ぎらり。容赦なく熱を叩きつける太陽は今日も元気ハツラツに。バス停の影から顔を出し、帽子に熱が篭るのを感じながらも歩き出した。
横切る親子。過ぎ行くサラリーマン。皆暑さに項垂れ、時折ぱたぱたと服をはためかせている者もいる。
晴天であり、今日は最高気温を更新するとまで言われている為、表通りの景色は明るい。カラフルに色とりどりの風景に子供は心を躍らせる。

聖母の顔を持つ少女――八神玲名は街に繰り出していた。
理由はいたってシンプル。先日また新たな人柱を求め殺戮を次々と行い続ける鬼に関しての情報を手に入れるため。そのためだけに、彼女はこの街に降り立った。
情報、ましてや殺人犯の情報なんて。多くの人間ならばそう嘲笑い、諦めを含め滑稽と云うのだおろうか。
ぎらぎらと太陽。すっと、ポケットの中から一つの紙切れを取り出した。断面は粗く、どこかのノートから臨時に破ったような簡素なもの。其れと相反してか、住所やその他少し色々と書かれている字はなんとも達筆なものであった。
つまりのところ、玲名は珍しく"他人"を頼りに此処まで赴いたのである。住所、電話番号、名が記されているこの紙を頼りに。
だが思ったより案外近かった為新たに、こんな場所にこんな人間が居るのかとしみじみ呆れたような溜息をひとつ零した。


さて、どうにもこうにも歩き出そうか。









少年はひとり思いふけていた。アンティーク調の落ち着いた雰囲気の店内。昼頃を過ぎた休日というころだからと言うのか、普段はまばらな客足が今では殆どの席が埋まっている。特にここら辺りは裕福な家庭が多いため、心なしか20代後半からの女性が多く見える。
するり。季節の温度とは程遠いアイスコーヒーを少し咽に通した。香る微かなコーヒー豆のコク。それに加え丁度いい具合に冷たいそれは満足げに自身の身体に染み渡った。
それは少なからず目の前の少年に対しても言えることだろう。実際「美味しい」と笑顔で花を咲かせるわけでもなく(というかそんな彼はペンギンが空を飛ぶくらいに珍しいだろう)、ただ黙々とカフェオレを飲みながら資料に目を通していた。ばさばさと紙が少しの騒音を立てる。纏められクリップでとめられたそれは一種の参考書のようにも見えた。

「……めんどくせぇ」

疲れた顔で悪態を吐く彼が吐いた。それはそうだろう。もう何時間も此処に居座っている。しかも永遠と同じような作業を。飽きない人間なんてそう僅かに居ないだろう。

「なんでこんなことを俺が……」

「ほら、宙が言ってただろ。特に佐久間の"眼"は洞察力やら観察力がずば抜けてるらしいし」

「源田はあいつの言っている事を鵜呑みにすんのか?」

「鵜呑み、というかこんなの知ってるのはあの人しかいない。それにそんなに心配なら時雨に聞けばいいだろうし」

時雨。本名は時雨緑(樹来緑)。仕事名・霜雨焔。
自分達が居候している情報屋の、数少ない(というか一人しかいない)肉親の双子の妹である。数奇な運命とも言えるのか、彼女は自分達が所属している学院の生徒であり、目の前でぐうを嘆く佐久間次郎と今のところ一番近い存在となっている。つまり、彼女もいわば"能力者"の類。そんな兄に話を聞けば、彼女は特に最上ランクだともぼやいていた。少し感心気味に云うその口ぶりからしても、兄妹仲あまり良好ではないという。

「……あいつも微妙だろ」

「まあ、あの人は専門だし……。しょうがないったらしょうがないけどさあ……。それに、嘘言っても宙自身にメリットなんてないだろ。その前に一応、転がり込んだ身だし……」


また一口コーヒーを含んだ。少しの苦味が逆に思考を切り替えてくれた。取り合えず、タダ飯食わせてもらっているし、その代わりとなるのならばこの目の前の作業をするしかない。


さて、改めて資料内容を紐解く。
自分達に居候場所を与えてくれた少年・宙は、あちらの世界では名の通った凄腕情報屋。学歴も眼眩みを起してしまいそうな程である。同年齢かと疑ってしまえる。
そんな彼は、ただの情報屋ではない。時たま"依頼"を受けては、契約を結んでいる仕事人たちにその遂行・完遂してもらうという、一種の会社的環境を作っている。そのため奇怪事件やら能力者関連の事項は大概彼のもとに流れてくる。特に最近は、同じく仕事を完遂する目的のまま動く妹時雨緑――もとい霜雨焔(ソウホムラ)の功績もありその依頼件数は日を追うごとに増えていっている。そのリストを一度さら見したことがあったが、あまりの件数に思わず何かが出そうになったこともある。

