただひとつの感情から、ひとはここまで執拗になれるのかと、冬花は感心したように眺めていた。
何時の間にか身体のあちこちには血が染み出ていた。背中から垂れる感触。想像も出来ない程の量が、ぶち抜けられた背後の穴から飛び出してくる。
蛇を従い、頂点に君臨する彼女はメドゥーサそのものであった。

「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すははははははハハハハ壊れちゃえ全部なくなれ無くなっちゃえッ!!死んじゃえ消えちゃえあんなやつらなんて世界なんて何もかも全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部罪だ罰だ!!裏切り者と反逆者をぶっ殺しちゃえッッ!!!ッッハハハハハハハハハハハハハハハ!!!サーペントやりなさいやっちゃってよぎっちゃぐちゃごちゃごちゃのぐちゃまぜにしちゃってよサーペントぉっふふうふウフフフフフフフフフフフフフフ………!!!」


もはや生前の面影など皆無。否、これこそが彼女の本来あるべき姿なのだ。限界を知らぬ妖怪。
レナが奇声を叫ぶ度蛇は動きを俊敏に、打撃力は強く、身体は頑丈に。教会を荒らし何もかもを撒き散らす。花弁を散らしては踏み潰す。冬花が結界を張っていなければこの音は、大半の人間が飛び起きていたであろう。
そんなことも知らず彼女は暴れる。妬ましい彼女たちに。嫉ましい世界に。いつか消えた雌狐のように、何もかもを恨む。
この世界を愛していた彼女だからこそ、彼女は限界を知らずこの世界を恨む。

嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い。きらい。キライ。



「――神奈崎レナ。あるべき場所へ還りなさい」

J'admets une explosion.

囁くように、聖少女は詠唱を終えた。






「――そういえば、初めてかもしれない」

小さく、思いふけた。夜中の校舎。
懐中電灯の光が眩し過ぎる程、暗い暗いせかい。聞こえるのは自身の足音のみ。――風丸一郎太はひとり闇の中を歩んでいた。
動機及び行動原因はいたって簡素で、"教室に忘れ物を取りに行く"というよくある話のフレーズのようでもあった。
日中大雨が降っていたこともあり、板引きの床が少しばかり湿っている。夜中換気をするように窓を開けているところなんてひとつもあらず、蒸し暑い夜は更に増していた。

(…………)

ふと、フラッシュバック。ちらつく残像。弾ける閃光花火。
昼間のふたり。ある意味、あれほど後悔したことはなかったかもしれない。原因を作ったのは自分であることに間違いは無いので、+αに増えるそれ。あー、馬鹿馬鹿。ふいに罵倒を自ら浴びる。

そういえば、何故彼はあんなにもあの花に反応していたのだろうか。ふと、思考が立ち上がる。
だってそうじゃないか。言い方は悪いけど、何処にでもあるただの観葉植物じゃないか。――いや、もしかすればあの花自身じゃなくて、あの花に"関する"何かに反応していたのか。彼がどちらで、どんな答えをもってあんなにも気にしていたのかは問いただすまで不明なのだろう。
しかし、そうだとしてもどう何処に反応するのやら。まさか、神話とかそんなものだろうか。……あれだけ姫神に固執してる彼なら、神話のひとつやふたつ知っていて当たり前なのかもしれない。
だけれども、確か柘榴に関する神話は――どうだっただろうか。知っているといえば、とある鬼の話しか知らない。


かつ、こつ。ふけては歩む。何時の間にか、目的地に爪先は止まっていた。そそくさと中に入り、机の中からひとつの冊子を取り出す。ミッション達成のお知らせ。
冊子に懐中電灯を当て、表紙と裏表紙に押された押し花を確認した。小麦色の色紙に咲くのは大判の菊の花と柘榴の花。そして挟まれているのは鬼灯の花弁で出来た栞。よし、オーケー。これだ。ペラペラめくるページには、時折文字の羅列の行進。日付は、あの日から一日も抜けていない。
――あの日。自分が従兄に引き取られて数日経ったあの時から。あの頃。
彼の部屋にて発見したそれを、少し強請れば快く渡してくれた。今日、今からこれはイチのものだ。笑って、わらって。言った。あれから、押し花は変わらず咲き誇っている。
だけれど、あの時少しとても哀しそうな顔をしていたのは気のせいだったのだろうか。




