前日。暗い黒い夜の中。本日は新月であるため、天からの光は星だけとなっていた。
だが、室内に居る彼女たちには関係の無い話であった。教会の懺悔室。誰も、自分達以外は入ってくるはずも、入ることさえ鍵が拒んだ。
少し豪華な装飾が施された懺悔室では、懺悔ではなく罵声が部屋に満ちていた。

「――姉様、貴女は自分の立場をわかっていらっしゃって?」

情も無く、冷めた眼差しを姉に向けるのはレナ。足を組み、目の前俯く人間を見下げていた。

「た、立場……?」

「ええ。貴女は、神が選択を誤ってしまったのか、このわたくしの姉であり神奈崎家長女。つまり、いずれ姉様には神奈崎グループの主権が渡るでしょう。そんな人間が、この有様では神奈崎家の恥。――いえ、それこそ神奈崎グループの崩壊とも言えるでしょう。」

レナの御付が、レナの持つ手のカップにドリンクを注いだ。透明な、水のような飲み物。それをレナは一口、口に含んだ。
それでも、リナは黙っていた。仕方が無いと、最早ただその声を聞いていた。

「勉学も普通レベル、体力や運動に関しては平均以下。特に得意と言えるものなど何もナシ。さらに、一度もシスター選考に選ばれないどころか候補にも上がらない。――この結果が、本当に神奈崎家跡取りともされている人間のデータ?」

手元のデータが表された紙を見ては卓上に放り投げた。ばさりっ。大きく、紙が散らばる音がした。それでも、リナはただ黙っていた。

「しかも今年で卒業。こんな中途半端な結果のまま卒業なんて、神奈崎家の恥、いえそれ以上だわ!――まあ、良いわ。」

ぱさり、散らばった紙片を隣の御付が丁寧に纏めて。そんなことも構わずにレナは話を続けた。

「姉様には、シスターになってもらいますから」

「…………え…?」

妹の思わぬ発言に、この日初めてリナは顔を上げ真っ直ぐに見た。其処には、華やかな美貌を持った少女が降り。
そしてまたレナはリナを驚かせることになる。

「だから、姉様にはこのまま家に恥をかかせないようにシスターになってもらうと言っているのです」

ばさりっ。今度はレナの懐から零れ出した封筒。その幅は何十cmあるのだろうか。厚い、札束がそこの中から少し飛び出した。





Does'nt return she.















"仕事を手伝えば風丸一郎太の傍に居させる"
その一言が発端で、シャドウは生徒会の手伝いをしつつちゃんと主の傍に居た。流石に内部情報関係のものは見ることも聞くことさえも許されなかったが、力仕事や雑用はせっせとこなしてた。
現在も、そんな仕事の真っ最中だった。といってももう終わったも同然だったのだが。

ふと、生い茂る木々の中。ふたつの影と気配。どちらも少女。片方は覚えがある。
(――……何だ、この異様な臭いは…)

思わず鼻をつまんだ。妖の血が混ざっている闇野家は人並み以上に5感に優れている。だが今のこの匂いは、ゴミや廃物の異臭ではない。――まるで、ケダモノの臭い。黒い、霊的な臭い。
何か引っかかったシャドウは、更に近寄ろうと気配を殺しそのふたつと距離を縮める。ふと、先程より数倍は近くにきた所。声が、鮮明に聞こえる。




「これを、セシル先輩から貴女様へと」

レナがその手に持つのは、紫色をした小さな四角い箱。外見だけでも、その鮮やかな青紫に雰囲気が高級品と思わせる。

「……どうしてセシル先輩がお前に託す?」

「どうやらとても希少価値が高く、狙われやすいからだそうです」

「あの人がお前を信頼したと?」

「そうでしょうね」

改めて怪訝そうにその箱を見る。疑問ばかりが口を吐く。
厭な、予感がする。直感がそう感じた。だが、あくまでもそれはただの予感に過ぎない。もしかすればそんなものはただの妄想から漏れ出したものかもしれない。
だがしかし、あえて直感を疑うことを撤回した。確かに予想は予想。固定化されたものではない。スバル的に言えば、"異臭"というのか。伊達に生きてきたわけではない。直感ひとつで物事が決まる時もある。――それが、時雨緑の体験から成った結論。

だが、もしどちらにしろそうであろうがなかろうが、このブツは受け取っておいた方がいいかもしれない。何かに利用できる可能性だってある。
箱の大きさや見た目からして、きっと宝石か指輪の類だろう。
それに、貰えるものは貰っておこう。貰っておいて損があるか無いかは持ち主次第。そんなことを知り合いに言えば"お嬢様の癖に貧乏症か"と笑われた記憶がある。

「――わかった」

そう言ってその箱を受け取った。じんわりと、痛々しい感じがした。
その光景を覗いていた獣は顔色を変えない。

にこにこと、笑顔を崩さない少女。誰かがそれに煌きを感じるのだろうか。
そんなひとりを放って踵を返し帰路に着く。蝉が煩く泣き喚いたと思えばがさり、草叢に落ちた。空は、厭味な程広く青く鮮やかに。入道雲が目の端を霞んでいった。