今回の事件はとある殺戮事件。
これはまた、今巷で大騒ぎになっている殺人鬼のことでは無い。種類別にわけるのならば、あちらとは違った意味で"奇妙"なものである。
依頼内容は"殺人鬼の捕獲。状況によっては殺害しても構わない"という、なんともドロ臭さが漂うものであった。
話を聞けば、ひとつかふたつ小さな村を襲っては皆殺しにしている人間であるということ。凶器は何も知らぬ者には断定できぬ不可解物質――能力者。

「――まるで、こっちの方が"竜の申し子"だな」

ふと、白けたように彼が言った。

「都市伝説か?」

「一部、その部分が地域や所々出回っているうちに曖昧になってきたがな」

「あー、えっと……その村殺しってやつのところか」

「俺が聞いたのは、せいぜい三つから五つの間。……どちらにしろ、タダの噂話には変わりないけれどな」

三つから五つ――もし一つの村が人工が百人と仮定すれば……。出現した数字。思わずの大きさに咽が胃液で少し痛んだ。むごく、苦しみ生をあっという間のことに絶っていってしまった村人たちの情景が、一瞬目の前を眩ました。
なんとかそれを振り払おうと口にコーヒーを思いっきり流し込んだ。少し息苦しく感じたけれども、あまり感覚は無かった。少しは慣れたと思っていたが、やはり見慣れていないこともあり想像だけで身体は拒絶反応を示した。その前に慣れたくも無い。人のむごい最期だなんて見たくもない。

「おい、どうした。いっき飲み競争でもやるつもりか源田」

「っ、………っんなわけねーだろ」

心配する素振りも見せず、目の前の少年はただ資料を眺めていた。
そう考えると、彼は凄い。今まで自分が知らぬ内に大きな悩み、悔やみ、苦しさを味わっても尚此処に居る。生きている。きっと自分が彼と同じ立場ならば、そんなに強く生きれない。不器用だけれども、彼は強いのだ。

ガラス張りの壁からは燦々と光が照っている。暖かな日差しが手元に光を伸ばした。
その隣。空を見上げれば、それは少し重く、何時もの昼間空とは色彩が違う。

瞬間、源田は"これが運命というものか"と暢気ながらその顔を見上げていた。












少女には想い人が居た。
彼は少女より少し年が離れていた。それでも、少女はそんなことを気にせずにただ、密かに胸中に想いを抱えていた。
彼は少女の親戚であった。血は多少ながら繋がっていた。だとしても少女は何も気に留めなかった。
彼は少女にいつも良くしてくれた。勉強を教えてもらったり、隣に座ってみたり。彼女が自身をどう見ているのかも知らずに。

彼は少女ではなく少女の姉を好いていた。赤い実をひとつぶ、彼女に捧げようともした。姉はそれを拒んだ。


だから少女はその実を引き裂いては踏み潰した。




そのまた何年後。
少女は美しいと評判になっていた。
誰もが少女の容姿に惚れては、幾つもの赤い実をこぞって摘んできた。それでも少女はうまく受け答えを繰り返し、少女の隣に立つものは居なかった。
誰もが少女が選考にて一位だと確信していた。少女もそう自身を過信してはわらっていた。
誰もが少女に期待し、少女はいつしか名を更に広めていった。男は皆、下僕同然だった。

誰もが少女を見た。だがそれは、最上位よりも下層だった。期待からは転げ落ちた。青い髪の美少女が少女の座を知らぬ内に乗っ取っていた。

だから少女はその名を書き殴った。



そのまたまた何年後。
少女には許婚が出来ていた。
彼は優しく、いつかの誰かを想い起させた。彼と赤い実を育むことに苦さえ感じなかった。逆にお互いひとつになることを望んだ。
彼は頭も良く、少女の自慢だった。ルックスも申し分無かった。少女が望むもの全てが彼にはあった。
彼は非常に機転が利いていた。性格は温厚で、許すことを知っていた。ふたりが同じ夢を観るのもいつものことだった。

彼は許されぬことを知らなかった。別の少女に赤い実を捧げてしまった。黒揚羽のような漆黒の瞳を持つ美少女に一目惚れをしてしまった。そして彼女はそれを容赦なく切り捨てた。