さあ、かえろう。
どこに
柘榴が咲いたあの部屋に。
柘榴が咲いたあの夢は

「どこにも、そんなものなんてないわ」


声が、聞こえた。いつか聞いた、控えめなソプラノだったそれ。
おどおどしかった口調も、はっきりと。強い意志を持つ声になっていた。
顔を上げた。視界は闇に慣れた。月光がなぞる足下。何時の間にか、彼女は其処にいた。褐色のプリーツスカート。跳ねる赤いリボンと、塗りたくった紅。まるで、突如出現する幽霊のように。
そして彼女は腕を前方に差し出した。まるで何かを請うように。しなやかな少女の手。赤のペンキがへばり付いて眼から離れてくれない。
あの時の彼女とはまるで、別人でしかなかった。

「――神奈崎さ……ん………?」

変わり果てたその姿を見て、ただ唖然呆然立ちつくした。否、初めからこの姿が正しかったのかもしれない。そしてリナは目を細めた。眼鏡はいつしか無くなって。あの日初めて逢った彼女とはかけ離れすぎていて頭がくらりとした。

「お久しぶりね、風丸くん。……それとも、風漸華と呼べばいいのかしら」

"あの"神の一族の。
くすくす。くすり。瞬間悪寒が全身を駆け巡った。
――なん、で。どうして。その名を知っているのは確かシャドウぐらいしかいない、のに。
息が、詰まる。ちがうちがうちがうちがうちがう。なんで、何でだよ。息が、でき…ない。
ガタンッ。脚がふらついて、地面にひじがついた。まるで、何か頭の中を食われていく感覚。何故だろうか、はじめてのはず………。なのに、それ、なのに。
"マルデ、懐カシイ"。

「あら、驚いているの? そんなにわたしが貴方の本来の名を知っていることが、そんなにショック?」
「―――っは、………っづァ…ッ」

違う。食われている"よう"じゃなくて、本当に脚に絡み付いて、いる。蛇。蛇蛇。蛇、が。舌を長く伸ばして音を立てずに巻きついている。
苦しい。苦しいくるしいくるしいくるしいクルシイクルシイクルクルグルルルルルパァ。
覚えて、いる。確実に。体はこの痛みを覚えている。嗚呼、そうか。そうだったんだ。

「くれぐれも、わたしの儀式の邪魔をしないでくださいね。また立て直すのに大変だったんですから。今度こそちゃんと、―――その血と身体をわたしに捧げてくださいよ」


ブツ、リ。
何かが突き抜ける音がした。





「さあ、再び世界よ廻りなさい!」


何処かで、声が響いた。
こんなに離れた教会じゃ聞こえないはずなのに、耳にそれは厭らしいほど残った。
煤に塗れ、黒こげ骨組みだけが飢え喘いでいる。それは先ほどまで"神奈崎レナという物体だったもの。
崩れた柱に手を伸ばし、立ち上がる。睡蓮色の髪は傷だらけ煤だらけ。最後の最後に蛇に噛まれた傷口からは、赤い血がただただ流れていた。


「アァ……ハァ……ッ!!」

バンッ! ヒトガタと成り果てたソレは突如大きく空に両の手を広げた。神に祈るように。焦がれるように。
くるくるくるるるるるぐるぐるり。乱舞。ランジェ。狂い咲いた煤の花。それはまた神楽に良く似ていた。

「―――何、あれ」

思わず声を漏らした。
その先、世界が変わった。







(ほら、また始まる音がする)




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