「夏風邪には注意してくださいね、先輩」

手を振るレナの姿が在った。





「こそこそと覗きとはご立派だな」

森を抜け一言。目の前に菩提樹のように佇む彼に放った。曇天色の髪が揺れている。
足元の花が黄色く咲く。影が一段と広がり。

「申し訳ありません姫君」

「敬語は止めろ。あと名で呼べとも言った筈だ」

「………」

先程受け取った小さな箱を弄びながら横目でシャドウを捉える瞳。少し納得がいかないような顔をしている。思わずその光景に溜息が漏れる。

「……何故貴方たちは其処までして仕えられるのを嫌う?」

風丸一郎太や、時雨緑然り。
シャドウ――闇野カゲトのひとつ、小さいようで大きな疑問。
思わずのことに蛇が池に落ちた。
むう、とひとつ唸ってから言葉を整理するは時雨緑。

「……別に仕えられるのが嫌、というわけじゃない。少なくともわたしは」

「では何故、」

「これ以上変に噂みたいに立てられるのは勘弁なんだよ」

特に時雨緑の場合は、そんなことでまた注目や一気に大勢から眼を向けられるのは精神的に避けたい。否、いくら対人恐怖症があろうがなかろうがきっとその答えは変わらないのだろう。どちらかといえば質素な感じが彼女の性に一番合うのである。

「噂……?どうしてそんな、」

「お前中身からっきしだな……。――まあわからなければ解らないでいい。風丸にでも聞け。お前が思ってる以上に人間は面倒な生き物なんだよ。暗殺業やらばっかりで得る情報と、表の情景は全く顔が違う」

「………知っていたのか」

「なんとなくは」

「では姫君――時雨も裏についているのか」


瞬間、耳障りなほどの静寂。
背を向け既に帰路に着いている少女が、足を止めた。影が一際良く伸びた。足枷は、厭味な程燦々と日に照らされ。
漆黒の瞳は銃弾のように。

「――私は、お前等が思ってるほどしろくないんだぜ」


くすり。小さく嘲笑うかのように死を拒む少女は口元を歪ませた。













これはとある少女の噺であろう。否、忘れられた少女の軌跡。
少女のことを、直接的に感じ、憶えているのはこの世に二人とて居るか居らぬか。殆どの人間は世界の秩序に逆らわず、ただ知るとしても間接的にしかその存在を確認する事が出来ない。
人間だけではない。この世界の万物全てに値する事。

少女には二つの名が在った。ただ、苗字が違うだけであるが、ふたつの名を持っていた。
菖蒲色の艶やかで美しい長い髪を靡かせ、その瞳は鮮やかな牡丹色の、其れは其れは絶世の美女とまで噂されるほどであった。
それに加え、彼女の歌は病んだ心を癒し、空高く響く声はまるで"神の声"とも称された。
村の人間たちは、そんな彼女を"浮世詩姫"とうたい、少女は多くの人間に愛された。


「翠葉様、」

「何じゃ、漸冷」

「確かに、村人たちとの信頼を築くのも宜しいですが、余り外にばかり出られるのも如何かと……。神というのは、」

「そんな話は聞き飽きた。それに、彼等にとって此処の神は童ではなくあやつであろう」

掛け軸のようなものに描かれている異形なイキモノに眼を向けながら、翠葉は云った。
その形は、蛇のような身体をくねらせる竜に昆虫のような目。背に幾何学的な日輪を背負う不可思議なもの。其れが、古来からこの地域で信仰されてきた神であるという。

「其れでも翠葉様が神という事実は変わりはしません。無論、彼等の信仰対象も"天莞辰(アマイタツ)"様に翠葉様と言う事も変わりはありません」

そう言いきる漸冷に思わず溜息を吐き、そんなことも知らず彼はこの部屋を出て行った。去り際には「どちらにしろ、あまり外に出られる前に勉学にでも励んでは如何ですか」という皮肉まで置いて行った。

「紫苑っ!」

「今度はどうされましたか、翠葉様」

「何故あやつはあんな事を言い寄ったっ!自然と戯れる事がどれほどの、否最大の学習だというのにっ」

うーっ!と唸りながら自身の相棒に詰め寄る翠葉。わなわなと、在り得ないとでも云うように手をわなわなと震わせている。
少女はいくら外見や能力が高くても、勉学だけはからっきしであった。つまり、馬に鹿と言われてもしょうがない程。確かに、学び舎に居た時でも幼馴染がテストの前日までつきっきりで、なんとか赤点を逃れる程度だった。
かといって、この村の高等学校にはこの家の当主であるからと、色々沙汰規則のようなもので行けないのである。その代わり紫苑や漸冷が度々彼女に知識を与えていた。

「確かに人間は古来から自然と共に歩んできました」

「じゃろうっ!?」

「ですが、今は自然を通してではなく、記号化されたものが一般的にまた合理的に身に付けやすいということになっていますね」

そう言えば、主は不貞腐れたように縁側へと一人這い出していた。座れば髪が床に引きずられていた。
なんとも、見ていて飽きないと紫苑はそんな翠葉の姿を眺める。すると、その口が開いたのであった。











(ソラヲアヲゲ)




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