だから少女はその存在に呪いをかけた。



――なのに、何も変わらない。風景も霞む景色の色彩も。
ただ鈍い音が大きく耳もとに響いてくるだけ。歯車が壊れ行く音が、体中から響いてくる。
降って来る大きな大きな鉄の雨にも気づかず。少女はただ疼く身体を掻きまわしていた。終わらない。終わらない。どうして終わらない。蛇の字を書いて廻る輪廻は止まらない。

いつか出遭った蛇が此方を眺めている。くるるりと横倒しの8の字を描いている。

「ねえサーペント。もう、終わらせたいわ」

妬ましいと、二つの藁人形を引き裂いてみる。ふたりの愛を引き裂いた罪と、ひとりの少女の存在意義を否定した罰。
ぐしゃぐしゃにゴミみたいに屑まったそれら残骸に、ライターを放り投げてみた。ぼうほう。ぱちはち。燃え盛る屑の山。あの日見た色。それは妬みに似た色だなんて誰かが云った。

「しぶとい蝿はさっさと潰してしまった方が良いでしょう」

くすくすと女神のような笑みを漏らしては少女は最期の言葉を呟いた。

「もういっそ、全部壊してあげましょう」





その直後、神奈崎レナは転落してきた鉄パイプの衝撃によって死去した。






「いやはや、久しぶりだなー八神」
「黙れサボり共」
「そういえば先日珍しいペンギンの写真を入手したんだが」
「いる」
「流石ペンギン同好会……」


夏の日差しに影が一層暗く手元を通り過ぎて行く。
穏やかな雰囲気は一人の少女の乱入によって掻き乱された。からん、ころんと音を立てるグラスいっぱいのレモンティーが淡く揺らぐ。

蒼い髪を揺らしながら現れたのは、自身の連れ人――佐久間次郎と"ペンギン同好会"なるものを設立したりと"ペンギンフレンド"として交友がある、"八神玲名"という名の少女。どちらにしろ、連れと自分からすれば彼女は初等部からの付き合いである。

「しかしどうしたんだ八神。街まで降りてくるだなんて珍しいな」
「単なる用事だ。それ以外には何も無い。」
「相変わらずだな」
「そういうお前等はぐうの音を吐きながら喫茶にたむろか。笑えるな」
「顔が全然笑ってませんよ八神サン」
「どちらにしろお前等が居ろうが居なかろうが私には何の害も関係も無いしな。」
「流石口がお達者で……」

これがいつもの会話。何ヶ月前や遠い月日の中ではごく当たり前に普通に過ぎていった時間。今では実現さえ不可能に見えた幻想。

「今日は弓関連か?お前がこんなとこまで来ると言ったら」
「……なんだっていいだろう。」

ふといつものように切り出した言葉。なんら関係のないことば。
しかし、それを後から知って後悔することを、まだその時の自分は感じることさえも頭に無かったのだろう。
なんせ、彼女が後に放った絵図は自分達がよくも悪くも知っている場所であったのだから。














「――あぁ、お疲れ陰羅。結構動いて疲労も溜まっただろう。ほら、この特製ビタミン剤をあげよう」
「誰がてめーの薬品飲むかっつの」
「ヤクじゃないだけましだろう。何故君たちがそこまでしておれの作品を毛嫌いするのかが良くわからないなあ」
「妹にでも使っとけ。兎に角俺は飲まねぇよ。ンな危なっかしいモン。」
「サンプルは幾らあって損は無いだろう?――それに、彼女にこんなものは必要ないよ。一応健康体だからね」

彼の好物であるオレンジジュースにぽとり。自称ビタミン剤をその橙色に放り込んでは笑顔で「さあ飲みなよ。君の好物だろう」と嘲笑いつつ現状を楽しんでいた。少し赤ばんで見える栗色の髪を靡かせながら彼――宙はいたって暇つぶしをことごとく潰していた。
時折聞こえる罵声と笑うような声。今ではこんな風景さえ見慣れ聞き慣れてしまったものだから、人間の基本的適応能力の意外な高さに思わず感嘆してしまう。

「やあ、女でも引き連れてお帰りかい。お熱いねぇ源田君」
「何で俺が確信犯みたいな扱いなんすか」
「え、そうじゃないの」
「そんな本気で驚いたみたいな顔止めてくださいマジで」
「あ、ついでにちゃんと頼んだもの買ってきてくれた?」
「ことごとくスルーされるのは気のせいか……?」
「何を今更」
「佐久間酷い」


そんな喧騒の中、ひとり少女は目を見張り。目の前に広がる"非常識非日常非社会的"ワールドに思わず言葉を飲んだ。余りにも予想以上の光景に驚いているのだろう。否――それよりも、親友が好んでいる親友と瓜二つの人間が目の前に居ることさえもに度肝を抜かれているのかもしれない。

頼まれたものを取り出し、その袋を玉座に座る彼に手渡す。受け取り、彼がその袋を開ければ顔を出す品々たち。情報屋兼闇医者という重苦しくドロドロとした職柄(そもそもそれらは職と呼べるのだろうか)だというのに、意外にも彼――宙の好物は一般的にも顔が知れているパイである。
林檎の甘酸っぱい香りが瞬間、その辺りを包む。広がるのを待たず、彼は林檎パイをそのまま口に運んだ。

「んー、やっぱりマザーが作るのは美味いね。その他ごろごろを省いて」
「お前等好きだよなあ、あの人の作るパンとかパイ。やっぱ双子って一応共通するものがあるんだな。というか宙は意外と珍味好きじゃないし」
「意外とは失礼だなあ。それにおれが好む林檎パイはマザーの所だけさ。それ以外は食べないよ。緑とはたまたま珍しく舌だけが同じだったらしいね。――それでもアレは流石に緑だけしか食えないけど」

さくさくと軽快な音をたて、四角い小さなパイたちが消化されていく。何時の間にか陰羅は、やる事を終えたのかさっさと部屋を出て行っていた。楽しそうに背後の幾つものパソコンモニターが踊り踊っている。
そして数秒後、袋いっぱいに入っていた彼等は跡形も無く消え去って。全て彼の居の中へと住居を変えたという。


「――さて、少し待たせてしまったね。八神玲名」

構わない。そう云う少女。その瞳が見据えるのは彼の"感情色彩"。

「おや、結構大人しいんだね。多少成りテンプレート化した反応を見せると思っていたよ」

例えば、「何故自分の名前をー!?」とかとか。そう指先で遊びながら真似てみてはわらうひとり。
背後に居る佐久間は先程貰ったペンギンの写真に釘付けとなっていた。

「じゃあ幾つか聞かせてもらおう。1、あんたは私と会った事があるか。2、私が欲している情報を持っているか」

その目は鋭く何にも臆さぬ線。
そんな少女をを見ては、楽しんでいるかのように宙はEnterキーを軽快に叩いた。

背後にのモニターたちが一度に顔を変えた。幾つものの中での共通点は、"全て八神玲名に関するもの"。

「そうだね、おれ自身は会った事は無いよ。薄々君も気づいているだろう。聖ルシーア学院高等部2年Aクラス16番女"時雨緑"とおれは一応一卵性双生児ということになっている。つまりは君の思っている通り彼女の血縁関係者さ。二つ目に関しては、持っていたとしてもそれ相応の金額が君に払えるかどうかもあるね。その前におれは君の願いを叶えられそうにも無い。」
「………ふざけるな。私はそのためにここまで来たんだ。それにあんたは情報屋だろう。それくらいは――」
「それこそふざけてもらっちゃ困るな八神玲名。おれは確かに情報屋ではあるけれども子供の玩具ではないんだよ。君のその"魔眼"と同じさ。いくら高価な花でも水遣りや置く場所によって全然活き活きとしないことのようなものだ。――いや、それよりももっと重いな。君が思っている程"知る"というのは軽いものじゃない。それに、知るというだけで人は死ねる。下手をすれば金貨よりも重いものさ。……そんなものを生半可な気持ちで扱ってもらってはこちらとら迷惑だよ」

人間は長年"知恵"というものを追い求めてはそれを繰り返し、蓄積しては"力"に変えてきた。
すなわち"知恵"とは"知ること"。何かを知るということは無知を殺す事。時には人間自体を崩壊させてきては紡がれてきたもの。
そう、とある日彼が言っていた。その話に相手を思いやる気持ちがあるのかどうかは知らない。知ろうという気も起きない。それこそ自分が彼のその部分に矢を突き刺すようなものである。

「――私は、ある殺人鬼について知りたい。幾らそれが自身を壊す事になろうとも、ただ私は知りたい。知ったとしてもその後は、わからない。もしかすれば憎しみによって殺しに行くかも知れない。後先はわからずとも、ひとの過去と関連事項は形があるから手に取れる。……それに、私だって知ることの痛みにはもう慣れたようなものだ。他人の感情だって、そのひとのいわば"情報"だ」


だから、と。異形の瞳を持つ少女はまた紡いだ。

「ならば来週同じ曜日に此処にこればいい。その時に君が相応の対価を提示できるのであれば、おれが持っているものを君にやろう。」

契約成立だ。彼女と同じ黒い瞳を持つ鴉が呟いた。









(終わりの無い輪廻の中)




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